ドイツのW杯優勝はオランダ人のおかげ? 育成年代を変えた“テクニック・コーチ”
ドイツで活躍する無名のオランダ人指導者
攻撃的サッカーでW杯を制したドイツ。その発展にはオランダ人指導者マルセル・ルーカセン氏(写真)が大きく貢献している 【中田徹】
かつてはドイツサッカーのことをテクニックがなく、フィジカルばかりで守備的すぎると軽蔑していたオランダ人だったが、最近はドイツの技巧に優れたサッカーを称賛する声をよく聞くようになった。だが、そんなドイツサッカーの発展に1人のオランダ人指導者が大きく貢献していることはあまり知られてない。
マルセル・ルーカセン、51歳。オランダではまったく無名のコーチだが、ドイツではU−15からU−21代表チームのテクニック・コーチを務めるばかりか、ドイツサッカー協会の指導者育成エキスパート、そしてフリーランスのコーチとしてドイツや周辺各国のサッカーの質向上に務めている。
しかし、彼のトレーニングメソッドは“テクニック・コーチ”という肩書きからまったく連想できないものだった。そのエッセンスを今回は紹介しよう。
育成の見直しでザマーから声が掛かる
代表チームが守備的なサッカーから攻撃的サッカーに切り替わったことで、ドイツサッカー界にフレッシュな風が吹いた。ドイツ代表が攻撃的サッカーをするということは、おのずと育成も攻撃的サッカーをするための選手を育てることにアクセントを置くことになる。
すでにドイツサッカー協会はブンデスリーガのクラブにユースアカデミーの設置を義務づけたり、21の地域トレセンを設置したり、コーチの再教育もしていたが、ユース育成に関してはまだ発展途上だった。06年からサッカー協会のスポーツディレクターに就いたマティアス・ザマーは、デュイスブルクやホッフェンハイムでテクニック・コーチをしていたルーカセンの評判を聞きつけ、「一度会わないか」と電話をかけてきた。それが08年のユーロが終わった頃だった。
「彼は口コミで私の評判を知りました。ザマーは自らドリブルで中盤まで上がって行く素晴らしいセンターバック(CB)でしたから、彼がアプローチして来たことはとても栄誉なことでしたが、個人的にはお互い知りませんでした。彼はユース育成の新たなコンセプトが必要だと感じてました。そこで『一度、年代別代表チームの合宿を見に来ないか』と私を誘ってくれました」
優秀なタレントを育てられる指導者がいない
練習の改善点はいくつかあった。相手のプレッシャーから抜け出すための動き、テクニック、視野の取り方がひとつもなかったこと。パス、トラップの練習も味方との連動する動きがなかった。そこでルーカセンは23人の選手を3つの小さなグループに分けて、細かく指導することにした。
「ここに来るのは15歳、16歳のドイツでベストな選手ばかり。だから意味のない試合はせず、練習で細かなことを伝えたかった。どの国にも優秀なタレントはいる。しかし、彼らを育てられる指導者はあまりいない。その結果、タレントの成長機会が奪われてしまう」
シュバインシュタイガーの癖を矯正
「U−16で大事なのは国際レベルで求められるボールコントロール。そして正しいスピードでパスを出すこと。そのパスも、パスのためのパスではなく、しっかり意味のあるパスを出すこと。そのためには受け手の予備動作やフリーランニングも必要。そしていかにダイナミックに動くか。トラップの際の体の向きも重要。正しいプレーを素早く選択するためにも、これらの要素が重要になってくる。当時のドイツでは、各クラブはこうした細かなところを詰めてなかった。そこで各年代の代表チームでやることになった」
当時、すでに代表選手として活躍していたバスティアン・シュバインシュタイガーだったが、彼には味方に近づいてパスをもらい、反転して前を向く癖があった。ブンデスリーガではボルシア・ドルトムントがシュバインシュタイガーを狙ってプレスをかけ、ボールを奪ってカウンターという戦略を取り入れた。
「そこで代表チームで、彼のボールの受け方を改善した。味方に近づくのでなく、斜めに遠ざかるように動きながら半身をとって視野を広くし、すぐにセンターFW(CF)の(ミロスラフ・)クローゼにパスを出すことができる」
今ここで、シュバインシュタイガーという個人の動きが改善された上、CFとの関係も生まれた。ここからがルーカセン風トレーニングメソッドの大事なところだ。