早大バレー部男子 『令和5年度卒業記念特集』布台駿

チーム・協会
【早稲田スポーツ新聞会】取材・写真・編集 五十嵐香音、町田知穂

「布台兄弟対談」

これまでは学年がかぶることなく、同じチームでプレーをした経験がなかった兄・布台駿(社=東京・早実)と弟・布台聖(スポ新2=東京・駿台学園)の布台兄弟。しかし、兄の駿選手の大学ラストイヤーで聖選手が早大に入学。1年かぎりではあったものの、仲間として同じチームでプレーをした布台兄弟に、プライベートからバレーボールのことまでを伺った。

※以下、お名前で表記いたします。

――他己紹介をお願いします

駿 弟の布台聖です。僕とは違って割と寡黙で少し人見知りがちですが、何かやると決めた時は集中して成し遂げることができる人だと思います。姉もいて3兄弟の末っ子なので、すごい弟気質です。

 兄の布台駿です。さっき(性格が)反対と言っていたのですが、駿は自分とは違って誰とでも仲良くしているイメージがありますし、上下関係なく色んな人から好かれているなと思います。何をやるにしても基本器用にこなすイメージがあって、バレーもそうだし勉強もうまく両立しています。家で結構夜遅くまで起きて何かやっていて、何でも器用にできるかもしれないけど努力家です。

――交友関係は聖選手は狭く深いタイプで、駿選手は広く浅いタイプなのですか

駿 大学入ってからコミュニティが限られるから、聖に近い感じでした。中・高は、広く浅いタイプでした。(大学では)授業もオンラインだったし、バレー部の人と関わることが多かったです。

――お互いの好きなものはご存じですか

駿 嫌いな食べ物はわかるんだけどな。トマトが嫌いで、味が濃いものが好きです(笑)。何でも味濃くしてる。醤油とかめっちゃつけるし。最近大貴(山田大貴、スポ=静岡・清水桜が丘)に連れて行ってもらった二郎ラーメンにハマってます。

――どこが一番美味しかったですか

 まだそんなに行ってなくて、ただハマって「行きたいな」ってずっと言ってるだけです。

駿 最近はサウナじゃないの?僕の方が先で、それで一緒に行って。

 影響されて自分も好きになりました。

――一緒に行くのですか

 2人で行ったり、お父さんと行きます。運転できないと行けないから、駿かお父さんに連れて行ってもらって。

――駿選手の好きなものは知っていますか

 知らんなあ(笑)。

一同 (笑)。

 何が好きとかはなくて、逆に嫌いなものがないから、基本何でも食べるし。何が好きだろう。海宝漬とか?

駿 あ〜。

――海宝漬とは何ですか

駿 おばあちゃんの家から送られてくる鮑やいくらを醤油漬けしているものです。

 昔からそれが好きって言っていたイメージです。

対談中の二人 【早稲田スポーツ新聞会】

――お互いのいいところ、直してほしいところ

駿 さっきも言ったように色んなことを手始めるとういより、1つのことを突き詰めているし、僕とは違って周りに遠慮せずにはっきりと言うところです。裏返して言うと、少し言い過ぎてしまうことや、はっきり言うことはいいけど、チームスポーツをやっているから、そこは言い過ぎないほうがいいよとか、1回自分で飲み込んでみることも大事なんじゃない?というところは彼自身も悩んでいるところなので、アドバイスしたりしています。

 いいところはさっき紹介したところで、基本的に優しいからあまり怒らないのですが、直してほしいところは怒るタイミングがよくわからないところです。

一同 (笑)。

 何したらキレるんだろうな、って人って大体わかるじゃないですか。(駿は)どれかがわからないから。「昨日これいけて今日いけないんだ」みたいな。

駿 そういうことね。ベースはそんなに怒らないからね。

 そう、基本的に怒らないけど、「あれ、なんでこれダメなん?」みたいな。

駿 基本ボーダーはゆるいよね。

 というか最近は部活がないから、部活でなんかあったりで。

――どんなことで怒られるのですか

 そんなに怒らないけど、俺がちょっかい出して、「あれ、今日反応しないな」みたいな。「昨日このノリいけたのに今日無理なんだ」って。

――部活と家でのキャラの違いはありますか

駿 キャラ?えー。そんなに違う?

