【ONE TAP SPORTS活用法 第3弾(後編)】 中学生に筋力トレーニングでどこまで負荷をかけるか?発達曲線で設ける「一つのライン」
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湘南平塚北リトルシニアの練習では、明らかに他のチームと異なる光景がある。守備練習にトレーナーたちが入り、選手に混ざってノックを受けているのだ。
フリー打撃ではトレーナーたちがケージの裏側でデータを採取し、動作解析も担当する。
「トレーナーが最初に来るときは、『トレーニングやコンディションだけを見ていればいい』と思いがちです。だからこそ、うちでは練習にも入ってもらいます」
伊藤翔大監督はチーム全体をマネジメントする視点から、トレーナーに期待する役割を説明する。
「アメリカではAT(アスレティックトレーナー)やS&C(ストレングス&コンディショニング)など役割分担が細かくされていますが、日本のアマチュアでは『トレーナー』が全部見ます。
うちには学生トレーナーも多くいますが、卒業したときにどうやったら需要が出るのか。今は打ち方や投げ方もトレーナーが教える時代です。トレーニングとコンディショニングの他にも教えられるようになると、独立したときに需要がかなり出る。彼らに世の中で価値のあるトレーナーになってもらうことが僕の仕事だと思っています」
湘南平塚北リトルシニアは2015年、指導者育成も目的の一つとして発足した。近隣の東海大学と連携し、現在も学生トレーナーが派遣されている。そうして中学生に充実した育成環境を整える一方、トレーナーたちも貴重な実践経験を重ねている。
現在、横浜DeNAベイスターズベースボールアカデミーでアスレティックトレーナーとして働きながら、湘南平塚北リトルシニアでコンディショニングコーチを務める太田伸樹はその一人だ。
伊藤監督(写真左)と太田コーチ 【©BFJ】
身長予測機能で線引きへ
「特に大きいのが身長予測機能です。筋力トレーニングでどこまで負荷をかけるか。以前は僕たちの主観で判断していたので、正直迷いもありました。
でも今はワンタップの身長予測機能で一つのラインができたので、負荷をかける上で大きく踏み外すこともなく、逆に引きすぎることもない。選手個々の成長に合わせて管理できるシステムがとても大きいです」
ワンタップスポーツの身長予測機能は前回の連載でも紹介したように、PHV(Peak Height Velocity=最大成長速度)の時期などを予測する機能だ。
湘南平塚北リトルシニアでは練習日にトレーニングを1時間半から2時間行っているが、ワンタップスポーツの導入以前は負荷設定を学年別に分けていた。例えば、「1年生はこれくらい、2年生は少し増やし、3年生は回数を1年生の倍にする」という具合だ。
だが中学生の成長は個別に異なり、同学年でも早熟型と晩熟型が混在する。そこで湘南平塚北リトルシニアでは「見た目」を加えて判断するようにした。「体が大きくて、出力も高い」や「髭が生えてきて大人の体に近づいている」などだ。
それがワンタップスポーツを導入して以降、太田コーチも言うように「一つのライン」ができた。
そこで学年で区切るのではなく、各自の成長度合いに応じてトレーニングの中身や構成を変えるようにした。
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指導者も成長させるために
ピークをすぎた中学生は、20kgのシャフトを担いでスクワットをする。対して発達曲線のピークを迎えていない中学生は、自重でスクワットを行う。数年後に体ができてきてウエイトトレーニングを本格的に始める頃に備え、動きの形や土台をつくっておくためだ。
「それが今年になり、1年生はもっとライトにしてもいいのではとなりました」
伊藤監督が言うように、今年から1年生は自重でスクワットをするのではなく、アニマルフローを行うようにした。文字どおり、動物の動きを取り入れたエクササイズをすることで、身体能力を活性化させようという狙いだ。
きっかけは、筋力トレーニングの成果を計測したことだった。発達曲線のピークをすぎた選手たちと、まだピークを迎えていない選手たちに同じメニューを行わせて計測すると、前者は一定の成果が見られたのに対し、後者はそれほど伸びていなかった。
「それなら、今年はやり方を変えようと指導者たちで話し合いました。中学新1年生は神経系の発達の時期なので、アニマルフローでいろんな動きをしたり、打ち方や投げ方を覚えさせたりすることに時間を割いたほうがいいのではと。
全部自分たちでデータを測定し、仮説を立てて、『今年はこれを検証してみよう』とやっています」(伊藤監督)
毎年秋、湘南平塚北リトルシニアでは練習をオフにし、指導者たちでミーティングをひたすら行う日を設けている。シーズンオフに向け、どんな点に力を入れていくのか話し合うためだ。伊藤監督が説明する。
「みんなで試行錯誤したり議論したりすることで、コーチたちの成長にもつながっていきます。中学野球の勝ちパターンがいくつか見つかれば、それがやがてスタンダードになっていく。
僕は中学野球の“正解”を早く見つけたいと思っていて、コーチたちが一緒にやってくれる。子どもたちも一緒にやってくれて、親御さんもすごく理解を持ってくださっている。今は三位一体のチームづくりができていると思います」
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中学野球のスタンダードづくり
野球を通じて学んだことを、いかに自分の将来につなげていくか。その意味で昨年から新たな取り組みを始めた。ゴールデンウイークに神宮球場へ東京六大学野球、夏休みに東京ドームへ都市対抗野球の観戦に連れていくことだ。
「大学はどこに行きたいの?」、「この先の将来、どう描いているの?」
伊藤監督が中学生に尋ねると、キョトンとした顔をする選手たちが多くいる。卒業以降の「野球」と聞いても、イメージするのは高校野球やプロ野球くらいだ。
「プロ野球と高校野球しか見ていないから、大学野球や社会人野球という世界があることを知らないだけだと思います。神宮球場で東京六大学の試合を見たら、『こういう世界があるのか。勉強を頑張ろう』とモチベーションにつながるかもしれない。
指導者は子どもたちの世界を広げてあげるべきです。その上で、彼ら自身に『自分がどうしたいか』を選んでほしい」
中学生がアスリートとして自立し、自身の未来を豊かにしていく。彼らの人生は、チームや指導者のためにあるわけではない。
どうすれば、子どもたちがより高く羽ばたいていけるか。伊藤監督は周囲の力も借りながら、常にその点を突き詰めている。
「僕らが子どもたちを育成するなんて、おこがましい話です。サッカー日本代表の岡田武史元監督が『特に育成年代の指導者は、子供たちの成長をいかに邪魔しないか』とおっしゃっていて、本当にその通りだと思いました。もちろん、ダメなことはダメと言います。
その一方、子どもたちの成長を絶対に邪魔しない。僕ら指導者が一番やるべき仕事は環境整備です。グラウンド然り、ワンタップスポーツ然り。そうして成長できる環境をまずは整えていきたい」
選手と指導者が対等に付き合い、同じ場所からともに育っていく。保護者の力を借り、テクノロジーもうまく活用しながら、湘南平塚北リトルシニアは新たな「中学野球のスタンダードづくり」を目指している。
(おわり)
文・中島大輔
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