<早稲田サッカー百年の挑戦>特別編 101年目の冬
伝統を次世紀に紡ぐア式男女部の新たなる挑戦
【徳間書店】
例年より早くシーズン始動
新チームでキャプテンを務めるのはMF山市秀翔(右) 【早稲田スポーツ新聞会】
創部100年目の2024年を終えて、早稲田大学(早大)のサッカー部、ア式蹴球部は2世紀目に入った。全日本大学選手権(インカレ)など大学の主要タイトルを27回と最多の実績を誇る名門にとって、再出発の1年になる。チームはこの2年間、2部リーグ所属に甘んじ、タイトルからは6年間、遠ざかる。
1月9日、兵藤慎剛監督を迎えて3年目に入る男子部は例年より大幅に早く始動した。翌週、早大FCとして臨む東京都社会人リーグの天皇杯予選が組まれているためだ。
約100人の部員を抱える男子部は関東大学リーグに出場し、総理大臣杯や大学選手権(インカレ)と全国タイトルを狙うトップチームと、選手の出場機会を増やす目的で設けられたインディペンデンス・リーグ(Iリーグ)、そしてFCと呼ばれる社会人リーグ向けの3チームに分かれてシーズンを戦う。監督らスタッフは3つのチームに目を配り、成長する戦力を引き上げてチームの強化を図る。
社会人リーグの天皇杯予選は現状のCチームで臨むため、トップチームは例年通りに1月下旬のスタートでも十分だったが、兵藤が新キャプテンの山市秀翔ら学生幹部と話し、チーム全員での始動を決めた。スケジュールは監督からの上意下達ではなく学生による自主運営の決定項目だ。兵藤は「学生がぜひ一緒にスタートしたいということだった」と話し、学生たちの意欲の表れと受け止めた。横浜F・マリノスなどの長いプロ生活を経て、指導者のキャリアを母校で踏み出した兵藤は2シーズンの教訓を、「ピッチ上での選手の自主的な考えに委ねる部分も多くしてきたが、一定の約束事を設定したほうが、いまの学生は課題に向かえる」と話した。
就任3年目、2年を過ごした関東大学リーグ2部からの1部昇格をめざす。始動の日、林義規総監督は短く、「他には何も言わない。各人が覚悟を持ってシーズンに臨んでほしい」と言った。
シーズン最後も課題浮き彫りに
MF本保奏希は新チームでも得点源として期待される 【早稲田スポーツ新聞会】
前年には見られなかったシュートブロックや局面での競り合いで成長を見せ、兵藤は「数字的には変わらないが、選手個々の能力では劣る今年のほうがチーム力としてはあった」と振り返った。足りなかったのは負傷者が頻発するコンディショニングの安定性であり、追い込まれたときに対話をして解決を図るチーム全体の自主回復力であり、ピッチ上でのわかりやすい例でいえば、就任初年度から兵藤が頭を抱えるロビングの精度だった。
継続的な課題は昇格を逃したリーグ戦の後、2024年の締めくくりとして行われた天皇杯予選学生系の部予選でも浮き彫りになった。この大会は1年後に日本一を決める天皇杯全日本選手権に向けた一里塚で、勝ち上がると社会人を加えた東京都サッカートーナメントで本大会の出場権を争う。1年前は日本体育大学、法政大学という2部リーグのライバルをPK戦で下し、3月にはリーグ1部の国士舘大学、駒沢大学を下して本大会まで2勝に迫る「準決勝」まで勝ち進んだ。
今回は1回戦で東京経済大学を4-0で下すと、2回戦で苦手とする立正大学を2-2からのPK戦で振り切り、3回戦に進んだ。メンバーはリーグ戦を戦ったシステムをベースに、山市、谷村峻(3年)のボランチを軸にした布陣。MF柏木陽良(2年)を2列目に上げ、前線には負傷のよる離脱で公式戦無得点が続くFW鈴木大翔(2年)、GKには期待のルーキー雨野颯真が入った。立正大とのPK戦では雨野が2本を止めて勝利に貢献した。が、兵藤が「今年5回目の早慶戦は単なる予備予選ではない。ライバルに勝っていい形で1年を終えたい」と話していた慶大戦は、0-1で苦杯を喫する。