 いや、俺は最初来た時は全然違くて。去年の3月に練習に来て、これまで(学年が)被ったことがないから部活で一緒にいなくて、「どんな感じなのかな」って思ってたら、「こんなちゃんとやるんだ」って。家で適当というわけではないけど、家で気は張らないじゃないですか。家の感じなのかなと思ってたら4年生というのもあったけど、思った以上に最初は怖かったです。こっち(部活)と家で違うから。こっちだとちゃんとしてるから、「話しかけづらいな」みたいな。慣れてくればそんなことはないですけど、最初はそう思いました。

駿 家での方が喋り出したらずっと喋ってるかなと思います。みんなそうだと思うけど、あけっぴろげに話さないというか。喋り出したら結構長時間2人で喋っちゃったりしてることも多いかな。

――いつも2人でどんな話をするのですか

駿 サウナで2人きりのときはなんだかんだでバレーの話が多くなっちゃうよね。僕が引退してて、聖はまだやってるから、「今日練習試合やったんだ」って話から、「どうだったの?」とかチームの事情だったりを話すことが多いかな。家だと何話してるかな。

 基本バレーじゃない?

駿 が多いか。どうしても。共通の話題がそれだから。

――相談をすることもあるのですか

駿 よくしますね。

――サウナ以外でも二人でお出かけするのですか

駿 お姉ちゃんも入れてだけど、ディズニーに3人で行くこともあります。

――お姉さんはいくつなのですか

駿 僕の2つ上、(聖の)5個上です。

 俺が小1でお姉ちゃん小6ですね。

――仲が良いと言われますか

 めっちゃ言われるかも。自分の部屋に篭ったりすることがないので、基本的にみんなリビングにいるから。

駿 違和感はなかったけどね。結構仲良いねって言われるけど。

対談中の兄・駿選手 【早稲田スポーツ新聞会】

――よく親に怒られるのはどちらですか

駿 そもそも親が怒らないっていう。

――小さい頃もあまり怒られなかったのですか

 怒られてるのかな、っていうのがわからない。怒鳴って怒るとか、今怒ってるんだ、みたいなことがない。ちょっかいかけて怒られることはあるけど。

駿 お父さんのお腹をパンチしたりすると「おい」って(笑)。

 それはそんなに怒ってないから。

駿 怒るとは違うからね(笑)。うちは基本放任主義だから。

――部屋を散らかすとかもないのですか

駿 基本外にいるから。ただ寝て、ご飯食べてだけなので。喧嘩するで言うと姉と喧嘩することが多いよね。

 姉ちゃんと俺がね。

――どういったことで喧嘩するのですか

駿 めっちゃ些細なことじゃない?

 うん。

駿 姉ちゃんが嵐が好きだから嵐のテレビやライブを見ていて、聖がiPadで違うYouTubeとかを見ている時に、音量がうるさいからどっちも上げていって「うるさいなあ」で喧嘩したり、たまに(聖が)配慮してイヤホンしてる時もあっち(姉)の音量がうるさくて聞こえなくなるとか。そういう感じだよね。別に揉み合いになったりめちゃくちゃ言い合いになるとかいうわけではないけど。

 (怒ると)黙るタイプだから。ちょっと言ってだんだんパッて黙るから、次の日になれば何ともないというか。

――駿選手はお姉さんとも聖選手とも喧嘩しないのですか

駿 喧嘩あんましないよね。

 イメージない。

――二人暮らしをするとしたら、家事の分担は

駿 多分2人とも料理はね。

 料理はしたいかな。

――今もしてるのですか

 いや、超たまにしかしないですけど、嫌いではない。

駿 僕は最近家にいる時間がちょっと増えたので、昼は自分の好きなものを作ったりするかな。料理はするけど。家事って他に何ある?

 洗濯、掃除。

駿 洗濯まじ嫌なんだよな。(洗濯機を)回すのはいいけど、畳むのが嫌なんだよね。そっち(聖)は多分几帳面だよね。

 畳むのは別に嫌いじゃない。

駿 あれで性格出るかも、スーツケースのパッキング。僕は割と放り込むけど、だけど(聖は)袋にしっかり空気抜いてやってる。しかもせっかく夜に閉じたのに朝開いて確認してるもんね。

