【BCC/野球指導者講習会レポート】 人はなぜ怒るのか。「アンガーマネジメント」を実践し、グッドコーチになるための心理トレーニング

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 全日本野球協会が主催する2023年度の野球指導者講習会が2024年1月20・21日、オンラインで実施された。今回はその中から桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学研究科教授で全日本軟式野球連盟指導者育成委員の渋倉崇行氏による「アンガーマネジメント」のダイジェスト版をお届けする。

「体罰」はなぜいけないのか?

渋倉氏は今回の講義を以下の2パートで構成すると話した。

(1)怒りに巻き込まれないためのアンガーマネジメント
(2)目指せグッドコーチ!

 最初はアンガーマネジメントについてで、「怒りはあなた自身が作り出している!?」という問いかけがなされた。

 学校の教師やスポーツのコーチが怒った末、最悪な行動の一つが「体罰」だ。

 では、その定義は何だろうか。説明する上で渋倉氏は学校教育法第11条を参照した。

「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」

 つまり、違反行為があった場合の懲戒行為としての暴力が「体罰」となる。

 では、どんな場面で体罰が用いられやすいか。スポーツの場合、プレーにミスが生じたときに行われる場合がある。

 だが、プレーにおける失敗は「違反行為」ではない。それなのに指導者が選手の失敗を咎めて暴力を振るったら、体罰ではなく単なる暴力の行使になる。

 すなわち、体罰自体が禁止事項であり、「スポーツ指導に暴力が入り込む余地はない」と渋倉氏は指摘した。

丸刈り」を強制する危険性

 指導者としての倫理に反する行為や言動として、渋倉氏は以下を挙げた。

(1)殴る、蹴る、物を投げつけるなどの「身体的暴力」
(2)無視や選手の人格や尊厳を否定するような発言を行う「精神的暴力」
(3)権力乱用による相手の望まない性行為である「性暴力」
(4)相手が不快や不安を感じる性的な言動である「セクシャルハラスメント」

 また、以下が「その他」として挙げられたものだ。

・罰として正座をさせる
・不適切な負荷を設定したトレーニングを課す
・脱衣、断髪の強要など個人の尊厳を傷つける行為を行う

 野球では伝統的に髪型を丸刈りでそろえるチームも少なくないが、その是非はどんな基準で行っているかでも変わってくる。渋倉氏が説明する。

「もしコーチが丸刈りを選手に強要しているようであれば、ハラスメントと言わざるを得ません。また入部の条件として丸刈りを求めることは、場合によっては選手から野球を行う権利を奪うという危険性を伴うこともあると認識したいと思います」

怒った後、後悔しましたか?

 暴力をふるう指導者は4タイプに分けられる。

(1)確信犯型
→暴力は誤りだとは思わず、有益で必要だと言じている

(2)指導方法わからず型
→暴力は禁止されていると知っているが、それ以外の指導方法を知らない

(3)感情爆発型
→暴力は禁止されていると知っているが、感情のコントロールを失って暴力をふるう

(4)暴力行為好き型
→自分のストレス解消のため、暴力をふるいそれを楽しむ

 この4タイプの中で、アンガーマネジメントが効果的なのは(3)の感情爆発型だという。

 では、アンガーマネジメントとはそもそもどういう意味だろうか。「怒り」という意味の「アンガー」に対し、「マネジメント」にこんな“基準”を踏まえて考えてみよう。

「マネジメントという言葉ですが、今回はアンガーマネジメントがうまくいったかどうかの基準を求める用語を設けたいと思います。怒りを表現したときに、後悔したのか、しなかったのかに基準を設けます」(渋倉氏)

