“SHOW THE TRICOLORE” 誕生秘話
【横浜F・マリノス】
「SHOW THE TRICOLORE トリコロールを魅せつけろ」というメッセージ性の強い合言葉と共に、都内の主要駅にも進出した異例の広告はどのようにして生まれたのだろうか。
制作が始まったのは4月中旬のこと。C大阪戦のプロモーションを担当していたマーケティング&コミュニケーション部の川又聖也は、クラブとして16年ぶりとなる国立競技場でのホームゲームをどのように盛り上げていくべきか悩んでいた。
そこで長年F・マリノスのプロモーションに関わってきた株式会社大広の「マリノスチーム」に相談を持ちかけ、議論を進めていった。
「最初は対戦相手に関係なく、『F・マリノスにとって国立競技場で試合をすることにどんな意味があるんだろう?』ということを考えました。“我が家”である日産スタジアムを離れるとはいっても横浜から東京は近いので、関西や九州のクラブが国立競技場でホームゲームを開催するのとは意味が違うのではないか、と」
そう話すのは2008年から大広の「マリノスチーム」の一員として数多くのクリエイティブ制作に関わってきた染野智氏だ。
「国立競技場での試合は、その週に最も注目を浴びる試合になることが多いですよね。ならば、日常的にサッカーを見る人にとっても、そうでない人にとってもF・マリノスのサッカーを『魅せつけよう』というコンセプトに行きつきました」
約2週間じっくり議論を重ねて、「SHOW THE TRICOLORE」という合言葉も生まれた。試合のコンセプトを象徴し、プロモーションの柱ともなるフレーズはどのように導き出されたのだろうか。染野氏と同じく2008年から「マリノスチーム」を引っ張ってきたコピーライターの田村英樹氏は、「選手だけではなくスタッフもファン・サポーターも、みんなが主役となって『見せつけるんだ』と意気込むような試合になると、国立競技場でホームゲームをやる意味がより強くなるんじゃないかと思った」と語り、「SHOW THE TRICOLORE」に込めた想いについて明かしてくれた。
「8月の開催ということもあり、最初は『真夏の夜の劇場』みたいな漠然としたイメージを持っていて、『TRICOLORE SHOW』という言葉が出てきたんです。でも、それだとファン・サポーターは『見る側』でしかなくなってしまい、ピッチ上でパフォーマンスを披露する選手たちとの距離感が生まれる印象がありました。
選手たちも度々『日本一』と言ってくれているように、F・マリノスのファン・サポーターが作り出す雰囲気や風景は本当に美しいですし、熱い声援もアタッキングフットボールの一部だと思っています。ならば、ファン・サポーターも選手たちと同じ視点に立ち、マリノスファミリーの一体感を『サッカーの聖地・国立』から全国に見せつける、横浜F・マリノスの魅力が凝縮した試合にしたかった。そこで『TRICOLORE SHOW』を反転させて『SHOW THE TRICOROLE』にし、選手もファン・サポーターも主体性を持って『魅せつける』という意味合いを強調しました」
【横浜F・マリノス】
絵画制作を依頼された小木曽誠氏は、昨シーズン終盤のリーグ優勝争いを盛り上げた「#リアタイ新聞」でもF・マリノスの選手たちを描いた経験を持つ。当時は横浜駅でライブペインティングを行い、約6時間で1枚の絵画を完成させていたが、今回はのべ30時間をかけて渾身の1枚を描き切った。
「依頼が来た時は、素直にうれしかったです。また横浜F・マリノスにお声がけいただいたことを意気に感じると共に、前回よりも良い仕事をしようと考えました」
そう喜びを語った小木曽氏は、絵画を通して『SHOW THE TRICOROLE』というコンセプトをどのように表現しようとしたのか。写実絵画の第一人者としても知られる小木曽氏は「難しい仕事でしたが、私にとっては『困難=楽しい』なので、頭をフル回転させました。今のベストを尽くすにはもってこいの1枚だったと思います」と制作過程を振り返る。
「元となったイメージを見た時の最初の印象は『かっこいい!』でした。ただ、これまで何千枚と絵を描いてきた私にとっても『完全に人の図柄』はおそらく初めてだったので、いかに写真を『写真よりも絵画として』かっこよく描くかをかなり考えました。
絵の中では小さくなってしまうマリノス君や選手たちを描くにあたって、写実的な描画と絵具の物質感をいかに両立するかが最大の課題でした。そこで今回は横浜駅でのライブペイントでは時間的にできなかった『絵の具の構造』を生かした伝統的な絵画技法に特化して、ルネサンスから繋がる西洋絵画技法によって物質感をキャンバスに落とし込めないかと考えました。
