【インタビュー】第3回:太田雄貴氏/国際オリンピック委員会(IOC)委員

チーム・協会

【© スポーツエコシステム推進協議会】

【インタビュー】第3回:太田雄貴氏/国際オリンピック委員会(IOC)委員

すべてのステークホルダーと共にスポーツ産業を起点とするエコシステムの形成・発展を目指す稲垣弘則代表理事が、進化し続けている世界のスポーツビジネスの最新動向や海外市場、スポーツを取り巻く現状と課題、未来について、スポーツ界を牽引している当協議会の評議員の方々にインタビューをする対談企画

第3回目となる今回はスポーツエコシステム推進協議会の評議員であり、国際オリンピック委員会(IOC) 委員、公益財団法人日本オリンピック委員会理事や国際フェンシング連盟(FIE)の理事も務める太田雄貴さんにお話をお伺いしました。フェンシング界において日本人初のメダリストでありながらその活動は多岐に渡り、他ジャンルのスポーツにも深く関わってらっしゃいます。そんな広い視野を持った同氏に、スポーツ産業を起点とするスポーツエコシステムの今後についてお伺いしてみました。

【© スポーツエコシステム推進協議会】

___ 早速ですが、パリ2024大会では特にフェンシングの大躍進が素晴らしかったと思います。この大躍進の要因はどこにあるとお考えでしょうか。

【太田雄貴氏】(以下・太田)
選手とコーチングスタッフの頑張りであることは間違いありません。僕が会長をやるよりも前の強化体制が凄くフィットしていました。味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)ができたことによって、コーチやフィジカル担当も含めた環境提供ができるようになりました。そのおかげで企業は選手の環境全てをサポートするのではなく、選手の雇用に注力できるようなケースも生まれました。今回のパリ2024大会に出場した選手の所属先を見てもらえればわかると思いますが、皆さんが知っているような企業が所属先として連なっています。NTCができる前は県の国体選手だったり、警視庁に所属している選手が多数でした。それが民間企業に変わってきたというのはかなり画期的なことだと思っています。これができたのはNTCという場所と、国際水準の高い指導ができる海外出身のコーチの存在が大きかったと思います。

___ 太田さんが日本フェンシング協会の会長として行われていた活動が実を結んだということでしょうか。

【太田】
活動が直結したかというとそれだけではなくて、いままでの継続の先にあったことだと思います。海外出身コーチの交代はしましたが、僕は強化活動に関してはあまり口を出していませんでした。強化のメンバーが良いと思うことを現場でやってもらっていました。僕が最も貢献できたことは「フェンシングのブランド化」だったと思います。具体的にはフェンシングの選手を雇用してもいいと考える企業を増やしたことです。僕は国内・国外に対してフェンシングのブランド価値を高めるこの点だけにフォーカスして活動していました。

___ 日本のフェンシングの国際的な立ち位置が上がったことで強化につながったということもあるのでしょうか。

【太田】
それは間接的だと思っています。僕が会長時代にやったことで、選手たちが僕のおかげでメダルを獲れただろうと思うことは本当にないです。選手、指導者、スタッフ、そして支えてくれた人たちの努力がメダル獲得の全てだったと思います。どちらかというと、彼らがフェンシングをはじめる前に僕がメダルを獲得することができたので、「あっ!日本人でもできるんだ」と子供たちに思ってもらえ、いままでだったら蓋がされていたものが、「上にいけるんだ」と道が拓けたんだと思います。

【© スポーツエコシステム推進協議会】

___ 現在、国際オリンピック委員会(IOC)の委員は3年目、次はもう4年目で7年の任期の折り返しになられますね。

【太田】
3年務めたのでメンバーも顔を見てわかるようになりました。日本の企業の目線で見ると4年って長い感じがするんですが、国際的な現場では4年目って凄く早く過ぎてしまいます。なんとなく現場感をつかみはじめたところです。7年経つとようやく実務的なレベルまでわかるという感じです。その一方で属人的になりやすく、人間関係の上に成り立っていくものでもあります。それは課題でもあると思っています。