 ある事象に対して怒りを表現し、後悔しなかった場合には「怒りをうまく表現できた」となる。

 ところが怒りを表現した後、「なんでこんなことを言ってしまったのだろうか」と後悔した場合、その怒りは正しい表現ではなかったと言える。

 本講座を通じてアンガーマネジメントの理解を深めていけば、後者のケースで有効に働くと渋倉氏は解説した。

「怒り」をうまく表現する

 アンガーマネジメントとは、怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニングだ。

 その目的は「怒りを持たなくなること」ではなく、「怒りを感じても上手に表現できるようになる」こと。言い換えると、「怒りに巻き込まれずに指導することができるようになること」、あるいは「やがては必要のないことに対して怒らなくてすむようになること」となる。

「怒りに巻き込まれて『何をやっているんだ。お前なんて帰れ!』となると、それは暴言になってしまいます。怒りに巻き込まれずに冷静に言葉を選び、指導ができるようになることを目指したいと思います」(渋倉氏)

 問題となる怒りには、以下の4つのタイプがある(タイプ:特徴)。

(1)強度が高い:些細なことでも激高する
(2)持続性がある:いつまでも根に持つ
(3)頻度が高い:しょっちゅうカチンとくる
(4)攻撃性がある:他人、自分、モノにあたる

 渋倉氏は以上の説明をした上で、「怒りを自己診断してみよう」と投げかけた。

【©BFJ】

 講義の冒頭で「怒りはあなた自身が作り出している!?」という問いかけがあったが、渋倉氏は「怒りという感情が最初からあるわけではない」と話した。

 例えばグラスに水を注ぎ続けると、いつかあふれ出す。

「このような現象が、怒り感情が表出する状態ととても似ていると言われます」

「注がれる水=ネガティブな感情」だ。辛い、悲しい、不安という気持ちが膨らんでいくと、「グラス=心の器」からあふれ、「怒り」という感情が生まれる。

 グラスが小さいと怒りっぽいとなるが、トレーニングによってグラスを大きくできると渋倉氏は話した。

「怒り」が生まれるステップ

 では、あなたを怒らせるものの正体はなんだろうか。人か、出来事か、物か。それらはすべて“きっかけ”でしかないという。

 あなたを怒らせるものの正体は、「あなた自身の中にある」からだ。

 怒りが生まれるステップは「出来事に出合う→意味づけを行う→感情が生まれる」の3つに分けられる。

【©BFJ】

「この意味づけの結果により、感情が生まれるのか、そうではないのかと左右されます。同じような出来事に遭遇したとしても、怒る人もいれば、怒らない人もいますよね。それは意味づけに違いがあると考えられます」

 怒りの感情表出のカギとなるのが、「意味づけ」だ。その判断材料には、「べき」という考え方がある。

「⚪︎⚪︎はこうあるべきである」「誰々はそうすべきではない」「こういったべきを私たちはよく持っています」といったものだ。

 人が怒る理由は“ここ”にある。言葉を変えると、人の「理想」は「⚪︎⚪︎はこうあるべきである」となるからだ。
 例を挙げると、「練習の成果は試合で発揮されるべきである」「上級生は下級生の見本であるべきだ」とよく言われる。多くの人がそう考えるなか、これらはあくまで「理想」であると捉えたほうがいい。渋倉氏が続ける。

「現実は私たちの理想どおりに事が運ぶわけではありません。この現実と理想のギャップに私たちはイラッとするわけです」

 渋倉氏は、『「べき」にはあなたの期待や価値観が反映されている』と言う。

「あなたが『べき』を持っているのと同じように、他の方も『べき』を持っています。ただし『べき』は一人ひとり違って、同じとは限りません」

 例えば、選手の遅刻は何分まで許せるだろうか。10分以内なら許せる人もいれば、5分までなら仕方ないと考える人もいるだろう。あるいは、1分たりとも許容できない人もいるかもしれない。

「自分自身が持っている『べき』を相手に高い基準で押し付けようとすると、そこにはズレが生じます。そこにイラッとくる原因があります」(渋倉氏)

