広がりを見せる自衛隊女子サッカー なでしこの活躍による裾野への波及効果

平野貴也

第2回で参加者100人超まで増加

開会式で整列する選手たち。大会は100名以上が参加し、熱気に包まれた 【平野貴也】

 体育館に響き渡る号令の下、100名超の女子サッカー選手が整列した。基準を作り、素早く鮮やかに並んだ彼女たちのもう一つの顔は、自衛隊の隊員だ。

 4月19日、20日の2日間、陸上自衛隊朝霞駐屯地(陸自朝霞)の体育館で「第48回全国自衛隊サッカー大会」女子の部が行われた。全国の自衛隊基地・駐屯地で活動しているチームが日本一を争う大会で、男子は長い歴史があるが、女子の部はまだ立ち上がったばかりだ。一昨年に3チームでプレ大会を行い、昨年は9チームで第1回大会を開催。人数を集めることが難しいこともあり、フットサル形式で行われている。

 今年は第2回大会が行われ、出場チームは12に増えた。この大会を目標に基地内で参加を呼びかけて創設されたチームが多く、出場選手のほとんどはサッカー、フットサルの未経験者だ。当然、競技レベルは高くない。しかし、逆に素人である彼女たちが集まり、大会を目指して活動してきたことにこそ、大会の価値がある。

 パンフレットに記載された選手は、116名。実数には若干の前後があるようだが、わずか2年で100人を超える選手を生み出し、女子だけの大会を開催できるようになっているのだ。競技人口の増減を現場で体感するのは難しいものだが、ここではハッキリと増加が見てとれる。彼女たちは、どのようなきっかけでフットサルを始めたのか。そして、この大会で見られる競技人口の増加は何を意味するのか。大会参加者たちの話からは、競技普及の流れとエネルギーが感じられた。

フットサルにはまり自身でチーム結成!

松島から市ヶ谷へ転勤し、新たなチームを立ち上げた郷古恵さん 【平野貴也】

 元々、女子の部は、男性の声掛けで始まった。防衛大サッカー部OBで前・全国自衛隊サッカー連盟会長の杉山良行さんが勤務先だった松島基地内でフットサル大会を行い、女性チームの参加を呼びかけたのがきっかけだ。

 杉山さんは「男女に関係なく、部隊が異なる隊員の間に共通の話題が生まれるなど、各部隊の活性化に役立った」と当時の経験を元に女子チームの活動を促し、女子の部を企画した。2012年、前年のなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)のワールドカップ優勝を追い風にわずか3チームでプレ大会を開催したのを足掛かりに、大会は大きな広まりを見せている。

 フットサルとは無縁だった女性たちが、次々に選手としての顔を持ち始めたのだ。空自松島(FC RIEN)の吉田恵里さんは「最初は、半ば強制的に誘われたような感じでしたね。足を使う球技は経験がなかったし、思い通りにいかないのに何が楽しいんだろうと思いました。でも、パスを回しているうちに、すごく楽しくなってしまい、ついに主将にまでなってしまいました」と自身の変わりように思わず笑みをこぼした。

 参加チームのひとつ、統合市ヶ谷チーム誕生の由来は、さらに象徴的だ。松島基地でフットサルを始めたメンバーの一人だった郷古恵さんは東京へ転勤になったが、防衛省のある市ヶ谷で新チームを結成。郷古さんは「最初は飲み会が楽しいというだけの理由で参加していましたが、競技が好きになりました。転勤後にチームを作ったのは、自分がプレーしたいという気持ちもありましたけど『つながりがほしい』ということが一番大きい理由。市ヶ谷は、陸・海・空の隊員がいて、内局の事務官もいます。仕事ではあまりつながりのない人たちでチームを作れたことが、一番良かったです。フットサルをやっていると団結してくるので、仕事もプライベートも楽しくなります」と充実した表情で新チーム結成の背景を明かした。1つのチームが選手を生み、選手が新たなチームを作ることで輪は広がった。

目指す大会があるということがモチベーションに

海自厚木の高野亜希子さん(左)と陸自国分の中野優香さん。経験者同士の激しいマッチアップも見られた 【平野貴也】

 女子サッカーの認知度は高まりつつあるが、競技人口の増加や環境の改善は、まだ十分とは言えない。プレーを始める、あるいは続ける環境に恵まれない「選手予備軍」がいる。海自厚木(Lutar Deusa)の長尾美子さんは、バレーボールに親しんできたが、以前テレビ番組で見たフリースタイルフットボールをきっかけに足技の巧みなプレーに興味を持ち、フットサルに関心を寄せていた。しかし、「何が起きたんだろうと思うぐらいに足技が速いので、格好良いなと思いました。でも、10年以上も前に興味を持ったけど、なかなかやる場所がありませんでした」と振り返る。

 昨年の第1回大会を機に厚木基地のチームが立ち上がったことが、彼女の足を動かした。大会は、彼女たちにきっかけを与えてくれる存在だ。大会の開催前からサッカーやフットサルに親しんでいた選手たちも、大会をきっかけに新たな仲間の獲得に動き出した。陸自国分の中野優香さんは、小学校と高校でサッカーをやっていたが、中学生時代は環境がなく、バレーボールへ転向していた。環境のありがたさを知るだけに「男性自衛官のサッカー大会があることは知っていたけど、女性で大会をやるのは無理だろうと思っていました。でも、女子の部が企画されると聞いて、絶対に出たいと思って人数を集めに走りました。なでしこのブームがなかったら人を集められなかったかもしれないし、この大会はなかったかもしれないと思います」と大会の誕生を喜んでいた。

 目指すべき大会の存在は、チーム活動の大きなモチベーションだ。空自新田原チーム(FIVE PEACE)は、主将の緒方陽子さんが昨年に赴任してから周囲に声をかけ、3月に部を結成したばかり。活動を始めた後に大会を知り、目標にしてきた。「大会に出ると決まってからは、練習でもみんなのやる気が変わってきて、休日でも積極的に来てくれました。女子チームと対戦できる機会はあまりないので、この大会では本当に試合をしているなと感じられて、すごく楽しい。全国に仲間ができるのも魅力的」と緒方さんは、貴重な機会に刺激を受けていた。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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