___ 太田さんは常に世界的な視座をもたれている印象があります。IOC委員会にも立候補され、現在、IOC委員として精力的に活動されていますが、そのようなマインドはどこから来ているのでしょうか。

【太田】
僕はどちらかというと好奇心からです。「オリンピックを変革してやろう!」とか思っているわけではないです。IOCについてはいろいろご意見を頂くこともありますが、僕としてはその組織の内側に入って初めてわかるものだと思っています。だから自分から内側に入って、彼らがどう思って、どういうマインドでオリンピックに携わっているのかを知りたいと思ったんです。日本ではIOCについてはお金の問題が話題に挙がることが多いですが、本来はそれだけではないですし、運営や議論内容がとてもしっかりしています。僕自身は企業の取締役もしているので、良くわかりますが、例えばIOCのアスリート委員会は日本の上場企業の会議に引けをとらない進行をしている思いますし、大変難易度の高い議題も取り扱っています。全体的に非常にしっかりやっているというのが僕の正直な感想です。

___ IOC委員として太田さんの具体的な役割を教えてください。

【太田】
IOCの中で担当している委員会はアスリート委員会とジェンダー委員会のふたつです。アスリートの言葉がセンターにくるようにするのがミッションです。ジェンダーについては、50-50を当面の目標に、リーダーシップの役割を担う女性層の活躍がなくてはならないと思います。まずは国内オリンピック委員会(NOC)の女性参画をIOCがイニシアティブをとってより強く牽引していきたいですね。


___ 今回のパリ2024大会を振り返るといかがでしたでしょうか。

【太田】
完全有観客のフルオープンのオリンピックは委員になってはじめてでした。パリに行って率直に思ったことは『とにかく観客の声援が凄い』という一点でした。大会のコンセプトである「ゲームスワイドオープン」がきちんと遂行されていました。本当にブレのないオリンピックであったと思います。東京2020大会からすればそれは羨ましくもあるし、なぜ東京ではパリのようなことが実現できなかったのだろうかと思っています。

___ 今回のパリ2024大会ではレガシーを残し、社会的な価値を上げようといろいろな施策があったと思います。そんなレガシーを残すために、IOC委員の皆さんたちはどのようなマインドで取り組んでいらっしゃったのでしょうか。

【© スポーツエコシステム推進協議会】

【太田】
世の中の人には共感されないと思いますが、わかりやすい指標で言うとIOC委員のホテルが過去最低だったと皆が言うんです。僕は家族4人で行ったのですが、本当に4人ギリギリの広さの部屋だったんですね。これは経費に関してもIOCはとても主催側に寄り添っていることの証のひとつだったと思うんです。パリが目指そうとしていた、脱炭素やゴミの排出量の問題だったり、セーヌ川の水質改善であったり、選手村における利活用の部分など、それぞれの事例が方法論だったとすると、その前提にあるのがパリの街づくりや、こうしていきたいという強烈な目的を達成するための手段がオリンピックだったのではと思っています。オリンピックを通してこういう街にしていきたいというのが見えた大会でした。例えばパリは自転車や徒歩といったマイクロモビリティを街の中心に据えていました。日本の場合では、会議では話題に出るものの実施には至らなかったことがほとんどです。最初は市民の大多数が反対する中で、フランスは選手や国際連盟と最後まで対話を重ね、やりきったところは凄いですね。日本だったらおそらくできないような状況です。彼らは作り上げたかった街づくりを、普通なら25年かかると言われているところを、オリンピックを通じて、僅か10年で実現してしまいました。これはシンプルに壮大なシティプロモーションとしてのオリンピックだったと捉えるべきだと思います。

___ 太田さんはパリ2024大会が残した社会的な価値をどのように捉えていらっしゃいますでしょうか。

【太田】
スポーツは楽しむものであり、日常を忘れて熱中、熱狂を後押しするものです。多くの観客が大声援で楽しんでいるだけで、スポーツの社会的価値を十分に感じることができました。日本では社会的価値を含め、スポーツに対して崇高な理念はあるんですが、教育的な観念が強すぎる部分があると思います。礼儀正しさとか、挙げればいっぱいあるんですが、僕はシンプルにスポーツを楽しめる心の豊かさと文化度の高さがフランス国民にはあり、それが社会的価値であることを共感できた大会だったのではないかと思っています。

___ 協議会ではソーシャル委員会を組成しています。この委員会では、日本のスポーツの社会的価値を可視化して、企業が自らの企業価値を向上させる視点からスポーツの社会的価値を捉え、持続的にスポーツに関わっていくことのプラットフォームを整えるための議論をしています。協議会の評議員として、社会的価値の可視化の点も含め、今後、協議会がどういった方向に進めば良いとお考えでしょうか。