 人間関係を築く上では、お互いの「べき」を尊重することが重要になると渋倉氏は続ける。

「私たちが持っている『べき』を柔軟に考え直しましょう。さらにスポーツ指導においては、成長の成長支援という観点からも『べき』を合理的に考え直したい」

思考をコントロールしよう

 次のテーマは「思考のコントロールをしよう(怒りの「境界線」を広げよう)。

 例えば、怒りに巻き込まれたコーチが選手に対し、「お前、何をやってるんだ、昨日と同じミスをして。お前みたいな選手は必要ねえよ。帰れ!」と負の感情を表すと、どうなるだろうか。

 選手は「また怒られちゃった。俺、野球やめようかな……」とネガティブな気持ちを抱くはずだ。

 ミスをした選手だけでなく、ベンチにいるチームメイトも「コーチ、また怒っているよ。雰囲気が悪いな。俺も怒られたらどうしようかな……」とビクビクしてプレーするようになる。

 選手たちの暗い雰囲気は怒りをぶちまけたコーチにも伝播し、「ああ、またやってしまった。俺、コーチに向いてないのかな……」となっても不思議ではない。

 上記のようにならないためにも、コーチは思考のコントロールが必要になる。以下がその思考法だ。

<自分はどんなときに怒りを感じるのだろうか→選手がミスをしたときだ→そのとき、自分はどんな「べき」を持っているのか→なるほど。もう同じ失敗を繰り返す「べき」ではない→自分はこういった「べき」を持っていることに気づけた→その「べき」は非合理的だから変えよう>

 以上のように思考のサイクルを見つめ直す中で、そのコーチは前年のある出来事を思い出した。試行錯誤と練習を繰り返し、失敗を乗り越えてうまくなった選手がいたのだ。

 この一連の振り返りから、このコーチは「非合理的信念」を「合理的信念」へと変えられるように思考をコントロールしていくべきだと気づいた。

<同じ失敗を繰り返す「べき」ではない→上達において失敗は重要な経験である>

【©BFJ】

「こういう考え方が内面化されることで、同じ失敗をしても怒らなくてすみます。『まあ許せるゾーン』が広くなり、怒りに巻き込まれずに指導できるようになっていきます」(渋倉氏)

 講義では、思考のコントロールをするための課題が出された。

【©BFJ】

「まずはワークシート上で思考のコントロールをしてみてください。実際の指導場面でもこのような考えを巡らすことによって、アンガーマネジメントのスキルを獲得することができます」

怒りが続く長さ



 怒りの感情には長さがある。渋倉氏が説明する。

「諸説ありますが、怒りの感情は6秒くらいしか続かない。6秒経つと、怒りの感情は急激に終息します。よく“瞬間湯沸かし器”と言われますが、そういった人はこの6秒の間に怒りに巻き込まれてそれを表現してしまうタイプです」

 アンガーマネジメントの観点に立つと、6秒の間に怒りの感情に巻き込まれないようにすることが重要だ。

 裏返すと、怒りを感じた直後、6秒間をどうやりすごすか。

 最初に必要なのは、自分がムカムカしていることに気づくことだ。その感情に気づいたら、あらかじめ決めておいたことを実行する。例えば、以下の行動だ。

・手のひらに書く
・セルフトーク
・イメージ深呼吸

 こうして怒りをコントロールしていくわけだ。

アンガーマネジメントで指導力向上

 人が怒る理由はさまざまにある。だが、「コントロールできないものに怒りを感じても仕方がない」と渋倉氏は指摘する。

 例えば、交通渋滞だ。あるいは、他人を変えようとすることにも限界がある。

 だからこそ、以下のような考え方がポイントになると渋倉氏は続ける。

「人を変えようとするのではなく、自分自身がやることをやって、それに気づいてくれて変わってくれたら儲け物。この程度に考えるのが望ましいかもしれません」

 とりわけスポーツのコーチは、選手に対して期待したくなるものだ。だが、他人を変えようとしても限界がある。

「コーチと選手の関係において、選手に高い期待をしたい気持ちはわかります。でも期待しすぎる、あるいは自分の期待を選手に背負わせるのは、選手にも重荷かもしれません。アンガーマネジメントの観点からも避けたほうがいいかもしれません」

