私のミッション・ビジョン・バリュー2024年第16回 松原修平選手「努力と根性」

水戸ホーリーホック
チーム・協会

【ⒸMITOHOLLYHOCK】

水戸ホーリーホックでは、プロサッカークラブとして初めての試みとなるプロ選手を対象とした「社会に貢献する人材育成」「人間的成長のサポート」「プロアスリートの価値向上」を目的とするプロジェクト「Make Value Project」を実施しています。

多様性と交流を基盤に、様々な業種の講師を招聘し、異業種の方々の価値観や使命感に触れることで、プロアスリートとしての存在意義や社会的な存在価値を選手たちに問い続けます。

その一環として、キャリアコーチと選手が継続的に面談をして「ミッション」「ビジョン」「バリュー」の策定をする取り組みが昨年から行われています。

ミッション・・・社会の中での自分の役割
ビジョン・・・ミッションを実現した理想の未来像
バリュー・・・日々のこだわり、行動指針

原体験を振り返り、自らのサッカー選手であるうえのスタンスや価値観、使命感を見つめなおすことでピッチ内外でのパフォーマンス、言動、行動の質の向上につなげていこうという取り組みです。

2024年も選手・スタッフの今季策定した「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を紹介していきます。
2024年第16回は松原修平選手です。

(取材・構成 佐藤拓也)

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Q.MVV作成のための面談はいつ頃から何回ぐらい行いましたか?
「水戸に加入して、1月には担当の方が決まって、月に1回1時間程度の面談を7~8回行いました」

Q.今まで第三者に自分の過去や内面を深く話をすることはありましたか?
「多少はありました。僕は結構キャリアが長いので、引退した選手や違う道に進んだ方に自分のことを話したことはありました。でも、こういった形で第三者的な人に話をするのははじめての経験でした」

Q.話をしてみて、いかがでしたか?
「いい経験にはなったと思います。面談の担当者はサッカー専門の方ではないので、サッカー用語を一般の方でも分かっていただけるような言葉で伝えないと理解してもらえないだろうなと感じたんです。そうやって気にしながら言葉を選んで話をしたところ、だんだんお互いに理解が深まっていったように感じました。サッカー界以外の方にどういう伝え方をすればいいのかということを学びながら話ができたので、面白かったです」

Q.完成したMVVの言葉を見て、どのように感じましたか?
「俺らしいなというか、若い選手のMVVは『これからやってやるぞ』という意欲が込められていると思うのですが、僕の場合は今までやってきたことを振り返ったところ、『やっぱりこうだ』と再確認したというか、それを崩したくないと思ったことを言葉にしました。そういう意味で、俺らしいなと感じました」

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Q.まず、ミッションから聞かせてください。「ホームタウンの看板を背負う役割」。こちらの言葉にはどんな思いが込められていますか?
「今まで7チームに在籍したのですが、基本的に選手は他県から来ている“よそ様”じゃないですか。たとえば、水戸ホーリーホックならば、そういう選手たちが『水戸』を背負って戦うわけで、その選手たちを地域の人が思いっきり『水戸!』と叫んで応援するんですよ。僕たちは地域の代表を背負って全国各地で試合をしているんだということを、長くプレーして分かってきました。僕らは地域の看板でもあるんです。今まで他のチームにいましたが、『水戸』と言えば、ホーリーホックでしたし、本間幸司さんでしたし、『守りが堅い』とか、『青い』とか、そういうイメージを持っている人は少なくないと思うんですよ。地域とクラブはシンクロしてつながっている気がするので、そういったところで一サッカー選手ではありますが、その地域に合わせたプレーや活動をしていかないといけないと思ったので、それがしっかりできるように、この言葉をミッションにしました」

Q.水戸の地域をどのように感じていますか?
「一回認めてもらうと、一気に距離が縮まる感じがします。大きなクラブではないからこそ、サポーターとの距離も近い。アウェイ遠征の時に空港で会ったら話をすることがあります。そんなクラブは他にありませんでしたね(笑)。仲間意識がすごく強い印象があります。このクラブのベースである『ひたむきにプレーする』とか、『やりきる 走りきる 勝ちきる』ことを大事にしている選手は愛されているなと感じています。それが幸司さんであり、ホソさん(細川淳矢CRC)ですし、それを強く訴えている森直樹監督はサポーターから信頼を受けている。そういうところに風土を感じます」