お互いにリズムを消し合う攻防で序盤にミドルシュートを決められてリードを許すと、山市のボール回収からペースを握ってカウンターを繰り出すが、シューターとのタイミングが合わずに決定的なチャンスは生まれない。シュートまで持ち込んでは、慶大の冷静なシュートブロックとフォローに阻まれた。終盤も強引に攻め込むが、好機は生まれずにタイムアップ。前後半と1度ずつオンサイドのゴールが取り消された。判定に泣かされた格好だが、それも運を引き寄せる力がないということ。アタッキングサードまで攻め込むがサッカーにおける「最後のパス」にあたるロビングが、味方に合わない。カウンターアタックもスピードを欠いた。1人運動量と気迫で気を吐いた山市の姿は、新シーズンへの決意と危機感の表れにも見えた。「2年間で学んだのは、シーズンの最初から一つも落とせないということ。あとで取り返せるという気持ちでいる限り、昇格はできない」
山市はそう唇を結んだ。
女子部キャプテンの沈黙
インカレで3得点をあげた宗形みなみは新主将になる 【早稲田スポーツ新聞会】
通称「ア女」(アジョ)、ア式蹴球部女子部の1シーズンは、前年より2日早く終了した。1月4日、シーズン最大の目標だった第33回全日本大学女子サッカー選手権の準決勝で山梨学院大学(山学大)に1-2と敗れた。大学女子サッカーの草分け的な存在の日体大と並ぶ名門として創部33年でア式100周年を迎え、3年ぶりの覇権奪還を狙ったが、決勝の舞台に進めずに終わった。
関東大学女子リーグ(関カレ)3位で臨んだ、同2位の山学大とのゲームはセットプレーのこぼれをかき出せずに先制を許したがじれずに追いかけ、後半立ち上がりにFW生田七彩(3年)の抜け出しからMF宗形みなみ(3年)が決めて同点。その後も中盤を支配してチャンスを作ったが決めきれないまま、残り15分で守備陣にプレッシャーをかけられたところから決勝ゴールを許した。ゴール正面でボールを奪われたのは、地味ながら守備の中心として、個性豊かな4年生10人を引っ張ってきた田頭だった。
田頭は前期の山学大戦ではカウンターを浴びて失点し、3バックの中央から右サイドにコンバートされた。不調に落ち込むチームの責任を抱えてうちにこもり、夏にチームはバラバラになりかけた。同期との距離感を図りかね、下級生の不満も溜まった。夏合宿で本音を出し合い、一つにまとまろうと腐心した。伝統校の誇りも持ちながら、チャレンジャーの気持ちで戦おうと声をかけ続けた。関カレでは3位に終わり、皇后杯予選も早々に敗退。関カレと並行して戦う関東女子リーグは最下位に沈んだ。
関西で始まったインカレ初戦の2回戦の前夜、田頭はなかなか眠れなかった。同僚で4年間、チームを裏から支えてきた生谷寧々(4年)から受け取った「さんざんチームのために戦ってきたのだから、自分のためにやりなよ」というメッセージカードを思い出した。初戦をクリアした後、苦手としていた帝京平成大との準々決勝は苦戦しながらもPK戦を勝ち上がった。準決勝の前にした年末、3バックの中心、杉山遥菜(2年)が発熱して出場が危ぶまれた。杉山不在の場合はディフェンスの中心に戻る。一度は落ち着いた気持ちが、「やってやろう」と高ぶった。
個人としてもチームとしてもリベンジを図る山学大を相手に、体調不良をおして出場した杉山とともに、山学大のパワフルな攻撃を冷静に受け止めていた。ハーフタイム。「何度も逆転してきた自分たちを信じよう」と声をかけた。同点に追いつき、ゲームの流れは来ていた。攻守の要である同僚、MF築地育(4年)が「ここからだぞ、ワセダ!」と声を張り上げる中で迎えた終盤、築地からのバックパスを受けたところを狙われた。「自分のところもふくめて、山学はミスを逃さない強さがあった」と田頭は話す。
