「とにかく楽しむこと」 為末大が語るスポーツ本来のあり方

スポーツナビDo

【坂本清】

 2月23日、第8回目となる「東京マラソン」が都内で開催された。近年のランニングブームを象徴するこの大会には、約3万6000人のランナーが参加。今年は国内だけにとどまらず、海外からの参加者も多く目に付いた。

 陸上400メートルハードルの元五輪代表選手で、現在は競技の普及活動にも携わっている為末大さんは、こうしたスポーツ界の現状を「日本人にとってはじめての経験」と、現役時代同様に独特の表現で語ってくれた。

日本人が初めて経験したスポーツ

ことしは国内はもちろん、海外からも数多くの一般ランナーが参加した東京マラソン2014 【坂本清】

「ランニングブームも、最初は正直、ただのはやりだと思っていました。だから、すぐに終わっちゃうかなと思ったんですけど、終わらなかったですね。(ブームが続いている理由の)1つは、頑張ったり、勝たなくていいスポーツというのを、日本人が初めて経験したんじゃないかなと。こんなスポーツがあるんだ、というのを知ったんじゃないですかね。

 遊びが本来のスポーツのあり方だと思うんですが、日本のスポーツはあまりにも部活動のような、必ず苦しくて、勝利を目指さないといけない、というスポーツから入っているんですよね。それってある意味、教育的体育みたいな世界かなと思っていて。そういう意味では、初めてスポーツの楽しさに触れたのが、ランニングブームなんじゃないかという気がするんです」

いろんなスポーツの形があってもいい

仮装を楽しむ人々も多い東京マラソン。あまり今まで日本では見られなかったスポーツの光景だろう 【坂本清】

 これまでの日本では「スポーツ」という言葉の意味合いが、どこか崇高な世界としてとらえられていた面がある。為末さんは、そこに「もっとグラデーションがあっていいんじゃないか」と提案する。

「チャンピオンスポーツって、やっぱり参加した選手の中から選ばれた人たちが、ピラミッドの頂点まで行って。最初にそのスポーツに参加した人数の1パーセントに満たないような人たちが、生き残って戦っていく世界なんです。そういうスポーツも、もちろんあっていいと思うんですけど、チャンピオンを目指せる人なんて全体から見るとかなり少ない割合になってしまいます。

 もうちょっと楽しむためのスポーツとか、健康のためのスポーツとか、コミュニケーションのためのスポーツとか、いろんなスポーツの形があってもいいんじゃないかな、という気がするんです」

スポーツができるほどに豊かだという考え

【坂本清】

 欧米などのスポーツ先進国では、一般の人々のスポーツへの意識が、日本とは大きく異なる面がある。為末さん自身、米・サンディエゴへ留学した時期に、その違いを肌で感じたという。

「日本との一番の違いで言えば、スポーツは豊かな人に与えられた娯楽である、というスタート地点の違いなんですよね。そういう欧米の考え方と、学校教育の中でみんなを一律に体を鍛えていく日本のスポーツだと、全然方向性が違う。それを身をもって感じました。欧米の人は、スポーツができる環境にいる人ほど豊かだという誇らしさを持っている。特に、僕がいたサンディエゴはスポーツが盛んなので、それを強く感じました。

 アスリートへの尊敬があるかと言えば、あるときは日本の方が熱狂的に選手に対して(応援)しますよね。僕も、向こうでオリンピアン(五輪選手)なんだよと言うと、結構『おぉ!』と言われましたけど、そこまで激しく持ち上げられたりはしなかったです。

 ただ、一般の人がカーボローディング(炭水化物での試合前調整法)の話とか、『どこを鍛えたらいいか?』と聞いてくる割合は、圧倒的に高かったですね、日本よりも。栄養学とか、スポーツのリテラシーがある程度高いところにあって、そこから話が始まるんです。たとえば、日本だと『何を食べたらいいか?』という、本当に基本的な質問からスタートします。これが米国だと、『いつ、どう食べたらいいか?』という、とても具体的な質問から話がスタートすることが多かったですね」

スポーツ報道に見るリテラシーの違い

【坂本清】

 日米でのスポーツへの理解度、つまり「リテラシー」の差は、私たちが普段何気なく接している、プロスポーツの報道でも表れているという。先月行われたソチ五輪での報道を見ても、その違いが顕著だったと為末さんは指摘する。

「1つは、メダルを取った翌日の報道で、『なぜ取れたのか?』という戦略面にフォーカスする記事を日本ではあまり見かけないことです。ほとんどは、メダルを取った選手がどんな人となりだったか、そして家族との物語なんかが話題の中心。僕も日本人なので分からないではないんですけどね。

 そういうときに米国あたりでは、たとえばジャンプした瞬間の飛び出しの角度とか、それに対して風の方向性がどうだったとか。空気力学の専門家を連れてきて話をさせちゃう。そういうのは、あまり日本はやらないですよね。日本では、トップスポーツの“感動”はかなりシェアされているんですけど、“技術”とか“知識”は、あまりシェアされていない印象です。

 もちろん、五輪レベルの選手がやっていることは、そのままでは応用しにくい。でも、練習した後の何分後に冷やしたらいいのかとか、基本的な腕の振り方はどうなのかとかは、参考になると思うんです。今のままだと、一般の方がスポーツをするときに、リテラシーがまったくないまま走って、ひざが痛くなって……みたいなことが、結構これから起きるんじゃないかなという気がしています」

楽しみを見いだし、変化を感じることが大事

 諸説あるが、「スポーツ」の語源は 「遊ぶ」「楽しむ」という意味から派生したとされている。為末さんも、スポーツ本来のあり方を「とにかく楽しむことだ」と語る。

「スポーツは、遊びから派生していると思っています。その後に、競争が出てきたかもしれないですけどね。それが日本では、楽しかったらスポーツじゃない、苦しくないとスポーツじゃない、っていうのがある気がします。狭くしちゃったんでしょうね、スポーツの定義を。

 米国、ないしは西洋諸国だと、100キロあるような人が自転車に乗って、スポーツ歴何年とか言ってるんです(笑)。でもそういう世界なんですよね。僕もそうだろうと思います。日本では散歩って言うけど、向こうではウォーキングと言ってスポーツとして成り立っている。スポーツの範囲がもっともっと広いんです。

 だから、とにかく楽しくやりましょうというのを、僕はいつも思うんです。楽しいスポーツを増やしましょうと。楽しみをやっぱり見いださないと。楽しくないと、やっぱり人はやらないですよね。スポーツを始めるきっかけとして、何か楽しみを見いだす、ということは1つ大きいと思います。

 もう1つは変化を感じていくということ。多くの人がスポーツするのは、自分の体型とかが変わっていくことを望んでいる、目的にしていると思うんです。そういうものをある程度実感しやすくしていくのは重要。頑張って1週間やると、それなりに体が変わると思うんですよね。それをまずは実感して、そこからドライブをかけていく感じですかね。

 ただ、目的だけになりすぎると結構、人って苦しくなると思うんです。体に良いっていっても、1週間に3食同じものを食べていたら嫌になりますよね。どんなにそこそこ美味しくても、体に悪いものを食べたくなる(笑)。その辺のバランスをもっと緩やかに取る、つまり完璧にし過ぎないことは、続けていく上で大事だと思います」

<インタビュー後編に続く>

(取材・文:栗原洋/スポーツナビ)
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著者プロフィール

習慣的にスポーツをしている人やスポーツを始めようと思っている20代後半から40代前半のビジネスパーソンをメインターゲットに、スポーツを“気軽に、楽しく、続ける”ためのきっかけづくりとなる、魅力的なコンテンツを提供していきます。

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