 (笑)。それは心配性なだけだから。

――駿選手は楽観的で、聖選手は心配性なタイプなのですか

駿 割とそうかも。2人を比較するなら。

 余分に持って行ってることが多いから、「こんないらなかったな」っていうのがいつも合宿であって。

――洗濯物は駿選手が回して干す担当、聖選手が畳む担当になっていますかね

駿 そうなっちゃうね。洗い物は・・・。

 洗い物嫌だな。

駿 洗い物はやっているからそんなに(嫌じゃない)。食事周りはどっちがやっても大丈夫、洗うから僕は。

――掃除はいかがですか

駿 ストレスが溜まると急にやり出すのはある。イライラしてると身の回りやりたくなるよね。

 (駿は)やったらやり込んじゃうから、適度に毎日というは無理かも。

駿 そうだね。1週間溜まって一気に掃除するみたいな。

――聞いていると二人暮らしはうまくいきそうですね

駿 全カレの時も2人で泊まってたけどね。

 ほぼ俺洗濯だったけど。

駿 そうなると洗濯できないことになるな(笑)。

兄について話す弟・聖選手 【早稲田スポーツ新聞会】

――お互いに幼少期と今で性格は変わりましたか

駿 僕自身は変わってないと思います。聖はもっと元気だった気がする。もっと僕みたいな感じでわちゃわちゃしてたけど、高校入ったくらいからストイックというか、「こんな大人しかったっけ」って。駿台がそういう感じなのかな。吏玖(伊藤吏玖、スポ=東京・駿台学園)とか遥斗(佐藤遥斗、スポ新2=東京・駿台学園)もそういう感じだよね。

――聖選手からみた駿選手はいかがですか

 優しくなったなというのはあります。大人になって自分に余裕があるからかもしれないけど、俺が中高生の時に急に優しくなった気がします。

――小学校では一緒にプレーしていましたか

 同じジュニアだったけど(駿が)引退したくらいで自分が入ったから。

駿 ついてきてはいたよねずっと。お母さんと一緒に来て、入部はしてないけどボールに触ったりとか、レク程度にはやってた。ある程度縛られちゃうから、そこまではやる気ないみたいな感じで。

――駿選手がバレーボールを始めたきっかけは

駿 僕はお姉ちゃん(の影響)がいたから。お姉ちゃんは通ってた小学校でバレーチームがあって、割とその時は身長が高かったから、誘われて始めたんだと思います。お姉ちゃんが始めて、それ伝いで兄弟がいるっていうのがいろんなところに流れるじゃない。で、男子のジュニアチームって人数が少ないから「よかったらやってみない?」っていう話だったと思う。

――当時はバレーボールの何が楽しかったのですか

駿 最後の方意外と憂鬱になってったんだよな・・・。

 小学生?

駿 「行きたくねえなあ」っていうのがちょっと。割とちゃんとしたところだったので。全国大会に出ているようなところだったからちゃんと怒られるしな。楽しかった記憶・・・。初日はすごい覚えてるかも。いきなりアンダーサーブが入ってめっちゃ周りに褒められて「いけるやん」みたいなのを思った気がする。そこでおだてられて始めたから(笑)。その日はすごい楽しかったかな。とか初めて試合に出た日は楽しかった気がする。

――聖選手はいかがですか

 スパイク打ってたからスパイクとか。

駿 そうか、今じゃ考えられないけどアタッカーやってたから。

 俺は割と小さい時からレシーブが好きだったから。あとサーブも好きだった。(レシーブはボールを)上げたら「うおー」ってなるから好きでした。あとサーブが得意だったから。スパイカーやってたけどサーブが一番点が取れるからサーブが好きで。

駿 たしかに(聖は)サーブが一番効果率高かったから、サーブは確かに好きだったかも。

 スパイクは別に嫌いじゃなかったけど、好きじゃなかったかな(笑)。

駿 しんどいしな。

 決まらないし、まず。

――大学に入る前はプライベートで一緒にバレーをした経験はありますか

駿 普段やりこんでるから、あえてプライベートでやりたくないって感じだったからあんまりね。バレーの話とかも、僕が大学は入って(聖が)高校の時のほうがあるかも。中・高とかはほぼほぼしたことない気がする。

 そこら辺の時あんま楽しくなかったしね。

駿 そうなの?

 わかんない。今のほうが楽しいかも。高校がきつかったですね。

駿 (一緒にバレーするのは)正月とかまとまった休みの時にたまに。

 やってた?サッカーと野球とかじゃなかった?