Q.『自分らしさ』と『水戸らしさ』をすり合わせていくことが大事なんでしょうね。
「そうじゃないと、水戸で生き残っていけないし、試合にも出られないと思っています。『自分らしさ』と『水戸らしさ』をリンクさせて、いいバランスでやらないといけない。一人のサッカー選手ではなく。水戸ホーリーホックの選手だということを、年齢を重ねて感じるようになっています」

Q.水戸はホームタウン活動が盛んなクラブだと思います。松原選手も積極的に参加していますが、どのように感じていますか?
「いや、もっとやってもいいと思いますよ。僕が岡山に在籍していた時、練習場がない状態から練習場が出来て、J1参入プレーオフに進出するというクラブの進化を体感しました。当時、週に1回は学校の授業に行ってましたし、コンディション関係なく、クラブがどんどんホームタウン活動のスケジュールを入れていくんですよ。そうやって地域との絆を深めていった実感がありました。今、水戸ではクラブハウスにいろんな企業の方に来ていただいて、一緒に研修を行ったりしていますが、僕らの方からもっと地域に出ていって、多くの方と接することも必要だと思うんです。だから、個人的に今年のオフはいろいろやりたいと思っていますし、それを来年につなげていきたい。もっと地域の方の顔を見たいですね」

Q.水戸に興味がある人とは深い関係を作れていると思いますが、それ以外の方ともっと接することが大切ですね。
「実際、僕が19歳の時にホームタウン活動で当時小学6年生の子と一緒にサッカーをしたことがあったんです。岡山から移籍した後、岡山に行った際、『僕のことを覚えていますか?』と声をかけてきてくれた方がその子で、ゴール裏で応援しているサポーターになっていたんです。そういうことを水戸でもやっていきたいと思っています」

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Q.次はビジョンについて聞かせてください。「サッカーを通じて、水戸をチャレンジしていく街にしていきたい」。こちらの言葉はいかがでしょうか?
「地方都市は茨城県だけでなく、全国的に人口減少傾向にあります。だからこそ、水戸ホーリーホックが中心となってホームタウンを活性化させていきたい。みんなの話題を水戸ホーリーホックに向かせて、ホーリーホックを応援することでいろんなつながりを生み出したい。それでスタジアムが満員になれば、新スタジアム建設の構想も出てくるでしょうし、それによって商店街などが活性化する。広島や長崎でそういった流れが生まれているので、水戸もそういう機運を作っていけたらいいなと思っています。それが今の一つの夢です。可能性は大いにあると思っています。そのためにも結果を出さないといけないですし、ホームタウン活動ももっと行っていかないといけないと思っています」

Q.「チャレンジしていく」ということは自分たちからアクションを起こしていくということでしょうか?
「小さいクラブがJ1に上がって、大きな町のクラブや大きな資本のクラブに立ち向かっていく。その姿を見た人に活力を与えられるような存在になりたい。今でもそうやって思ってくれている人はいると思いますが、さらに多くの人に活力を与えられるようになりたい」

Q.長崎の街の変化の様子を見て、「羨ましい」と思うだけでなく、「自分たちも」と思うことが大事ですね。
「広島も長崎も中心街に近い場所にスタジアムができたわけで、最高ですよね。あと、京都でも亀岡という地域にスタジアムができたんですけど、その周りに多くのお店やホテルができて、一気に地域が活性化したんです。北海道ではエスコンフィールド北海道ができて、人の流れが変わりました。そういう現実を見てきたので、水戸でも可能性はゼロではないと思っています」

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Q.次はバリューについて聞かせてください。一つ目は「言動を注意して、よい印象持ってもらう」。こちらの言葉はいかがでしょうか?
「もちろん、サッカー選手は地域の方やスポンサーさんなどいろんな人と接することが多いんですけど、その時にちゃんと一社会人として接するようにしないといけない。自分がやるのは当然ですけど、周りの選手にもそういうことを意識させる。そうじゃないと、地域の方々からの信頼を得ることはできない。また、他の地域に出ていった時、僕らは『水戸』の看板を背負っているわけですから、僕らの言動でその方々の『水戸』に対するイメージが変わってくるわけですよ。看板に傷をつけるわけにはいかないので、しっかり気を付けていかないといけない。人間として当たり前のことをしっかりやる。それを最低限のことにしていかないといけないと思っています」

