すべては「ウェルカム!」の一言から――。 初心者記者は、こうしてクボタスピアーズの世界に浸った
フラン・ルディケヘッドコーチ 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
プレスカンファレンスでの謎コメント!? なぜ根塚選手は急にお酒の話を始めたのか
そう言うと、フラン・ルディケ ヘッドコーチは右手をこちらに差し出した。2022年12月14日、クボタスピアーズ船橋・東京ベイの番記者として、初めて練習取材に訪れたときのことだ。
縁あってリーグワンのオフィシャルライターを拝命したものの、これまでの人生で「ラグビー」なるものと接点を持ったことは皆無に等しく、ボールをゴールエリアまで運んでグラウディングする行為が「トライ」なのか「タッチダウン」なのかもよく分かっていなかった。過去の取材遍歴はプロレスとボディビル。「知っているラグビー選手は?」と聞かれ、真っ先に思い浮かべるのは「阿修羅・原」。「ドロップキック」と言えば、そこで蹴るのは楕円球ではなく、相手の顔面である。
なんならキャプテンの名前は「たちかわ」さんだと信じて疑わなかったし、リーグ開幕前のプレスカンファレンスで根塚洸雅選手が「ハイボールの対応」について語りだしたときは、「なぜこの選手は急にお酒の話を始めたのだろう?」と、心の中で首を傾げた。そして何より、予習のために試合映像を見た際には、半裸の人が誰もいないことに驚きを禁じ得なかった。これまでの取材キャリアの中で出会うことなかった光景。みんな、服を着ている……。
澄んだ冬の空気の中、船橋のグラウンドに佇むフランHCのその目には、警戒心は微塵も感じられなかった。そこにいるのが、番記者とは名ばかりの超初心者であるにもかかわらず。グラウンド端のベンチに腰掛け練習を見学していると、外国人選手が駆け寄ってきて、日本語で「ナマエワ?」と声をかけてきた。世界的な名司令塔、バーナード・フォーリー選手である。
事前にラグビー好きの友人に聞いたクボタスピアーズの印象、それは「ファミリー意識が高く、チームの雰囲気が温かい」。その言葉が、現実の出来事としだいに結びついていく。
根塚選手が話したのはハイボールはハイボールでも、キック処理の話 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
グラウンドに描かれるチームの喜怒哀楽 ラグビーは決して難解な競技ではない
のちに取材した加藤一希選手は、初めての“スピアーズ体験”をこう証言した。所属していた宗像サニックスブルースが休部となり、2022年7月から2カ月間のトライアウト期間を経て、同年9月にクボタスピアーズに正式入団。その「温かい声」が決して引っ掛け問題などではないことに気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「移籍してきた選手に、どう接するか。若いころの僕だったら、『どうせ2カ月間だけでいなくなるかもしれないし』と、自分からは積極的に話しかけなかったもしれません。でも、そういったことが一切なく、先輩選手、そして同じポジションの選手たちも仲間のように接してくれて……。なんていいチームなんだろうと思いました」
「チームメイトというよりも、クラスメイト」と加藤は言う。仲のいい同級生のたちと一緒に、フラン校長の学校でラグビーの授業を受けている。そんな感覚なんだとか。
それはつまり、不必要な垣根をなくし、同じ高さの目線で仲間たちと真剣に向き合うということでもある。クラスを率いてきた“学級委員長”立川理道選手は語る。
「僕がキャプテンとして軸にしているのは、自分の考えや正直な意見をしっかりと言うことです。そういったことを素直に口に出せないというのは、環境としてはおそらくあまりよくないと思うんです。フランHC、そしてスタッフの人たちと取り組んできたのは、みんながフェアな状態で意見を言える環境作りでした。
それを実現する上で、僕自身がしっかりと実行していかないことには、みんなもついてきません。まずは自分が率先して行動に移す。浸透するまで時間はかかりましたが、そうしたチームの雰囲気が、ここ近年で形になってきていると思います」
チーム躍進の原動力にもなっている、その組織風土。クラスメイトたちが織りなす、目の前の一瞬に全てを捧げる無垢な戦いは、退屈なこの世に飼いならせた我々の心に潤いを与えてくれる。
ラグビーは決して難解な競技ではなく、たとえルールに明るくなくても、グラウンドを見つめているとチームの喜怒哀楽が自然と伝わってくる。そこにあるのは、明日を生きるための活力であったり、悔しさから芽生える新たな決意であったり。
そして、いつもの日常に引き戻された月曜日に改めて思う。生きていたら、そりゃあ転ぶことだってある。でも、今週もがんばろう。週末の試合で、オレンジのジャージーを着ていていた人たちが、そうしていたように。
5月21日、リーグワン決勝翌日のスポーツ紙はオレンジに彩られ、夜には民放局のスポーツニュースでその模様が全国に配信された。彼らの雄姿に、少しでも心がくすぐられた人たちへ。ウェルカム! クボタスピアーズの世界へようこそ。
文:藤本かずまさ
写真:チームフォトグラファー 福島宏治
優勝直後に選手たちが胴上げをしたのは“学級委員長”立川理道選手だった 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ】
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