【太田】
どうしてもお金や利権の絡むところに企業や人は集まってきます。協議会もスポーツDXなどのテーマはその側面があると思いますが、グラスルーツ的な側面を見なくてはいけません。フェンシング選手会のアスリートたちが震災と豪雨に見舞われた能登に行って泥掃除をしてきました。あのような活動を見ると純粋に素晴らしいなと思います。その行動力にも驚かされます。日本財団さんが運営しているHEROsという取り組みでもそういったアスリートを被災地へ送る支援活動もしていて、被災地復興のために何かをやりたいアスリートは多くいます。アスリートがきてくれることは被災地を元気にしてくれると思うんですね。そして彼らは発信をしてくれるのでニュース性も高くなる。そういう活動にかかる交通費や支援方法をしっかりと協議会としても支援ができるような仕組みがあるといいと思います。スポーツの持つ社会的価値というのは誰もがアスリートに会うと笑顔になってくれるということなんだと思います。平時も有事もそういう人に会えたら嬉しいじゃないですか。そういうような取り組みをシステム化して、人材のプールを作るような取り組みを行っていくと、企業は支援をしてくれると思うんですね。有事のときのスポーツの在り方を考えたとき、様々な社会課題がある中で、環境問題や気候変動とかわかりやすいところに行きがちなのですが、一方でスポーツがやりたくても道具や場所を確保できず、スポーツができなくて困っているとか、目の前の問題は山ほどあると思うんです。一つ一つの課題に目を向けて良くしていこうという活動も同時にするのがいいんじゃないかと思います。

【© スポーツエコシステム推進協議会】

___ 是非そういった活動を行っていきたいと私も思います。スポーツを通じた社会貢献や社会的課題の解決など、アスリートの方々が中心に行っていただけたらとても良いですよね。そういった活動が促進されるように、スポーツDXによって生み出される資金も、アスリートやアスリートを支える人に還元されるシステムを作っていければ良いなと思います。現在のアスリートの課題を考えた場合、特に世界における違法賭博市場の急速な拡大と海外で活躍するアスリートが増える中で、誹謗中傷や八百長の持ちかけなど、SNSやテクノロジーの発達に伴いアスリートが危険にさらされているのが現状だと思います。このようなアスリートの課題についてどのようにお考えでしょうか。

【太田】
まず、誹謗中傷はインターネットが普及する前からあって、昔はスポーツ選手名鑑に住所も載っていたので、実際に家にきてスプレーで罵声を書いたりしていたなんていうこともあったのではと思うんですね。いつの時代にも誹謗中傷はあったというのが前提で、インターネットが普及したことで、誰でも安易にできるようになってしまいました。IOCでは、AIを活用してアスリートのソーシャルメディアに対する誹謗中傷を阻止する取り組みははじまったんですが、それでは追いつかないスピードで誹謗中傷が行われてしまっています。一方で、これを防ごうとすると、どこまで検閲しますかという、別のプライバシー問題もでてきてしまいます。アスリートの保護という観点と、個人の見られたくない情報も誰かに検閲される可能性があるというプライバシー問題の狭間にいます。例えば、ツールが作られてそれが悪用されるとツールを作った人が悪いとされてしまうような状況だと思います。悪いことをするためのツールを作ったわけでなく、例えば匿名性の高いツールを作った時に、それを悪用した人ではなく作った人が悪いという空気が流れていると思います。だからといって何もしないというわけにはいきません。私たちとしてはまず、アスリートに対する教育を行い、アスリートが巻き込まれないようにする努力が大切だと思っています。また、それに付随する中央競技団体(NF)やコーチに対する教育も大事だし、ツールを提供しているプラットフォーマーも巻き込んでいき、全員が歩み寄りを見せていかない限り問題となっているような誹謗中傷は広がる一方ではないかと思っています。

___ 日本では日本居住者向けのサービスによって違法賭博市場が拡大していることも問題になり始めています。協議会では、違法スポーツ賭博からアスリートやスポーツ団体の権利を守るために、太田さんをはじめとしたアスリートの皆さんや国際的な団体に参加してもらい、教育システムを整備することも含めた今後の対策を検討する研究会を発足させようと考えています。こういった研究会を作るためにどういった観点が必要となるでしょうか。