Q.悪い話はすぐに広がりますしね。
「1のことが10や100になって、広がりますから。だからこそ、気を付けないといけないと思います」

Q.2つ目が「常にポジティブ、前向きな言動をする」。
「インタビューを受ける時とか、ファンやサポーターの方と接する時、スポンサーの方と接する時にはなるべく明るく接しやすい雰囲気を作ることが大事だと思っています。こうやって見られる仕事をしている限り、すべては印象だと思うんですよ。誰に対しても、当たり前の対応をすることが大切だと思っています。この仕事は応援してもらえなかったら、終わりなので、普段の言動からしっかり意識するようにしています」

Q.ポジティブにいられない時、前向きになるために意識することはありますか?
「結構、表情に出てしまうタイプなんです。だから、無理してでも笑おう、無理してでも明るい表情をしようと意識していると、勝手にポジティブになっていく。今年、何回かスタメンから外された時、ベンチに座っている自分の表情自体は暗かったかもしれませんが、そこで自分のできることをしっかりやろうとか、チームのためになることをやり続けることによって、自然とポジティブなマインドになっていたし、チーム全体も明るくなっていったんです。暗い気持ちは妻に聞いてもらって、消化しています(笑)。なるべく、クラブハウスとピッチには持ち込まないようにしています」

Q.3つ目は「ベースとして、努力と根性」。こちらはいかがでしょうか?
「これがないと、何に対しても頑張れない。努力をしているところを見せる必要はないですけど、努力していない人は周りから見たら分かるんですよ。逆に『アイツは努力しているから結果を出せているんだ』ということも分かる。自分のベースとして、常に努力し続けるということを周りに感じ取ってもらうことによって、ミッションのことが実現できると思いますし、『松原があれぐらい努力しているから試合に出ることができるんだ』と周りの選手に刺激を与えられるようになれればいいなと思っています。そして、努力するためには根性が必要なんです。数年間努力することは難しくはありません。10年、20年努力し続けることが難しい。僕もプロに入って、最初の6年は努力しているつもりでしたけど、今振り返ると、まだまだ甘かったと思います。戦力外通告を受けてから、『もっと頑張ろう』と思えたんです。そして、努力をし続けるためには根性が必要で、根性がない人はサッカー選手になれないし、人生も成功しないじゃないかなと思うんです。今まで成功している人で、この2つが備わっていない人を見たことがないんですよ。2つが揃っているからこそ、成功がある。ここだけは絶対に自分の中でなくしたくない。サッカー選手でなくなっても、大事にしていきたいと思っています」

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Q.そのままスローガンについて聞かせてください。「努力と根性」。今までこの2つが備わっている選手で影響を受けた選手はいますか?
「たくさんいますよ。もちろん、水戸では幸司さんですよね。そして、札幌では菅野孝憲さんもすごかった。日々の生活からすごく摂生していますし、その中で葛藤している様子も見てきました。だから、40歳になってもJ1でプレーできるんだと思います。あとは秋元陽太(元湘南)さんも素晴らしかった。最終的に秋元さんの存在がいるから、J1に残留し続けることができていたと思っています。あとは京都の太田岳志君もずっとコツコツ努力し続けているから、急に試合に出た時に活躍できるんです。水戸に来た富居大樹君もそうですね。名前を挙げた選手たちはみんな、2つが備わっている。だから、すごく刺激を受けてきました」

Q.本間選手も菅野選手も何歳になってもギラギラしていますよね。
「2人ともいまだにギラギラしている。菅野さんはオフ明けのトレーニングでふわっとした雰囲気になりそうな時に、気合いを入れた表情でグラウンドに入ってくるんですよ。しかも、みんながクラブハウスに着く頃にすでにトレーニングを終えてひと汗かいている状態になっている。40歳まで一線でやるためにはこのぐらいやらないといけないんだなと感じましたし、幸司さんもメンバーを外されたり、失点したりした後は近寄れない雰囲気があるんですよ。そういう気持ちはすごく大事。僕も自分らしさを大切にしながらも、いいところは見習って行きたいと思っています」

