「若いチーム」からの脱皮に向けて。有賀剛アシスタントコーチの信念とは。
試合3日後の、2月4日のこと。アシスタントコーチを務める有賀剛は、練習前のミーティングで選手たちに問うた。
「第2節・東京サントリーサンゴリアス戦は、なぜ勝てたのか」
ハングリーに戦い、フィジカル的にも勝り、努力を怠らなかった80分間の動画を改めて再生した。
コーチとしての信念
その後、2021年まで同チームのアシスタントコーチに就任。それからの3年間は静岡ブルーレヴズでアシスタントコーチを務め、今シーズンからBR東京へと加入した。
「父が選手として、母はマネージャーとして、かつてリコーラグビー部に在籍していました。縁を感じています」
幼き子どもたちを東京に残し、静岡で単身赴任生活を続けた3年間。「妻は仕事もしているし、計り知れないぐらい大変だったと思う」と、やはり家族一緒に生活をと考え始めてBR東京へジョインした。
「答えは一つじゃないのがラグビー。だけど勝ってきたチームは、何か特別なものを持っていると思っています。やっぱりこれじゃ勝てないよね、このままじゃダメだよね、と思うギャップもある。(サントリー時代に)優勝を経験できた僕だからこそ伝えられるものがある」と役割を語る。
心掛けるのは、正直であること。
「よく『今の子は』『今の時代は』と言いますが、でもあえて、自分が感じたことを正直に伝えるようにしています」
気付いたことを伝えないままでいることが、その選手にとってハッピーなのだろうか。そんなことを意識しながら、現役選手たちと接しているのだという。
良いアタッカーは、良いディフェンダーである
「僕はアタッキングフルバックじゃなかったので、しっかりと後ろからゲームを読んで、何が起きているかというのを言わなきゃいけなかったんです。特にディフェンス局面は絶対。蹴られたボールをしっかり取ること、どちらかというとそういうことについて、アタックを得意とする今の若手選手たちに教えなければならないと感じています」
そう、大事なのは、アタックとディフェンスのマインドバランスだ。
「TJ(・ペレナラ)ってアタックの話も、ディフェンスの話もするんです。オールブラックスで、アタックにもディフェンスにもこだわりがあって、勝つためには何が必要かを分かっている。でもこないだ(伊藤)耕太郎と話をしたときに『頭の中9割がアタックだろう』って聞いたら『はい』と答えた。本能的に好きな方、ナチュラルなものだからそれは仕方がないのですが、でもだからこそ『耕太郎からディフェンスの話が出てきたら、もっと成長するんじゃないの?ディフェンスのことをもっと考えてごらん』と伝えました」
そして、例に挙げたのはかつて日本代表のアタックコーチを務めたトニー・ブラウン。現役時代はオールブラックスをはじめとする名だたるチームでスタンドオフを務めた、名選手にして名アタックコーチたるゆえんを明かす。
「ディフェンスに意識があると、もっといろんなアタックを考えられるんです。トニー・ブラウンはアタックコーチですが、現役時代はディフェンスにこだわりを持った素晴らしいディフェンダーでした。だから良いアタックコーチになることができた」
ディフェンスを理解し、ディフェンスにこだわりを持つことで、良いアタックは生まれる。対してディフェンスのことをおろそかにし、アタックばかり考えている選手は、その分幅が狭まってしまうのだ、と説いた。
「中楠一期や伊藤耕太郎には伝えました。インターナショナルレベルに行って戦えなかった理由は、フィジカルに戦えなかったからじゃないのか、と。キツい局面でタフに戦えなかったからだろう、と」
選手たちには時に厳しい言葉を投げかける。誰かが伝えなくてはならない、その役目を日本人コーチであり、比較的年齢も近い有賀が担っている。
ベストコーチンググループになろう
メニューの合間、選手たちが給水をしている時にスタッフ陣が小さな円陣を作り、入念な打ち合わせを重ねる姿だ。
「タンバイ(・マットソンHC)が今年、ずっと言っていることがあります。『僕たちはベストコーチンググループになりたい』よね、って」
ベストコーチンググループ、という基準が設けられているわけではない。そしてリーグワン各チームを見渡せば、海外経験が豊富なコーチも、名の知れたヘッドコーチも数多いる。
「自分たちブラックラムズは一人一人を見たら、そんな経験はありません。でもコーチンググループとして、良いチームになっていきましょうとヘッドコーチが言ってくれた。そこに対してチャレンジしたいなと思っています」
そして、アシスタントコーチとしての自身の役割に言及した。
「僕はヘッドコーチを感情的にさせたくないし、そういう部分を補うのがアシスタントコーチの役目なのかな、とも思う。バランスです。これまでのラグビー人生で、ヘッドコーチが感情的になるとチームが萎縮してしまう光景を見てきました。だからこそアシスタントコーチは、思っていることをちゃんと伝えないといけないぞ、と」
アシスタントコーチとは、ヘッドコーチをアシストすることが仕事。それがアシスタントコーチだとプライドを持った。
静岡ブルーレヴズ戦へ
有賀は「良い練習だった。選手の集中力やエナジーは、ここ数週間で一番良かった」と振り返った。
あとは、どこまで自らを信じることができるか。
「僕は『勝てると思っている』と選手たちにはっきりと伝えました。その代わり『これとこれをちゃんとできないと勝てませんよ』ということも伝えました。これができたら自分たちはブルーレヴズに負けない、ということを選手は理解してくれたと思います」
この日の練習は、誰もが休む間もなく、激しく動き続けた。
選手を途中で入れ替えることなく行った15人 対 15人のアタック・ディフェンス練習では、アンストラクチャーを生じさせ、ラグビーらしい判断力を高負荷の中養うことに注力した。ワークレートを意識した激しい練習の最中にも、選手からは「コネクト」「個人プレーじゃない、話し続けよう」との声が飛ぶ。
チームは今、たしかに勝ち星から遠ざかっている。だが決して兆しがないわけではない。
「最後の一掴みを手に入れられるように、みんなが前を向いている」と強い言葉を残す有賀。
「フィジカルはもちろんのこと、ワークレートでは絶対に負けたくない。マインドセット一つで変えられる部分もある。勝つためのプランは作りました。そのプランを、みんなが分かっている」
練習の最後、全員で大きな一つの円陣を作ったその輪の中で、CTB濱野大輔は言った。
「グラウンドでゴミを見つけた。誰かがやってくれるだろう、はプレーに表れる」
投げかけられた厳しい言葉を、輪の少し後ろで聞いていたマットソンHCは何度も頷き、チームを見やった。
「若いチーム」と表現されてきた数年間。脱皮する時は来た。
文:原田 友莉子
写真:リコーブラックラムズ東京
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