そのうえで新しい何かが生み出されていく雰囲気を、逆光によって表現しました。マリノス君を『かわいく』でなく『かっこよく』。さらに選手たちやファン・サポーターなどの一体感を『旗から漏れ出す逆光の光』に象徴させて描いています」
【横浜F・マリノス】
もともとマリノスサポーターだったという「マリノスチーム」の一員、野村亮太氏は「僕自身がいちサポーターとして国立競技場での試合に行くと、ショーを見ているような試合になることが多かった。そういう場面で、他のファン・サポーターや、友達と一緒に初めて生観戦に訪れた方々がどんなことに興味を持って、何を話しているんだろう……というのを想像しながら今回の施策を進めてきました」と語る。
そうやって思考を巡らせた先にたどり着いた答えもある。野村氏は続ける。
「国立競技場はホームかアウェイかに関係なく、フラットに戦える状況を作ってくれる特別なスタジアムだと感じています。だからこそ、そこに行けばどんな状況だろうとテンションは高まり、自然と気合いの入るエキサイティングな試合になることが多いんじゃないか……と。今回のC大阪戦はF・マリノスのホームゲームなので、合言葉の通りにみんなで乗り込んで、『アタッキングフットボールってこれだよね』というのを魅せつける試合になってほしいと思っています」
大広の「マリノスチーム」の面々は、すべからく野村氏と同じ想いでC大阪戦に向けて気持ちを高めている。「僕の体にもトリコロールの血が流れていますから」と笑う田村氏は言う。
「マリノス君を先頭にすることによって、まだF・マリノスのことを知らない人にとってもキャッチーに目に飛び込むビジュアルになったと思います。F・マリノスのことはよく知らないけど、すぐ近くでこんな『SHOW』が行われるんだ!というのが直感的に伝わると、国立競技場に足を運んでくれるきっかけになるんじゃないかと。
クラブにとっては数々の歴史を作ってきた場所ですし、マリノスファミリーの皆さんには自宅からユニフォームを着て電車に乗り、トリコロールを魅せつけながら国立競技場に来てもらえたらと思います。僕もそうしますよ!」
田村氏とともに長くF・マリノスに関わってきた染野氏も「僕は本当にF・マリノスが好きだし、ファン・サポーターの皆さんが作るゴール裏は本当に日本一美しいと思っています。そうした美しさや華やかさはトリコロールの3色から生まれています。初めてスタジアムに足を運んだ方々にもトリコロールに染まったスタンドを見てもらえれば、絶対に『きれいだな』と思ってもらえるはずです」と述べる。
「まだ旧国立競技場だった頃、駅から歩いている間に榎本哲也のチャントなんかが聴こえると、すごく気合いが入ったのを覚えています。今も同じように、国立競技場で試合をする時のF・マリノスのファン・サポーターには『トリコロールを魅せつけよう』という空気があると思うんです。アウェイに乗り込んで胸を張りたくなるように、『俺たちが横濱』だと。
今回の様々な施策は横浜F・マリノスに対しての親しみや共感を上げることも意識していますが、マリノスファミリーにとってもクラブに対しての誇りを胸に抱きながら国立競技場に向かっていくきっかけになればうれしいです」
【横浜F・マリノス】
「1993年に国立競技場で行われたJリーグの開幕戦、当時高校生だった私も興奮しながらテレビ越しに見ていました。松永成立選手、井原正巳選手、水沼貴史選手、ディアス選手……彼らの躍動ぶりは今でも鮮明に覚えています。
今回の私の作品を通して、マリノスファミリーの皆さんには31年前以上の盛り上がりを作っていただければうれしいです。そして、ゆくゆくはF・マリノスが昨年果たせなかったリーグ優勝の瞬間を描きたいですね。シャーレを掲げて紙吹雪が舞い、たくさんの人が喜び、涙し、感動を共有するあの一瞬を描いたことのあるプロの画家はいないと思いますから」
小木曽氏が描いたビジュアルが一般公開された後、SNS上ではたくさんのポジティブな反応を目にした。中には『民衆を導く自由の女神』がモチーフになっていることを的中させた投稿も……その推理力には恐れ入るが、それこそ制作者たちが込めたメッセージがまっすぐに伝わっている証拠だろう。
真夏の夕焼けを背景にマリノス君や選手たち、ファン・サポーターが国立競技場へと行進する様子を描いた絵画と「SHOW THE TRICOLORE トリコロールを魅せつけろ」という合言葉は、渋谷駅、新宿駅、横浜駅を行脚して8月18日まで展示される予定だ。8月24日のC大阪戦に向けて、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。
Text by:舩木渉(Wataru Funaki)
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