【ONE TAP SPORTS活用法】「自分の体に責任を持つのは大事」。小中高で成長に必要な考え方と「主観」データの重要性
(株)ユーフォリア共同代表/宮田氏(左)、橋口氏(右) 【©Homebase】
ユーフォリア社によるアスリートのコンディションを可視化するソフトウェアで、2021年に開催された東京五輪では日本選手団の45%が利用した。
野球界ではNPBの12球団のうち8球団が取り入れている一方、中学や高校世代でも選手の故障を予防し、成長を最大限サポートできるソフトウェアとして活用されている。
※イメージ 【©EUPHORIA】
“元早熟野球少年”の願い
「ものすごく強度の高いトレーニングをするので、当然ケガが起こる可能性が高まります。ケガの可能性が高い状況になった場合、アラートを適切なタイミングで出せるソフトウェアをつくれませんか?」
ユーフォリア社は日本ラグビーフットボール協会からそう打診され、開発を始めた。
トレーニング担当、つまり“追い込む”側のS&C(ストレングス&コンディショニング)コーチが「こういう状況になったらアラートを出したい」という基準でまずは実装し、運用しながらデータを見て、ケガを予防する側のアスレティックトレーナー、ケガを治す側の医師らの意見も踏まえて「もう少しこうしたほうがいいのでは」と改善していく。アラートを出すタイミングを変えたり、選択肢を多くしたり、アルゴリズムを変更したりするなど開発とリリースを繰り返し、ワンタップスポーツはラグビー日本代表の快進撃を裏で支えた。
「ラグビーだけでなく、他の競技にも絶対に必要とされるはずだ」
ユーフォリア社の共同CEO、橋口寛氏がそう思いを強くした裏には自身の原体験がある。小学2年で野球を始め、6年生で身長172cmに達するほど早熟だった。5年生から投手を任されると、「子どもと大人が一緒に勝負しているような感じ」で楽々と抑えられた。
だが指導者から連投を命じられ、「痛い」と言うと殴れられるから我慢して投げていると、右肘が「く」の字に固まって曲がらなくなった。毎週整形外科に通い、治療を受けてマウンドに上がる。中学3年間を終えるまで右肘に痛みを抱えたまま野球を続けた。
「自分の経験もありますが、たくさんの選択肢から野球を選んでくれた子どもたちには幸せになってほしいという思いがすごく強いです。そのなかでワンタップスポーツができるのは、ケガをなくし、健やかに大きく育つサポートです」
「主観&客観」データで状態を可視化
<コンディション>
疲労度、メンタルの調子、睡眠時間、睡眠の質、部位別の筋肉の張り/痛み、月経
<トレーニング・フィジカル>
RPE(自覚的運動強度)、走行距離、運動時脈拍、フィジカルテスト、筋トレ記録、測定タイム
【©EUPHORIA】
例えば投手の場合、球数は客観的なデータだ。対して、肩や肘の痛み・張りは主観になる。橋口氏が説明する。
「肩肘の痛みや張りは正確には測定できないので、本人がどう感じているかを入力します。まったく痛くなければ『100』、人生で一番痛かったときが『0』だとしたら、今、どの状態かをタップします。投げた後には数値が下がりますよね。それが何日くらいでリカバリーしていくか。毎日入力していけば、その人なりの回復までのスパンがだいたいわかってきます」
上記のように投手各自の状態を管理できることに加え、指導者には起用法や練習強度を決める目安にもなりPDCAを回すことができる。橋口氏が続ける。
「同じ球数を投げても、リカバリーするのが早い子と遅い子がいます。リカバリーが遅い子に連投させると故障の危険が高まりますよね。指導者が『痛い?』と聞いたら『痛くないです』と言うかもしれないけど、タップするだけなら、その選手の感じているものがある程度実際に近いところで数値化される。そのデータが蓄積され、波形で描かれていきます。リカバリーが遅い子には、回復期間中にはあまり投げさせないほうがいいという判断もできます」
データ化で感覚を研ぎ澄ます
例えば、肩や肘に痛みがある場合に「痛い」と正直に言うと試合に出られなくなるから「痛くない」と入力する選手もいるだろう。あるいは、自分で「痛い」と思うと試合に臨むテンションが下がるから「痛くない」とタップしてそう思い込む選手もいるかもしれない。
上記のように選手が「本当のことを言わない」ケースも想定されるから、主観データは「信用できない」と言う指導者もいるだろう。
だが、選手がどういう振る舞いをするかを含め、主観データはものすごく重要だと橋口氏は言う。
「大事なのは、そもそも何のためにデータを入力するかを理解してもらうことです。原則は選手を守るため。選手がケガをしたら、本人も、親御さんも、指導者も、誰にとってもハッピーにならないので」
前提としてケガを防ぎつつ、成長するには練習で一定以上の負荷をかけることも必要だ。そのためにも、選手自身の感覚が重要になる。橋口氏が続ける。
「自分の体の状態に耳を澄ませて、それを数値化します。『昨日はこれくらいだったから今日はこれくらいかな』と繰り返すことで、セルフフィードバックが返ってきて、感度が研ぎ澄まされていく。
また、『去年の今頃はこういうコンディションだったけど、なぜ今年は違うのか。その時期までにやってきた練習量や時間、もしくは強度が違うかもしれない。去年はこうだったから、今年もこうすれば一番いい状態で試合に臨めるのではないか』とやってみることもできる。主観もデータとして蓄積していくことで、仮説検証することができるわけです」
故障予防とパフォーマンスアップを両立
故障予防とパフォーマンスアップは密接につながっている。だからこそ選手は自分の感覚に耳を傾け、両立させることが重要になる。そのためには自分が今、どんな状態かを把握しておくことが不可欠だ。
とりわけ成長期にいる小中高の選手にとって、「自分の体に自分で責任を持つのはすごく大事」と橋口氏は語る。
「高校生は大人として自分に関することに責任を持ち、『なぜこれをやるのか』と考えて自身で決断するべき人たちだと思います。中学生はその端境期にいて、小学生は親御さんが責任を持ってお子さんを導くフェーズ。だから親御さんが学ぶことも大事です。中学生は自身で学び、親も少しサポートする。高校生まで行ったら、指導者も含めて周囲が余計なことをせず、自分自身で考えられるようにしていく。徐々に自分の人生、体、健康、あらゆる選択肢に対して責任を持つようになるプロセスを、それぞれのフェーズでサポートできればと思います」
本稿で紹介した内容に加え、ワンタップスポーツにはさまざまな活用例がある。その一つが、中学生チームの使用を想定した「身体成長予測機能」だ。
子どもの身長の伸びは両親の遺伝に大きく左右される一方、環境要因にも影響される。そうした前提を踏まえ、ワンタップスポーツをうまく活用して成長につなげているチームもある。
テクノロジーがどんどん進化する昨今、その活用法はスポーツチームの成否を大きく左右する要素だ。本連載では、アスリートのコンディションを可視化するワンタップスポーツをうまく活用している好例を紹介しながら、テクノロジー活用のヒントを探っていきたい。
(文:中島大輔)
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