【ダイヤモンドアスリート第11期】第3回研修レポート:心理学の観点から最高のパフォーマンスの出し方を考える
2月26~27日には、味の素ナショナルトレーニングセンターを中心に、1泊2日の合宿形式で複数の研修が行われ、ダイヤモンドアスリートの北田琉偉(日本体育大2年:棒高跳)、中谷魁聖(福岡第一高3年:走高跳)、今期から新設されたダイヤモンドアスリートNextageの濱椋太郎(目黒日本大学高3年:短距離)、古賀ジェレミー(東京高2年:110mハードル)、ドルーリー朱瑛里(津山高2年:中距離)の5名が参加しました。
中谷・濱・古賀・ドルーリーの4選手は、海外複数箇所で実施されたU20研修合宿から前日帰国したその足で、この研修へ。また、北田選手もオーストラリア遠征出発のため研修後すぐに空港へ移動と、全選手ともにタイトなスケジュール下でしたが、どの選手も疲れや緊張した様子を見せることなく、集中した様子で各講義を受けていました。
1日目の2月26日は、長年、ダイヤモンドアスリートの栄養サポートに当たっているエームサービス株式会社で、第2回研修に臨み、座学と調理実習からなる「栄養セミナー」を受けたのちに、夕刻から味の素ナショナルトレーニングセンターにおいて、スポーツ心理学の講義を受けるタイムテーブルとなりました。今期のプログラムは、立案に際して、室伏由佳ダイヤモンドアスリートプログラムマネジャーが、「ハイパフォーマンスを期すアスリートが、さらに高みを目指していく際には、とても大切になってくる」という考えで、特に、「心」に焦点を当てた内容が複数アレンジされています。ここでは、第3回研修として順天堂大学の川田裕次郎先生が行った講義「ハイパフォーマンスを実現するための心理学」の模様をご紹介しましょう。
第3回研修 「ハイパフォーマンスを実現するための心理学」 川田裕次郎先生(順天堂大学)
講師を務めたのは、順天堂大学スポーツ健康科学部准教授の川田裕次郎先生。スポーツ心理学が専門で、そのなかでも「ハイパフォーマンスブレイン」(ハイパフォーマンスを生み出す脳)に注目し、「脳の活動を測ることで心の状態を理解する」研究に取り組んでいます。
学生時代は、ハンマー投に取り組み、全国大会等での入賞も多く経験していた川田先生。技術の安定がパフォーマンスに大きくするハンマー投の特徴を示しながら、「技術を安定させるためにはフィジカルも大事だが、“狙った試合で、どういうふうにパフォーマンスを出すか”に尽き、そこができれば、身体が小さく、ランキングが高かったわけでもない自分でも、けっこう上位を狙うことができた。そういうところに面白さを感じて、ハンマー投をやっていた」と述べたうえで、「皆さんは、“狙った場所で、狙った記録を出す”ことが課せられていると思う。今日は、そういうときに、どうすればいいのかのヒントが示せればいいなと思う」と述べて、講義をスタートさせました。
まず、川田先生が行ったのは、「最高のパフォーマンスは、どんなときに出現するか」の説明です。パフォーマンスは、適度な緊張状態に置かれたときに最も高まることを示し、「緊張すること自体は悪いことではなく、むしろ必要なもの。問題なのは、緊張をコントロールできないこと」と述べました。
そして、「緊張や不安は、ストレスという言葉で説明することができる」として、ストレス反応が生じるメカニズムについて専門用語の説明も交えながら紹介。選手たちは、テストや試合などストレスの要因となるもの(ストレッサー)を、どう認知し(ストレス認知)、どう対応するか(ストレスコーピング)によって生じるストレス反応が変わってくること、ストレッサーとストレス認知を経て生じるので、それをブロックしたり対処行動を変えたりすることで、自分でコントロールできることを理解しました。
また、ダイヤモンドアスリートたちは、ストレッサーの認知の測定も体験。用紙に記載された項目をチェックし、算出した点数を分類すると、自身が何にストレスを感じているかひと目で認識することができます。川田先生は、「こうした自分の状態を可視化できるものを持っておくのもよいこと」とアドバイスしました。
緊張や不安などのストレス反応が起きるメカニズムが紐解かれたところで、次に紹介されたのは、「その緊張や不安をどう対処するか」の方法です。「ストレス反応は、ストレッサーを脅威や対処不能と認知するために生じるので、緊張や不安に対処するためにはストレスの認知とコーピングを変えることが重要となる」と川田先生。
