早大バレー部男子 『令和5年度卒業記念特集』荒尾怜音

チーム・協会
【早稲田スポーツ新聞会】記事 山田彩愛、写真 五十嵐香音、町田知穂、山田彩愛

「苦悩と栄光」

 光あるところには影がある――。「四冠」を掴んだ早大で守備の要として躍動し、声掛けで一体感をもたらしてきたのが、リベロ荒尾怜音(スポ4=熊本・鎮西)だ。荒尾は1年時からコートに立ち、全日本大学選手権(全日本インカレ)の連覇など、幾度となく勝利に貢献してきた。高校時から注目を集めるなど、輝かしい経歴を持つ荒尾だが、華々しさの陰にはたゆまぬ努力と苦悩があった。

 「日本一を目指したい」と、全日本インカレで3連覇していた早大を進学先として選んだ。当時は、春高に全てを懸けた高3時の負担が大きく、大学でバレーをすることに前向きではなかった。そんな時、「(バレーを)できる間はやったほうがいいよ」。ケガで競技を辞めざるを得なかった姉の言葉に背中を押され、早大バレー部の門を叩いた。入部後は、「春高で負けた相手に負けたくない」と苦い記憶を原動力に、1年時からレギュラーに定着。初めての全日本インカレで優勝し、個人としてもリベロ賞を獲得した。そんな喜びも束の間、荒尾は次々と大きな壁にぶつかることとなる。

秋季リーグ戦の明大戦で声掛けをする荒尾 【早稲田スポーツ新聞会】

 モチベーションを見失っていた1年の冬、練習に行くのも辛くなり受診したところ燃え尽き症候群と診断された。バレーと一度距離を置き回復したが、2年生に上がってからは思ったような感覚が戻らず不調が続く。さらに6月、練習中に膝を故障した。次々に襲い掛かる試練に、荒尾の心は折れかけていた。だが幸いにも、ケガが荒尾を再び突き動かすきっかけを生んだ。「今まで自分がいたところに他の選手がいるのが悔しくて、早く戻りたいと思えた」。その年の全日本インカレでもチームは連覇を伸ばし、荒尾は2年連続でリベロ賞を獲得。大きな山を越え、また一つ成長した。

 上級生となった3年目。6連覇への重圧はのしかかり、チームはなかなかまとまらず。あと一歩のところで優勝を逃す苦しい時期が続いた。苦しむチームの裏で荒尾もまた、2年時の不調を引きずっていた。それでも秋には、ようやく練習の成果から徐々に感覚を取り戻し、チームも結束力を高めた。そして日本一に向け気持ちを一つに、最後の大会へと臨んだ。だが結果は、まさかの準決勝敗北。受け入れられがたい現実を前に悔しさ、情けなさ、やるせなさ――様々な感情の波が荒尾に押し寄せた。

 それでも試練を何度も乗り越えてきた荒尾の心は、簡単には折れなかった。取り返すしかない。敗北が大きな活力となって、荒尾を突き動かす。「負けて悔しくて、いっぱい泣いた。そんな思いをまた下の学年の子たちにさせたくない」。王座奪還を誓い、荒尾ら4年生は「四冠」を目標に掲げて再出発した。

レセプションで攻撃の起点を作った 【早稲田スポーツ新聞会】

 だが一難去ってまた一難、とばかりに試練は続く。春合宿から2枚リベロを取り入れる、チームに大きな変化が訪れた。経験のない荒尾にとって、コートを出入りする2枚はリズムが作れず、バレーの感覚を再び狂わせる大きな障壁となった。それぞれの強みで勝負するのがチームの方針とわかっていても、これでは自分の強みが最大限発揮できない。また、荒尾はリベロ賞に特段強い思いがあった。「自分の中で大学4年が、高校3年とすごくリンクしていた」。