駿 あ、そっか。違う競技やってましたねたぶん。バレーやりたくないです。バトミントンとか。わざわざ休みの日にまでやりたくなかったよな。

​​​​​​​聖 あんまやりたくなかった。

駿 今でもそうだしな。休みの日にやってないし(笑)。

――プレイヤーとしてのお互いの印象

駿 ちゃんと見たのが春高の時が初めてだったから、僕らが目指してるリベロの理想像をちゃんとやってたな、っていう。理想像というか、スキルとかは年次が上がっていくほうがうまいとは思うけど、スタイルというか。僕らは古賀兄弟が好きで、リーダーシップを持ってチームを引っ張っていく系のリベロが好きだから、春高の時は特に彼がやっていたかなという印象で。大学は入ってからはどちらかというとチームとして年次を守ったりとか、規律が増えるから、そこはちょっと遠慮してたかなと思うけどな。声を出したりとか、チームを盛り立てたりするのは彼の特徴というか。

 俺の中で、中・高と駿の試合を見に行くことが多かったから。お母さんが駿の応援に行ってそれについていくみたいなことが多くて。基本的にディグもレセプションもオーバートスもなんでもできるっていう印象で、中学、高校で結構やってたから、逆にここ(大学)に来て「レセプションできない」って言ってるのが俺からしたらあんまわかんなくて。「そんなできないっけ」みたいな。それと一緒でここに来てから周りが(駿の)「ディグすごい、ディグすごい」って言ってて、今年はディグしか見てないからディグの印象しかないけど、基本的に全部できているイメージが俺の中では強い。あとは声での指示だったりは簡単じゃないけど、指示だしとかはうまいなあっていう印象ですかね。大学はディグっていう印象しかないかな。

――実際に自分でもディグが得意という感じでしたか

駿 どっちもかな。確かにディグのほうが楽しいは楽しかったから好きでもあったけど、並くらいに思ってたけど、周りから評価されることが多くなって「じゃあそうなのかな」みたいな、相乗効果的な。

春季リーグ初戦で同じコートに立った二人 【早稲田スポーツ新聞会】

――いつも学年がかぶらずに上のカテゴリーに行く兄を、聖選手はどう見ていましたか。聖選手が小学生で、駿選手が中学生の時

 覚えてはいるんですけど、リベロとかのルールをあんまりわかってなくて。

駿 (小学生は)フリーポジション制だからね。

 「あれ、スパイカーやんないんだ」って感じでした。小学校だと打ってんのに中学校だとレシーブしかしてないから。「あれ、スパイカーできないの?」みたいな。

――中学生の聖選手から見た高校生の兄

 それこそ中学が一緒で、駿が抜けた後に俺が入るから、ずっと比べられてて。「ずっと勝てないな」みたいな印象が強かったですかね。

――比べられるのは嫌でしたか

 嫌ですよ。

一同 (笑)。

 めっちゃ嫌ですけど、常に何しても「いや、駿のほうが上」みたいな。俺のほうが上って言われることもあるけど大体お世辞なことが多いから。

――高校生の時の聖選手から見た大学生の兄

 あんまり試合に出てないから、「なんで出てないんだろう」って感じでした。でも、高校の時に春高優勝して、自分の中でちょっと自信があったから、逆にここにきて駿のプレーを近くで見て落ち込んだというか。「まだこんなに差があるんだ」って。

――駿選手はご自身のバレーボール人生を振り返ってみていかがですか

駿 急に壮大じゃない?(笑)。人のつながりがすごく濃かったかなって思います。でも自分の時に優勝できて良かったなというのはすごい思ってて。結果がすべてじゃないのはわかってるけど、小学校も目標にしてたとこには届かなかったし、中学は僕が中3の時は全国大会に出られずに終わってるし、高校は春高に出るだけで立って感じで。正直駿台(学園)みたいなところに入りたかったし、中学ももっと強いところに入りたいなというか、優勝したい気持ちはずっとあって。それが(バレーを)辞めなかった唯一の理由なので、最後バレーボール人生を振り返った時に、自分の中で自分が思ってる有終の美を飾れたかなというのは思ってます。

――聖選手が早大に来ると決まった時の駿選手の心境

駿 嬉しかったですね。素直に。大学で一緒にやることが僕の中のひとつの夢だったので。高校の経路は違えど、最後に一緒にやれる、ってなったときはすごい嬉しかったですね。

――この1年間一緒のチームでやってみていかがでしたか

駿 プレーどうこうというよりは、今年の僕の役職としてはプレイングマネージャーという選手としてやりながら主務もやらないといけないという、多分今までそんな人いなかったので、正直結構大変で。試合にも出ないといけないし、マネジメント系もやらないといけなかったので、やめたいなって思うことが結構多かったんですけど、同期の支えプラス聖がいたからやめなかったのかなって。弟がいるから中途半端なところでやめる兄じゃないというか、最後までやり切って結果はわからなかったですけど、形として恥ずかしくない人でいたいなという風に思っていたので。やめなかった理由になったっていう。

