ロッテ佐藤都志也 オールスターMVP、ベストナイン、侍ジャパン。輝かしい飛躍の一年。さらなる高みへ
オールスターMVPに輝いた佐藤都志也捕手 【千葉ロッテマリーンズ提供】
ひたすら走り切った一年だった。そしてシーズンを終えた今、ふと一年を振り返ると充実した日々だったと感じることが出来る。プロ5年目の佐藤都志也捕手は2024年シーズン、オールスターに初めて選ばれると球団では35年ぶりとなるMVPを獲得。さらにシーズン後は侍ジャパンのメンバー入り。そして2024年パ・リーグのベストナインにも輝いた。
ベストナイン受賞を受けて佐藤は次のようなコメントを出した。「受賞出来て本当に嬉しいです。パ・リーグでは沢山の選手がいる中から自分を選んでもらえたことを本当に光栄に思います。今年は神宮でのオールスターMVPもありましたし、昨日までは侍ジャパンの一員としてプレーをさせていただくなど本当に充実したシーズンでした。今年、ベストナイン初受賞となりましたが来年以降も引き続き選んでもらえるように頑張りたいです」。充実した一年だったことを感じられるコメントだった。
大学時代の思い出の詰まる神宮の杜の主役になったことで自身を掴み、追い風に乗った。7月24日、神宮球場で行われたオールスターゲーム第2戦。佐藤都は6打数5安打2打点。試合のMVPに輝いた。
「学生時代にプレーをした思い入れのある球場。まさかここで行われるオールスターに出て、こんな素敵な賞を手に入れることができなるなんて思ってもいなかった。本当に嬉しい」
試合後、佐藤はグラウンドの真ん中に立って、表彰を受けた。そしてベンチに戻る途中、大粒の汗を拭いながら、しみじみと口にした。
東洋大学時代、嬉しいことも沢山あったが、辛い事もこのグラウンドで経験したのが神宮球場だ。
「いい想い出ばかりではない。失敗を、いっぱいしてきた場所でもある」と佐藤都は言う。
最初に思い出したのは2年春のリーグ戦。当時、一塁を守っていたがタイムリーエラーをしてしまった。
「大事なところでタイムリーエラー。目の見切りが早くてゴロをとってからトスをしようとしたらボールを落としてしまった。今でもハッキリ覚えているほど悔やまれるプレーでした」(佐藤)
そしてもう一つ、すぐに記憶に蘇ったのは2年秋の明治神宮野球大会。準決勝で相手は日本体育大学。マウンドには現ライオンズの松本航投手がいた。九回まで無得点。二死で打席が回ってきた。
「最後の打者になった。見逃し三振。手が出なかった。4年生と野球がやれるのも最後。優勝をして最後まで野球がやりたいと目指していた。その中で自分はバットを振れずに最後の打者になってしまった。せめてバットを振っていたら何かが起こっていたかもしれない。悔やんでも悔やみきれない打席。後悔だけが残った」
最後はインコースのストレート。今でもその球筋が佐藤の脳裏に残っている。いいことも悪いこともあった。それらのすべてが今の背番号「32」を作り上げてきた。そして今年、ここで最高の思い出が新しく加わった。
表彰式を終えるとスタンドから「としや」コールが沸き起こった。スタンド全体。12球団のファンが大きな声で大合唱。祝福してくれた。
「凄い嬉しかった。その時の映像は大切に残しておきたいと思います。試合後もすごく沢山の人から祝福のメッセージをいただいた」と佐藤は笑顔を見せた。
ただ充実した一年を振り返るのは表彰式まで。もう新たなシーズンに向けた準備は始まっている。村田修一打撃コーチ(今季限りで退団。現ベイスターズコーチ)からは「過去は忘れろ。過去は過去。大事なのは次の打席。そして明日の打席。未来だからな。人生において過去を振り返るのは今ではない」と口酸っぱく言われた言葉が今も胸に残る。
116試合に出場して打率・278、5本塁打、45打点。マリーンズに打てる捕手が誕生した。来年は自らがチームを引っ張り、悲願のリーグ優勝を目指す。11月26日 NPB AWARDに出席をした佐藤は力強く言った。「ここは今年だけではなく、毎年、呼ばれる場所にしないといけない」。飛躍した2024年。しかし、それはあくまでスタート地点。佐藤都志也はさらに、さらに上を目指す。