Q.今までの取り組みが今年のプレーにつながっているのでは?
「今まで7つのクラブでプレーして、いろんなことが見えてきた中で『あのGKだったら、この時どうするだろう?』といったことを試合中や試合前に考えることがありますし、1対0になった後、『あのGKなら、この後の5分間は集中して守れる』とかを考えながらプレーすることもあるんです。イメージ通りに行く試合もあれば、行かない試合もありますけど、継続して試合に出させてもらうことで、成果が出始めてきたかなと実感しているところはあります。出場機会があれば、自分は絶対にできるという自信はあったので、あとは試合数をこなしながら、右肩上がりに成長しているところもあると思います。今は32歳ながらも、年上のGKが2人もいるので、日々いろんなことを学びながら、さらに成長していることを実感しています。すごく充実したシーズンを過ごすことができています」

Q.『努力と根性』は若い選手に伝えたい思いもあるのでは?
「クラブハウスには一番早く来るようにしているんですけど、(牛澤)健や(櫻井)辰徳は早く来てトレーニングしている。(長井)一真も早く来てケアをしている。別に強制はしませんけど、今まで見てきたベテランのけがの少ない選手は見えないところでしっかり取り組んでいました。試合に出ている選手がやっているんだから、俺もやろうと思いましたし、その人より早く来て準備をしなきゃと思って、今のルーティンになったんです。ただ、札幌時代、菅野さんが来るのが早すぎて、さすがに先にクラブハウスに着くことはできませんでした。10時練習開始なのに、7時半にはトレーニングを終えて汗だくになっていましたから。菅野さんは例外ですけど、僕も練習の2時間から2時間半前には着いて、準備をしています。若い選手に強制はしないけど、そういうやり方もあるよということは伝えたいですね。でも、水戸は全体的にクラブハウスに来るのが早いとは思います。いい風土が出来上がっているんだなと感じました」

Q.先ほど「充実したシーズンを過ごすことができている」とお話されましたが、今後に向けて新たな自信をつかんだシーズンになったのでは?
「今までJ2でそんなにキャリアはなかったんですけど、相手がどこだろうと、J1に昇格するようなクラブと対戦しても、自分の強みを出すことができれば、勝つことができるという手ごたえをつかむことができました。リーグ序盤からもっと安定したパフォーマンスを見せることができればよかったのですが、チームと同様に右肩上がりにパフォーマンスが良くなっていったところがありました。この感じで来季一回り大きくなった姿を見せて、シーズン通して安定したパフォーマンスを見せられるようにしたい。幸司さんが引退するということで、幸司さんの意志を継いでいきたいという思いもあります。僕が水戸にタイミングで幸司さんが引退するということは、『そういうことか』と勝手に感じているところがあります。おこがましくて、『あとは任せてください』とは言えませんけど、自分の中でその気持ちが少しはあるので、しっかりやっていきたいと思っています。幸司さんはそれを20年以上やってきたんだから、レジェンドですよ。まだまだ僕なんかはひよっこです。少しでも追いつけるようなGKになりたいと思っています。そのためにここから積み上げていきたいと思っています」

Q.GKは30代になってからも成長できますからね。
「GKというポジションがさらに楽しくなってきました。幸司さんからは『楽しくなるのは35歳から』と言われています(笑)。そうやって進化していって、このクラブをJ1に上げるのが僕の目標です」
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著者プロフィール

Jリーグ所属の水戸ホーリーホックの公式アカウントです。 1994年にサッカークラブFC水戸として発足。1997年にプリマハムFC土浦と合併し、チーム名を水戸ホーリーホックと改称。2000年にJリーグ入会を果たした。ホーリーホックとは、英語で「葵」を意味。徳川御三家の一つである水戸藩の家紋(葵)から引用したもので、誰からも愛され親しまれ、そして強固な意志を持ったチームになることを目標にしている。

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