【BCC/野球指導者講習会レポート パネルディスカッション③】 「世界で勝つこと、世界で通用する選手を育てること」の実現に向けて提案された練習方法とエネルギー摂取
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年に一度行われる本講習会では、実技講習や講義に加えて指導現場に携わる方々を招いたパネルディスカッションが行われた。
テーマは「世界で勝つこと、世界で通用する選手を育てること」。
3部構成の最後は、伊藤博一氏(帝京平成大学 人文社会学部 経営学科 トレーナー・スポーツ経営コース 教授)と廣松千愛氏(全日本野球協会 医科学部会員)が登壇。
ここでは、練習方法・栄養面について展開された。
(文:白石怜平)
全3回の第3回。
外遊びから生まれた新たな投球練習法とは
投球・捕球動作に関する学術論文を数多く発表し、日本臨床スポーツ医学会にて学会賞を2度受賞した実績を持つ。
伊藤氏からは「野球の基本練習を再考する〜真下投げ・バックハンド捕球のすすめ〜」という題で進められた。
(帝京平成大学の伊藤博一教授) 【©BFJ】
伊藤氏が投影したのは文科省が昭和39年度から実施している抽出調査「体力・運動能力調査」のデータ。11歳におけるソフトボール投げの記録が高い水準だった昭和60年度と比較して、令和4年度では男女ともに25%以上も記録が低下していることを示した。
なぜ、数値が下がってしまったのか。それは家庭用テレビゲームの普及や外遊びをする機会の減少といった時代の移り変わりにより、「投げ方」を習得する機会が減ってしまったことを挙げた。
ただ、伊藤氏は「焦る必要は全くありません」とし、かつて屋外で行っていた「投げ」を含んだ遊びを思い出すよう呼びかけた。
以下の図を用いながら「これらの外遊びは地面(重力方向)に向かって物やヒトを投げるという共通点があります」と例を挙げた。
(講演で挙がった外遊びの事例) 【©BFJ】
「地面(重力方向)に向かって投げる真下投げでは、踏み込み足への大きな荷重、体幹部の前傾を含む大きく素早い回旋運動、肩甲骨の向いている方向へ肘の曲げ伸ばしを使ってボールを投げるなど、理想的な投球動作を容易に体現することができます」
(真下投げについての解説) 【©BFJ】
命を守る捕球技術の提案
その大切さを説く前にまず伊藤氏は、「心臓しんとう」の怖さについて解説した。
心臓しんとうとは、胸部に衝撃が加わることで致死的不整脈である心室細動が誘発され、最終的に心臓が止まってしまうことである。
スポーツ中の子どもたちに多発していて、特に胸部への衝撃手段としては野球やソフトのボールが半数以上を占めていることが示された。
(スポーツにおける心臓しんとう発症の例) 【©BFJ】
野球では胸でボールを止めることが心臓しんとうの直接的な原因となっていると語る伊藤氏。
予防するために各メーカーでは胸部プロテクターを販売しているが、全く普及していないのが現実である。
伊藤氏はそれならば捕り方を考えるべきだという考えから、打球の軌道に対して胸部を正対させないように「逆シングル」で捕球することを関係学会や指導者講習会などにおいて提案してきた。
しかし、長らく日本の野球では「打球の正面に入って両手で捕球する」という指導が根強くあることもあり、逆シングルは積極的に指導されていない。
そこで伊藤氏は、早い時期から逆シングルの捕球を浸透させるため、テニスやバドミントン、卓球などと同じく「バックハンド」という表現を用い、学童期から積極的に推進していくことをこの場で提案した。
(逆シングル=バックハンドでの捕球を早期に行うよう提案した) 【©BFJ】
正面の打球と利き手側への打球を、それぞれフォアハンドとバックハンドで捕りにいかせた。
どちらの打球もバックハンドで捕りにいった場合には、捕球パフォーマンスと安全性が共に高く、選手たちの感覚も良好である。※下図参照
(フォアハンド・バックハンドでの捕球テスト結果) 【©BFJ】
「ラケットスポーツと同じく、フォアハンドとバックハンドの両方を優劣のない基本動作と位置づけ、両方とも学童期から積極的に教えていくことを提案します。状況に応じてフォアハンドとバックハンドを使い分けることを子どもたちに教えていきましょう」
と結論づけた。
成長期に必要なエネルギーの確保
廣松氏は現在、トップアスリートのパーソナルサポートを行うほか、日本代表チームや陸上競技実業団チームの合宿帯同、ジュニア選手への食育などを行っている。
(栄養の観点で講演を行った廣松氏) 【©BFJ】
ただ、あくまでこのデータは成長が完了した年代におけるものであるため、
「将来的に世界で勝つ選手を育てるには、除脂肪体重を増やせたり、身長もその選手が伸ばせるところまで伸ばせれば、以降のパフォーマンスへとつながります」とテーマに沿って補足した。
(体格とパフォーマンスの関係) 【©BFJ】
「成長期ですと、成人と比べてエネルギーが多く必要になります。なぜかと言うと、運動していることに加えて”成長する”ことにもエネルギーが必要になるからです」
(成長期はよりエネルギーが必要になる) 【©BFJ】
そのため、伸びるべき身長や増えるべき体重が止まることにつながってしまうと廣松氏は説いた。
また近年、スポーツ医療の分野では「利用可能エネルギー(Energy availability:EA)」という考え方が使われている。摂取エネルギー量から運動で消費されるエネルギー=基礎代謝や日常で使われるエネルギー量のことである。
EAが不足すると、健康状態に悪影響が及ぶとされている。※下図参照
(利用可能エネルギー不足による影響) 【©BFJ】
「過剰にエネルギーを消費させないことが大事だと思います。後はエネルギー摂取量の確保。1食の食事量だけではなく、補食を準備して数回に分ける。あとはただ食べるだけではなく、タイミングや回数など準備をする点までチェックしてあげるのが理想です」
(エネルギーの確保に必要なこと) 【©BFJ】
パネリストから視聴者へのメッセージ
(今回のパネリスト6名) 【©BFJ】
「医療従事者は野球を止めるための組織ではなく、野球を楽しく続けるための味方だというのを伝えたいです」(中澤氏)
「選手は野球をプレーし学び続けているので、指導者も学び続けなければいけないです。常にアップデートできるように私も含めて今後取り組んで行けたらと思います」(吉見氏)
「指導者自らも勉強し我々も勉強を重ね、野球が大好きな子どもたちを増やしたいです。今日視聴されている皆さんと一緒に頑張っていきたいと思っています」(今山氏)
「子どもの体力が著しく落ちていますので、昔と今の基本練習が同じでいいはずはないと思います。今一度、すべての練習において見直しをしていただけたら嬉しいです」(伊藤氏)
「食事は本来楽しみなものであるべきです。苦しいというイメージをさせないように、自主的に体を大きくしようであったり、食べようと思ってもらえるような指導をしていただけると嬉しいなと思います」(廣松氏)
今年度の野球指導者講習会はこれで全プログラムを終了。野球のアップデートに向けて、また新たな一年が始まった。
(おわり)
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