文 千葉ロッテマリーンズ広報室 梶原紀章
ベストナイン受賞を受けて佐藤は次のようなコメントを出した。「受賞出来て本当に嬉しいです。パ・リーグでは沢山の選手がいる中から自分を選んでもらえたことを本当に光栄に思います。今年は神宮でのオールスターMVPもありましたし、昨日までは侍ジャパンの一員としてプレーをさせていただくなど本当に充実したシーズンでした。今年、ベストナイン初受賞となりましたが来年以降も引き続き選んでもらえるように頑張りたいです」。充実した一年だったことを感じられるコメントだった。
大学時代の思い出の詰まる神宮の杜の主役になったことで自身を掴み、追い風に乗った。7月24日、神宮球場で行われたオールスターゲーム第2戦。佐藤都は6打数5安打2打点。試合のMVPに輝いた。
「学生時代にプレーをした思い入れのある球場。まさかここで行われるオールスターに出て、こんな素敵な賞を手に入れることができなるなんて思ってもいなかった。本当に嬉しい」
試合後、佐藤はグラウンドの真ん中に立って、表彰を受けた。そしてベンチに戻る途中、大粒の汗を拭いながら、しみじみと口にした。
東洋大学時代、嬉しいことも沢山あったが、辛い事もこのグラウンドで経験したのが神宮球場だ。
「いい想い出ばかりではない。失敗を、いっぱいしてきた場所でもある」と佐藤都は言う。
最初に思い出したのは2年春のリーグ戦。当時、一塁を守っていたがタイムリーエラーをしてしまった。
「大事なところでタイムリーエラー。目の見切りが早くてゴロをとってからトスをしようとしたらボールを落としてしまった。今でもハッキリ覚えているほど悔やまれるプレーでした」(佐藤)
そしてもう一つ、すぐに記憶に蘇ったのは2年秋の明治神宮野球大会。準決勝で相手は日本体育大学。マウンドには現ライオンズの松本航投手がいた。九回まで無得点。二死で打席が回ってきた。
「最後の打者になった。見逃し三振。手が出なかった。4年生と野球がやれるのも最後。優勝をして最後まで野球がやりたいと目指していた。その中で自分はバットを振れずに最後の打者になってしまった。せめてバットを振っていたら何かが起こっていたかもしれない。悔やんでも悔やみきれない打席。後悔だけが残った」
最後はインコースのストレート。今でもその球筋が佐藤の脳裏に残っている。いいことも悪いこともあった。それらのすべてが今の背番号「32」を作り上げてきた。そして今年、ここで最高の思い出が新しく加わった。
表彰式を終えるとスタンドから「としや」コールが沸き起こった。スタンド全体。12球団のファンが大きな声で大合唱。祝福してくれた。
「凄い嬉しかった。その時の映像は大切に残しておきたいと思います。試合後もすごく沢山の人から祝福のメッセージをいただいた」と佐藤は笑顔を見せた。
ただ充実した一年を振り返るのは表彰式まで。もう新たなシーズンに向けた準備は始まっている。村田修一打撃コーチ(今季限りで退団。現ベイスターズコーチ)からは「過去は忘れろ。過去は過去。大事なのは次の打席。そして明日の打席。未来だからな。人生において過去を振り返るのは今ではない」と口酸っぱく言われた言葉が今も胸に残る。
116試合に出場して打率・278、5本塁打、45打点。マリーンズに打てる捕手が誕生した。来年は自らがチームを引っ張り、悲願のリーグ優勝を目指す。11月26日 NPB AWARDに出席をした佐藤は力強く言った。「ここは今年だけではなく、毎年、呼ばれる場所にしないといけない」。飛躍した2024年。しかし、それはあくまでスタート地点。佐藤都志也はさらに、さらに上を目指す。
文 千葉ロッテマリーンズ広報室 梶原紀章
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