 自分の思考をコントロールし、アンガーマネジメントをできるようになると指導力も向上していく。

 例えば選手が遅刻した際、どのように誤りを正せばいいか。ポイントは怒りの感情をぶつけることではなく、選手の行動を修正し、成長を導くことだ。

 その上ではアンガーマネジメントが非常に重要になる。コーチの声かけの例として、渋倉氏は以下のように述べた。

「今日、君は遅刻したよね? 今は大会の1週間前です。今日の練習ではフォーメーションの確認をしたかったけれども、君が練習に遅刻したせいでできませんでした。このような状態で大会に臨むことはできないので、明日はフォーメーションの確認をしたいと思う。今日のように遅刻することなく、時間どおりに練習に来てくれるね? 期待しているよ」

 コーチが冷静に説明することで、選手は「自分が遅刻したせいでチームにこんなに迷惑をかけたんだ」という思いになり、行動は変わっていく。

 では、頭ごなしに怒った場合、どうなるだろうか。次の日、選手は時間どおりに来るかもしれない。だが、それはコーチに怒られたくないからだ。

「行動が変わったのはコーチの指導の結果でしょうか? 私たちは指導のプロです。選手に脅威の感情を与えて行動を変えさせるのではなく、しっかり説明して選手の理解を導いて、正しい行動を導いていく。これが指導者の行うことではないでしょうか」(渋倉氏)

グッドコーチに向けた提言

 そして、「指導力を高める方法」として下記を紹介した。

(1)モデルとなる人の指導を「見る」
(2)モデルとなる人から「教えてもらう」
(3)新しい知識を「入手する」
(4)指導を行い、それを「省察する」

 コーチは自身の感情や思考、特に怒りをどうコントロールするか。本講義で解説された「アンガーマネジメント」は、グッドコーチになるために不可欠なものだ。
 コーチの言葉かけで、選手のやる気は大いに変わる。例えば練習の終盤、選手が疲れてきたときにどんな言葉をかけるといいだろうか。

<アンガーマネジメントのできない、従来型のコーチ>
「そんなことをすると失敗するぞ!」
「だらだら動くな!」
「ぼけっとするな!」

 こうした「マイナスのイメージを強化する表現」ではなく、「より良い方向に改善を促進する表現」へと変える必要がある。

<アンガーマネジメントをうまく行える、これからの時代にふさわしいグッドコーチ>
「こうすれば成功するよ」
「きびきび動こう」
「集中していこう」

 以上のような声かけをして、選手を成長に導ける「グッドコーチ」が目指すべき姿だ。それには、コーチングスキルをいかにして高めていけるかが重要になる。

 講義の最後、渋倉氏は「グッドコーチに向けた7つの提言」を示した。

(1)暴力やあらゆるハラスメントの根絶に全力をつくしましょう
(2)自らの「人間力」を高めましょう
(3)常に学び続けましょう
(4)プレーヤのことを最優先に考えましょう
(5)自立したプレーヤーを育てましょう
(6)社会に開かれたコーチングに努めましょう
(7)コーチの社会点信頼を高めましょう

【©BFJ】

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著者プロフィール

「Homebase」は、全日本野球協会(BFJ)唯一の公認メディアとして、アマチュア野球に携わる選手・指導者・審判員に焦点を当て、スポーツ科学や野球科学の最新トレンド、進化し続けるスポーツテックの動向、導入事例などを包括的に網羅。独自の取材を通じて各領域で活躍するトップランナーや知識豊富な専門家の声をお届けし、「野球界のアップデート」をタイムリーに提供していきます。さらに、未来の野球を形成する情報発信基地として、野球コミュニティに最新の知見と洞察を提供していきます。

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