宿敵を追い詰めた内容も及ばず
100年目の主将を務めた田頭。冷静な守備を貫いた 【早稲田スポーツ新聞会】
3度目の前十字靭帯断裂から復帰したエース生田は今シーズン、このインカレでのフル出場を目指してきたが、11月末に右肩を脱臼して心身ともにダウン。関西での2試合は無得点に終わったが、後藤はその速さにかけた。背番号9は立ち上がりから積極的にゴールに仕掛けたが、同点弾を導いたものの追加点は奪えず、交代の直後に勝ち越しを許した。「(チャンスを決め切れないことを)気持ちの問題で済ませてはいけない。技術なのか、フィジカルなのか」と後藤は声を絞り出した。
前年のWEリーグ3人に続き、築地、GK石田心菜とWEリーグ選手を2人送り出す。インカレで3点をマークした宗形は3年生でWEリーグチームの強化指定選手になっており、プロ入りの公算は強い。山学大に屈した11人のうち7人は3年生以下で、そのままピッチに残る。とはいえ宗形、生田が最終学年になる25年の4年生は、通常の半分の5人という「空白の学年」だ。入部希望者は多いが、社会科学部の自己推薦のハードルが上がるなど、入試は難度を増している。石田の卒業で1人になるGK陣はアスリート選抜(スポーツ推薦)で1人が入部予定で急場はしのげそうだが、部員数30人前半というリーグでも最少に近い小所帯は変わらない。
答えは卒業の先にある
田頭、築地ら4年生が最終学年を前に掲げたスローガンは「翔頂」。日本一を取るという現実的な目標を果たすと同時に、大学サッカーを象徴する存在になるという宣言だった。文武両道と自主独立。サッカーを通じて課題解決へのアプローチを学ぶ場であろうと掲げた目標の帰結は、結果だけ見れば厳しいものだった。前に進むためには、勝ち負けにかかわらず前年に学ぶしかない。一生に一度しかない4年間の日々の積み重ねが人生の頂への力になるという真理も、またしかりだ。田頭ら、もがき続けた4年生には過酷な結果だったが、4年間に何を学んだかを問われるのはこれからだ。
兵藤は勝負のプレッシャーに硬くなる選手たちについて、こう話した。「彼らはたまたまこの100年目にいたに過ぎないのだから肩に力を入れる必要はない。ただ普段積み重ねていることを出せればそれがチームの力になるはずだし、逆にいえば普段できないことは試合でもできない」
後藤は言う。「結果も大事だが、ここでやれたことに誇りを持てるか、どうか。笑顔で東伏見に帰ってこられる4年間にできるかどうか」
101年目の冬に東伏見を去る者、残る者がいる。それぞれの答えは卒業した先に出る。
ア式蹴球部の一世紀を追った公式ノンフィクションが刊行
【徳間書店】
日本サッカーの歴史と並走しながら、選手としてはもちろん、世の中を動かす人材としても多士済々な人物を輩出してきた早稲田大学サッカー部「ア式蹴球部」。その百年の挑戦の歴史を紐解きながら、現役男女学生の奮闘を、ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞者の伊東武彦が追った、渾身のスポーツノンフィクション。印税の約半分がア式蹴球部の強化費になる部とWMWクラブ(OB・OG会)の公式本。
出版社 : 徳間書店 (2025/1/17)
発売日 : 2025/1/17
言語 : 日本語
単行本 : 480ページ
ISBN-10 : 4198659303
ISBN-13 : 978-4198659301
寸法 : 13.5 x 2.8 x 19.4 cm
全国の書店、ネット書店で好評発売中
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