――聖選手は今のお話を聞いたことがありましたか

 いや、ないです。

――うれしいですか

 (笑)。いや、でも俺が逆にメンタルやられてやめたら弟として見れない、っていうのはよく言われてました。

駿 (笑)。同じものを求めちゃってるから。

 逆にね。今みたいな言われ方はしないけど、「お前がやめたら俺はそういう風に見れない」って。

――聖選手は一緒のチームでやってみていかがでしたか

 やってよかったなってことが多かったですかね。普段見れない姿を見れたし、プレーの面でめっちゃ教えてくれるから、自分のためにもなったし。あと今年の4年生がしっかりしてたから、上になった時の立ち回り方とかを学べたかなっていうのがあります。完全に学べたわけじゃないけど、これが理想像だっていうのはわかってるから、それにどれだけ近づけるかなって。ある程度自分たちの理想像が今年1年間やってみてわかったかなって感じですかね。

――駿選手の進路は

駿 大学院に行きます。

――どのようなことを学ぶのですか

駿 スポーツコーチングを学びます。

――迷いはありましたか

駿 めちゃくちゃ迷って。けど難しいほうを選んだほうが逃げ道じゃないけど、それを作らないほうがいいかなって。

――バレーボールの指導者を目指すのですか

​​​​​​​駿 それを2年間で精査できたらいいかなと思ってますね。

――今後早大の練習に顔を出す予定は

駿 早稲田の練習?ないよ。

一同 (笑)。

​​​駿 それでいうと、早実(早稲田実業学校)は今(コーチが)いないから、そっちの指導者としていくかも。

――それぞれの今年の抱負をお願いします

駿 むずいって!抱負?無いよ。もうひと段落しちゃったから。バレーの?

 人生。

――駿選手は人生の抱負で

駿 さっきから壮大じゃん。

一同 (笑)。

駿 なんだろう。たくさん学ぶ1年にしたいなって。研究もそうだけど、今インターンに行ってるところは上司が秘書と社長でそのお手伝いをしてるから、社長から学べることもいっぱいあるし、社会勉強もしたいし。全然知らないことばっかりだろうから、いろんなことを吸収していく。実際に高校にも指導しに行って指導者っていう立場になって新しく学ぶことがあるだろうから、いろいろ学ぶ1年にしたいと思います。

 自分は今バレーボール選手になることが夢だから、その夢に近づけるように、今年頑張って練習して、スタメンとして試合に出られるように。それでV(リーグ)のチームにアピールできるように、自分の夢に向かって頑張りたいです。

――最後にお互いにメッセージをお願いします

駿 メッセージ!?この後一緒に帰るのに?

一同 (笑)。

駿 そうだな。スタメンとして早い段階から試合に出てもらいたいっていうのが1つと、僕は全カレでベストリベロ賞を獲れなかったのでぜひ獲ってほしいなと。のと、これはチーム全体だけど、去年以上にいい成績を残してもらえたら。

 (四冠以上は)ないから。

駿 いやだって春は(中大に)負けてるし、黒鷲優勝とか。全カレ優勝だから黒鷲はいいところ入れるじゃん。グループステージの次に行けるようにとか。秋は失セットを増やさないようにとかさ。今年はフレッシュな感じだよね、チームのほとんどが抜けて新しく入る人ばっかだから。

 (卒業)おめでとうございます。

一同 (笑)。

 大学院、あと2年間あっていろいろと学べることと考えることが多いと思うけど、頑張ってください。

ーーありがとうございました!

「兄」「弟」と書いた色紙を持つ二人 【早稲田スポーツ新聞会】

◆布台駿(ふだい・しゅん)(※写真上)
2002(平14)3月6日生まれ。158センチ。最高到達点285センチ。東京・早実高出身。社会科学部卒業予定。この春から大学院という新天地に身を置き、新しいことをたくさん吸収する1年にしたいそうです!

◆布台聖(ふだい・しょう)
2005(平17)年1月31日生まれ。161センチ。最高到達点280センチ。東京・駿台高出身。スポーツ科学部新2年。これまで兄の背中を追ってきた聖選手。これからも兄には「自分の目標でいてほしい」と語ってくれました!
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著者プロフィール

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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