【太田】
日本国民は教育水準と意識水準がとても高いと思うんです。実際にアスリートのドーピング陽性件数も日本はとても低いです。これには2つ理由があって、ドーピングに対する教育機会の多さもありますし、日本人の「ズルって良くないよね」という同調圧力が上手く機能していると思っています。こういう状況の中で、「自分ごと」にさせることはとても難易度が高いと思っています。ほとんどの場合、違法スポーツ賭博に関して、アスリートからすれば、自分自身にはまったく関係ない話だと思ってしまうんですね。なので、どうやって自分ごとにさせることが重要なんです。例えば免許の更新に行くと、飲酒運転して事故を起こして人生を台無しにしてしまったような映像を見ますが、あなたもいつ事故を起こすか分からないじゃないですか…、それぐらい身近なことなんだとアスリートに理解してもらうことが必要です。各NFも巻き込んで、今こそ違法スポーツ賭博からアスリートをどう守っていくかを考えてもらえると思うんです。自分の身近な存在の人が違法スポーツ賭博に関与していて、自分に何かしらのアプローチをしてくる可能性もあるということを知って欲しいですね。

___ IOCやアジア・オリンピック評議会(OCA)ではどのような取り組みをされているのでしょうか。

【太田】
試合の不正操作などの、違法性を捜査することがあります。また、選手に対して直接的じゃなくても間接的に自分が巻き込まれる可能性があることも指導しています。特にアジア圏はローカルでもグローバルでも違法スポーツ賭博が盛んなエリアで、多くの試合が違法スポーツ賭博の対象になっているので注意喚起がされています。どういった感じで選手が違法スポーツ賭博に巻き込まれていくのかを、OCAのフォーラムでは長く時間をとって講演されていました。

___ そういった諸外国の先進事例を取り入れつつ、日本の文化や日本人のマインドに合わせた教育やシステムを作っていかなくてはいけないということでしょうか。

【太田】
そうですね。でも、正直そこの部分のことをしっかり話せる日本人が何人いるんだということも課題だと思っています。アスリート経験者の中から人材育成に長けた人を育成していき、実際に起きている事例を調べて伝えていくことも大切です。事実、違法なカジノに出入りして出場停止処分を受けている著名なアスリートもいます。誰にでも起こり得る事だと意識させること、これらの教育システムの構築が重要だと思います。

___ 最後に、IOC委員の任期があと4年間残っておられますが、これからの太田さんのヴィジョンを教えていただけますでしょうか。

【太田】
スポーツを通して日本の産業を世界に広げていきたいと思っています。今回のパリ2024大会もそうですが、本当に様々なIOC委員やその周りにいらっしゃる方々、世界中のNOCの方々は一流のビジネスパーソンでいらっしゃいます。スポーツを盛り上げるには資金の循環というのもとても大切です。例えば、日本のスポーツが、日本企業の世界進出の足掛かりとすることができれば、それは露出の効果測定ではなく、実利で売り上げや利益に直結して分かりやすく評価できることになると思います。そうすればこれだけスポーツに予算を投資しようとなりますよね。国内向けの広告効果だけでなく、日本の企業のこれからの課題がグローバル進出だとすると、スポーツはグローバルとの相性が良いので、例えばインドネシアに進出したいという企業があれば、インドネシアのNOCやIOC委員を通じて、その企業の後押しをしてあげれば直接的なスポーツを通しての外交ができるわけです。アスリートのためにというのはもっともなのですが、僕はそちらの方に関心があります。もちろん逆のパターンもあって、海外の企業が日本に興味があれば、日本のスポーツを通じて日本に連れてくるということもできるわけです。スポーツを通じて、インバウンド、アウトバウンド両方で企業のグローバル進出をつなげていけたら良いですね。

___ パリ2024大会期間中に開催されたIOCの会合では、イーロンマスク氏・ビル・ゲイツ氏など、世界を代表するビジネスパーソンが来ていたと仰っておられましたね。

【太田】
そうなんです。IOCはスポーツパーソンとビジネスパーソンが密接につながっている場所なので、グローバルでちゃんと立ち回れるようにしたいですね。

【© スポーツエコシステム推進協議会】

  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント