【注目施設探訪 第6弾(後編)】菊池雄星が設立した「K.O.H」の最先端機器を紹介。得たデータをどう扱うか
【©氏原英明】
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11月17日の落成式典の後に行われた内覧会では主に3つのグループに分かれて、K.O.Hではどのような指導をしていくかの説明が行われた。この日、行われたものが全てではないものの、おおよその方向性が示された。
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「目」に着目した科学的アプローチとは
アメリカから仕入れた160キロを投げることができるマシン2台とノックマシンの説明の後で紹介されたのは、ブラストモーションとアイトラッカーという最新機器だ。
田代コーチがグリップにつけて計測するブラストモーションについてこう説明する。
「この機器をつけることで、バットにボールが当たった衝撃で、たとえばバットスピード、手のスピード、スイングの角度、そういったものも見ることができます。3D表示されますので、実際に、スイング軌道も目視で確認することができます。
また、動画でもスイング映像をみることができるため、自分の過去との比較や他の打者との比較することができます」
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アイトラッカーについては神田氏が解説する。
「視線の位置や瞳孔がどこを見てプレーしているのか、実際に、バッティングをすることによって変化がわかります。たとえば、先ほど撮影したものではボールを見ていた視線が右側にずれてしまっている状態でバッティングをしていたんですね。
アイトラッカーと並行してブラストモーションも測っていたのですが、どういうスイングだったか表示されています。ボールに対して右側にずれてしまっていることがわかったので、今度はそうならないようにするとバットが内側から出ていることが分かるんです。修正した見方の方がスイングの軌道がいいと出るわけです。
つまり、ボールのどこを見るかによって、スイング軌道が変わってくるということが実際にわかってきます。アイトラッカーを利用することで技術を上げることにつながってきます」
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それは打者に限らず、投球や守備においても然りで、実際、菊池も、投球を改善する中で目の動きがキーポイントになり修正することに成功している。K.O.Hではそうして目の動きと実際のプレーを掛け合わせることで、プレーの質の向上を目指していく。
神田氏は続ける。
「最近、眼科領域の研究ではスマホを長時間見ることにより、斜視といって、右目と左目の位置がずれてしまうということが起きています。デジタルデバイスを使う時間が長くなるほど、右目と左目の位置感覚がずれやすくなる可能性が考えられます。
そうすると、自分が普段意識しない生活の中で見ているつもりでも、実は位置感覚がずれてしまうということが起きてしまうかもしれません。
こういった機器を使って、実際に、両目がボールにアジャストできているかどうかを見ていく。今後はデータを集積していって発表できたらと思います」
アイトラッカーは投手や守備においても計測する予定だという。目の動きとエラーの相関関係、あるいは投手のコントロールについても、K.O.Hにはバイオメカニクスの研究者として北里大学の永見智行氏も参画しており、目の動きとの連携も図っていく。
足圧を測定し、投球フォームを見える化
こちらはモーションキャプチャー、Pedar(Novel社)、トラックマンを使っての実演だった。
まず、はじめにモーションキャプチャーを使用してピッチングの全体像を分析。
バイオメカニクスの専門家で、K.O.Hの顧問を務める永見氏はこう語る。
「(私は)どういうふうに体が動くか、どういうパフォーマンスにつながるかを研究しているのですが、K.O.Hではマウンド周辺におきましたモーションキャプチャーを設置していて8台のカメラでそれぞれの角度から見ることができます。
骨格が写っている映像を見ながら、膝がどれだけ曲がっているのかと、骨盤がどっちに向いているか、手がどのような速さで動いたのかということが数値的に評価することができます。
そうすることによって良い時と悪い時を比べたり、良い投手と悪い投手を比べたりできます。これはK.O.Hの最大の利点になりますが、小学生や中学生を定期的に測っていくと、前に比べてどう成長していったのか。どう変わったのかがわかる。
技術的なコーチ指導のもとでそれが行われるので、どの指導が良かったのかというところまで繋がっていきます」
全体像が見えてくると、次に計測するのが足圧形だ。
Pedarという機器を使用する。これは専用のインソールを靴底に入れ、左右両足のどの部分に力が掛かっているのかが計測できる。つまり、ピッチング動作において、どのような体重のかかり方をしていくのがベストであるかを可視化できるわけだ。
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「ピッチングでは左右の足が、それぞれアクセルとブレーキの役割を担います。右投手の場合、右足は推進力を出すために、蹴るように母指球に体重を乗せて、左足で体重を受ける。その際、左足の外側に体重をかけることで、身体にブレーキをかけるという動作になっていきます。
こちらの計測では、体重がどのように掛かったかが視覚的に確認できるのですが、小学生だと、体重のかけた位置を認識できていないことが多くあります。
例えば、蹴り出しの時に、母指球に体重を乗せる指導をされても、それが乗せたつもりが実際には乗せられていないということがよくあります。
しかし、こちらの機器では、そのような認識のズレを視覚的に分かりやすく見て理解が得られます。指導者も、実際に、母指球に乗せられているかということがわかりやすく視覚情報として捉えることができます。」
足裏の計測の課題が分かったら、実際のピッチングがどのように数値化されているかを確認する。トラックマンではボールの回転数や回転効率、変化量、リリースの高さなどを計測。数値を見ながら動きの再確認を繰り返す。
K.O.Hではこれら以外にもハイスピードカメラやフォースプレートなど、多岐にわたる機器でピッチングを解剖していく。
野球選手が本当に必要なウエイトトレーニングとは
トレーニングスペースはK.O.Hの施設でいうと、マウンドやバッティングゲージとは対面したガラス張りの部屋にある。L字型になっていて、フリーウェイトを存分にこなすスペース、メディシンボール投げやプライオボール投げるスペースが確保されている。トレーニングルームの奥にはマッサージルームやジャグジーなどが完備してある。
実際に菊池選手が持ち上げている300kg近い重さのバーベルをデモとしておいていて、メジャーリーガーがどれだけ鍛え上げているかがすぐに分かった。想像を絶する重さだった。
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金澤大地トレーナーがこう話す。
「基本的にマシントレーニングは動く軌道が決まってしまっていて、力を発揮する方向のコントロールをする必要がありません。
いい悪いということではなく、スポーツをやる上では、自分の体を自分でコントロールする、適切な方向に強い力を出すっていう必要がありますので、こういうのをフリーウェイトと言いますが、K.O.Hでは基本的にこれらの機材を使ってやるようにしています」
そして、K.O.Hとして、今、正しいトレーニングの一つとして共有されているのが、重さと並行してスピードも意識していくVBT(velocity based training)というものだ。
トレーニング機材に特定の測定器を取り付けてトレーニングを行う。スピードといっても、瞬発力ではなく最大出力を出すスピードのことである。
金澤トレーナーは続ける。
「最近は重さだけを求めてやるのではなくて、ウエイトをどれだけ早く動かせるか、スピードを意識しして動かすということに取り組んでいます。
菊池選手のように重いものを扱えるだけでなく全力を出し切った時に高速で動けるような形でトレーニングをしていくということですね」
これは、菊池選手自身が、昨年から取り組んでいるトレーニングの一環だ。内覧会の翌日に、菊池選手はここでの自主トレーニングの様子を公開したのだが、その際も、スピードにも重点が置かれていた。
菊池のパーソナルトレーナーを務める清水はいう。
「菊池選手はメジャーリーガーの中でも挙上重量だけを見たらトップレベルの高いところにいるんですね。ところが、彼よりも重量が上がらない、筋肉量が少ない人でも速い球を投げる、強い打球を打てる選手がいます。その原因を分析した結果力の大きさではなく発揮の仕方に差がある。
わかりやすく言うと、スクワットはしゃがんだ位置から立ち上がるじゃないですか。この立ち上がり始めた「直後」くらいにマックススピードが出せる人っていうのと、もう少しタイミングが遅くなって立ち上がり始めてから「しばらく経って」からマックススピードが出る人っていう差がある」
「このマックススピードが出せるタイミングのことをRFD(rate of force development)と言いますが、それが速い選手が速い球を投げられて、強い球が打てるとわかってきていて、彼はそこが今、一番伸ばせるところがということで、そこに振り切ったトレーニングを昨年からやっています。
菊池選手と1年間ずっと帯同している伊藤コーチが彼の体の現状を一番よく知っているので、この部分のトレーニングは彼が監修して行っています。私は菊池選手と15年近くやってきているので、今では伊藤トレーナーと2人の協力体制でやっています」
一方、K.O.Hでは体のケアについても重点を置いている。トレーニングのもう一つのレーンでは最新機器についての説明が行われていた。
金澤氏が説明したフリーウェイトが身体を大きくするものとしら、こちらはそれを操作する取り組みだ。サンメディカル社のエレサスという機器などを使用する。
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「K.O.Hではエレサスという機械2台とハイチャージという機械を取り入れています。これがどのような機械かと言いますと、コンディショニングを調整する機器です。
痛みをとったり、疲れを取ったりします。整骨院さんの低周波のより周波数が細かい電流が流れています。身体の細胞レベルまで電気を通して、選手自身の自己治癒力をあげることができます。ですので、エレサスでは身体の神経回路へアプローチをすることも可能です。身体操作を改善するためにも用います。
車に例えますと、ウェイトトレーニングで車がどんどん良くなっていても、ドライバーさんが変わらないと扱えませんから、そう言った体の中から促していく。野球の指導においてで、肘が上がらない選手に『肘を上げるように』といってトレーニングをしても変わらない選手っていると思います。
そういった選手にどういったところに問題点があるかがわかるようになります。トレーニングをしても結果が出ない選手に対して、補助してあげるようなイメージです」
怪我や身体の調子がうまくいかないとなかなか思ったようなパフォーマンスには直結しにくい。そうした練習の効率化を上げるために、これらの機器を使うことで、調整していくということである。
選手の能力を上げるには、トレーニングをして、スキルトレーニングをして実践をするというのが一般的だろう。一見、K.O.Hもそうしているふうに見えるが、その中身は多面的であり、アプローチの深さが持ち味だ。それができるのは菊池選手の体験とそれを支える専門家チームが強力なタッグを組んでいるところにある。
トレーニングジムにありがちなのは、カリスマ的な突出した存在によって全てが意思決定にされることだ。
それは良くも悪くもあり、一度方向を間違ってしまうと共倒れになる危険性が孕む。K.O.Hは専門家がさまざまな視点から意見を交わし合って答えを導き出すため、一人の考えだけによって偏ることはない。
そして、K.O.Hに関わるスタッフは研究熱心なメンバーばかりで、メソッドを作って終わりということにはならず、常に現在進行形でそのメソッドは日々進化していくことになる。これは最大の長所だろう。
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今回は取り上げきれなかったが、子どもの運動能力の変化についてや食事、睡眠などの研究者も裏で支えている。また一方、マインドや習慣化についても、K.O.Hが取り組むことであり、菊池が大切にしている分野でもある。
「(スクール生の選手は)ここに来るのは週に2時間とか3時間だと思うんですね。そこで野球が上手くなるってことはないと思うんですよ。きっかけはもちろん与えられますけど、いっても2時間3時間ですから。その残りの6日間の使い方をどうやって教えていくかが我々に一番必要なことだと思います。
アプリで管理をしながらここに来るまでの1週間をフォローするような仕組みもとりますので、いかに習慣を作るか。
僕自身は決して才能に恵まれているとは思ってないんですね。ただやり続けるっていうことに関しては自信を持っているので、やり続ける習慣が身体能力をカバーできると僕は思っていますので、それらを伝えていきたいですね」
菊池雄星が育った足跡を追い、それを専門家とともに作り上げたK.O.Hメソッド。
オンラインサロンなどでも情報発信をしていくという。岩手県から始まるK.O.Hメソッド。これからの野球界に大きなうねりとなってくれることを期待したい。
(取材/文 氏原英明)
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