 時は高校時代にさかのぼる。荒尾は1年生ながらスタメンとして春高優勝とリベロ賞を達成。その翌年も連覇を掲げて挑んだが、無念にも目標は果たせなかった。最後の年にもう一度、頂点を取り返したい。その強い思いから、高3時はバレーボール一色の日々を送った。だが思いは果たせず、忘れられない悔しさが残った。当時の無念がよみがえり、今に重なる。昨年度逃した「日本一」と「個人賞」を取り返し、今度こそ最高の形で締めくくりたい。強い決意があるからこそ、たとえ同期とぶつかっても意見を伝え合った。最終的な答えは「リベロ2枚」。荒尾はやるせない気持ちを抱え、新シーズンへと突入した。

 苦しむ荒尾とは裏腹に、チームは順調に勝ち星を挙げる。春季関東大学リーグ戦では、中大に敗れたものの、優勝し1冠目。さらに東日本大学選手権(東日本インカレ)では、中大にリベンジを果たし優勝を遂げた。歓喜に沸くチームメイトたち、その中でただ一人荒尾だけは悔し涙を流していた。「優勝もだけど、3年のリーグ戦から1度も貰えていない個人賞を取り返したい」。チームメイトが個人賞に名を連ねる中、リベロ賞には他大学の選手が選ばれた。2枚では個人賞に手が届かない。勝利が一番、とわかってはいても、やはり個人賞を諦めることはできなかった。

東日本インカレ決勝の中大戦でみせたレシーブ 【早稲田スポーツ新聞会】

 それでも、残された時間はあとわずか、立ち止まっていてはいられない。乗り越えるためには、向き合わなければならない。荒尾は悩んだら、いつも家族に話をしていた。だから今回も、「リベロ賞も取りたい。だけど2枚で取った前例がないから無理かもしれない」と半泣きで家族に相談した。すると「悔しいとは思うけど、「四冠」という偉業は一つ達成できる。そこは割り切って、今できることを一生懸命やりなさい」。その言葉で、何かが吹っ切れた。

 秋シーズンに向け、どんな状況でも自分のペースでバレーをすることに焦点を当て、レセプションに注力した。さらにコート内外の温度感が一体となるよう、ベンチメンバーへの声掛けにも気を配った。各々の努力、チーム力の高まりもあり、秋のリーグ戦では見事、全勝優勝。「四冠」に大手をかけ、最後の舞台が整った。

 「四冠」は目前、王座奪還へ。早大は圧倒的な強さを発揮し、着実に勝ち進んだ。昨年敗れた準決勝も危なげなく突破し、決勝へと駒を進める。最終戦でも強さは衰えることなく優位に試合を運び、ストレート勝利。「四冠」を達成し、再び日本一へと上り詰めた。うれし涙、笑顔、それぞれがやりきったという表情を浮かべ抱き合う。荒尾もまた、今まで積み重ねてきたことが、「最後に全部発揮できた」と仲間たちと喜び合った。

 もう一つの目標、「リベロ賞」はどうか。個人賞にはこだわり続けていたが、その一方で少なからず諦めの気持ちがあった。そんな心境からか個人賞の発表の時には目をそらしてしまったと明かす。緊張の瞬間。読み上げられたのは、荒尾の名前だった。予想外の展開に驚きを隠せなかったが、うれしさが自然に涙となって頬をつたった。「今までもらった賞の中で一番うれしかったし、心から「やった!」って思える大事な賞をもらえた」。

全日本インカレ優勝後、涙を流す荒尾 【早稲田スポーツ新聞会】

 暗闇を手探りで歩いているような4年間だった。悩みは尽きず、苦境から抜け出せずにもがいた。それでも「今経験できる試練や壁は、立ち向かって向き合って、一つ一つ自分なりの形で乗り越えられた」かけがえのない日々は、人生の大きな財産だ。苦しみ、もがき、涙し、その度に懸命に努力する。暗闇の中でも、高い壁でも、立ち向かうことをやめなければ、いつかは光が差し込む。荒波を乗り越え、荒尾は再び返り咲いた。

 卒業後、荒尾はヴォレアス北海道に所属する。次なる目標は、チームを勝たせられるリベロになること。新たに待ち受ける世界は厳しく、試練もきっと立ちはだかるだろう。それでも荒尾らしく楽しみながら。一歩、一歩、試練を乗り越え強さに変える姿は、まぶしく輝き、また人々を魅了し続けていくのだろう。
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著者プロフィール

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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