具体的な対処法として、
・人との比較で評価するのではなく、「記録が上がったか」「スキルが高まったか」「できなかったことができるようになったか」など、自分自身のなかに目標を設定したり意識を置いたりする、
・物事を「変えられるもの」と「変えられないもの」に分け、自分の意識や注目する対象を、「変えられるもの」に向ける。天候や運などの「変えられないもの」ではなく、自分の裁量で変えていけるもの(技術や、練習な内容、努力の量や質など)を変化させることに注意を払う、
・とりあえず気持ちを落ち着けるための対処行動(情動焦点型コーピング)だけでは解決しない。今、取り組んでいる行動が問題に働きかけていくもの(問題焦点型コーピング)になっているかという視点を持つ、
の3つを挙げました。
短い休憩を挟んで、いよいよ講義は、この日の本題ともいえる内容へ。「ある程度のレベルに達したときに遭遇する記録の壁」や「より高いレベルに進もうとしたときに感じる壁」を、どういう考え方で向き合っていけばよいかについて、話が進められました。
ダイヤモンドアスリートたちは、まず「自身が“壁をこえるために”やっていること、考えていること」を書きだし、それを発表して、みんなで質問や意見交換。自身の考えを整理するとともに、互いの考えを共有しました。これらを踏まえて、川田先生は、「皆さんが、今、共有してくれた“壁をこえるために大切にしていること”を、心理学ではマインドセット(認知様式)という」と述べ、そのマインドセットは個人によって異なること、物事に向き合う際はそのマインドセットを指針に行動を選択していることを説明。そして、壁をこえるときには、この「マインドセットを変化させる」がポイントになることを示し、具体的な取り組み方として、
・失敗から学ぶ:失敗は成長の糧となる。恥の対象に捉えず、肯定的に利用する、
・トライ&エラー:仮説を設定して小さく試すことを繰り返すなかで、成長していく、
・快適から非快適へ:上達や慣れによって快適にできるようになったら、環境・役割・方法を変えて敢えて非快適なゾーンに身を置き、自分で磨く、
・レジリエンス(困難で驚異的な状況にもかかわらず、うまく適応する能力)を高める:逆境に耐え抜く心理的特性を高める
・強みを磨く:弱みの克服から強みの強化へ
の5項目を挙げ、心理学的な知見も盛り込みつつ紹介していきました。そして、ダイヤモンドアスリートたちが、すでにこの観点を取り入れたマインドセットができていること、自身の取り組みを言語化できることを称賛したうえで、「これらのマインドセットはとても大切なこと。大事にしてほしい」と呼びかけました。
「こういう研究も進んでいることを知っておいてもらえたら…」と、最後の川田先生が触れたのは、自身が取り組んでいるハイパフォーマンスブレインの研究に関する情報です。「非常にトレーニングをされた人の脳は、筋肉とか体組成と同様に、一般の人とは全然違うことがわかってきた」と、測定の方法や結果などを示しながら説明していきました。特に、国際的レベルの選手の脳は、他の競技レベルの選手よりも少ない脳部位と少ない脳活動で優れた動きを実現できることを紹介しました。つまり、最少の資源で最大のパフォーマンスを生み出しているということです。また、トレーニングを続けると、その疲労は、脳にも蓄積(精神疲労)し、回復に時間がかかるという結果が出た研究の知見も紹介。まだ、解明されていない点もある領域としつつも、「良い練習やパフォーマンスを維持するためには、身体疲労だけでなく、脳をどう休息させ、精神疲労から回復させるかが重要になることを、頭の片隅に留めておくといいと思う」と示唆しました。そして、「これからは、フィジカルだけでなく、脳のトレーニングやコンディショニングについての情報も出てくるとようになる。それらをキャッチアップして取り入れることができれば、競技力の向上に活かしていくことができると思う」と締めくくりました。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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