『子育て都市』明石を作った市長の提言。 街のみんなで子育てを応援する“当たり前”を
<特別対談 泉房穂×荒木絵里香>
泉房穂×荒木絵里香 【HEROs】
しかし、東京五輪に出場した選手の中で、「母親」は10人に満たないなど、アスリートと出産・育児の両立には、いまだ様々なハードルがあるのが現実です。こうした状況を打破するためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
「子育てしやすい街」を目指して、様々な政策を実施し、人口・税収増を成し遂げたことで注目を集めている兵庫県明石市の泉房穂市長(役職は2022年10月当時)と荒木氏の対談が実現しました。
泉市長「明石市に住んでいる子どもたちは、全員私の子ども」
泉房穂氏(以下、泉): Twitterは昨年12月に始めるまで、周囲から羽交い絞めにされて「口が悪いからやったらアカン!」と言われていました(笑)。ただ政治家として説明責任もありますし、国や他の自治体に明石市の真似をしてもらいたいという思いで取り組んでいます。
私の世代は『アタックNo.1』や『サインはV』を見てきて、男子は野球、女子はバレーボールをする人が多かったんです。なので、当然荒木さんのことも以前から存じ上げています。
本日はよろしくお願いいたします。
荒木:チームメイトにも明石市出身の選手がいましたが、「結婚したら絶対に戻りたい」と言っています。
泉:実際に明石市は『全国戻りたい街ランキング』で一位になっていますから(笑)。
明石市提供 【HEROs】
泉:政治家になるまでに、様々な家庭の事情で夢をあきらめざるを得ない子どもたちをたくさん見てきましたので、自分が政治家になって「優しい街を作りたい」と考えました。それは特に変わった街ではなく、“当たり前の街”でもあるとも思っています。
“当たり前”とは、親だけに任せるのではなく“街のみんなで子育てを応援する”、ということです。なので、私が市長になった時に明石の街ぐるみで子育てを応援していこうと決めました。
それこそ私にとっては明石市に住んでいる子どもたちは全員私の子どものようなものです。そのうち誰か1人が泣いてれば、親として助けに行くのは当たり前でしょう。「それを周囲の大人全員でやるようになれば、多くの親がしんどい思いをせずに子育てができるだろう」という思いが政策のベースにあります。
「もしもの時にサポートしてもらえる」という安心感が重要
荒木:私の場合、母親が仕事をやめて育児をサポートしてくれたことに加えて、埼玉上尾メディックスという病院のチームに所属していたときは、24時間365日病院の保育園に預かってもらえる環境を用意してもらいました。
この環境に非常に助けてもらいましたし、社会全体で同様のサポートを受けられるようになると良いと思っています。
泉:おっしゃる通りですね。明石市の子育て政策については、先程挙げていただいたような『5つの無償化(高3までの医療費無料、第2子以降の保育料無料、中学校の給食費無料、公共施設利用の無料、オムツの無料配達)』に注目が集まりがちです。
しかし、今荒木さんからお話しいただいたような“もしものときに預かってもらえるか”も重要ですし、実際に注力しています。例えば、親御さんが急に病気になった場合に、明石市が子どもを責任もって預かる『明石市ファミリーサポートセンター』という施設が駅前に設置されています。こうした金銭面以外のサポートの充実も、住民の方々からご評価いただいていると思いますね。
親子交流スペース ハレハレ<明石市提供> 【HEROs】
私の場合、チームメイトとの連携も重要なので練習を休めませんし、ましてや試合に穴をあけるわけにはいきません。母親にサポートしてもらっていましたが、それでも「母が病気の時は誰に頼めばいいんだろう」という不安は常にありました。なので、「いつでも行政に助けてもらえる」という安心感は、女性の社会進出に直結していると思います。
泉:私の大学卒業の年が、男女雇用機会均等法の元年でした。その当時、女性の同級生の多くが、まったく環境整備がされていない状態で「男並みに働け」と言われる状況で、結婚や出産と仕事のどちらかを選ばざるをえなかったんです。私は、そうした姿を実際に見て来たので、環境整備の重要性というものを痛感しました。
また、これまでの日本では、男性は家庭を顧みずに仕事に打ち込むことが評価される価値観がありました。一方で、女性が同じことをしたら悪く言われてしまう。本来、そんな理不尽があってはいけないはずなのに、雰囲気に負けてしまっている部分がある。
だからこそ、荒木さんのような方が、出産後も競技に復帰して活躍されることが、多くの方に気づきや勇気を与えることになると思います。
まず「選択肢」を持てる状況になることが重要
荒木:私の実感としては、そもそも選択肢がない選手が多いように思います。「競技と結婚・出産、どちらか選ばなければいけないんだ」という意識で固まっているのです。最近になりやっと両立を目指す人も増えてきて、五輪などを通じて知り合った他の競技の選手から相談を受けることも多くなってきました。
現在では、「ママアスリートネットワーク(MAN)」という一般社団法人を設立して、そこで女性アスリートのコミュニティをつくる取り組みをしています。そこでは、競技者が集まって「こういうことが不安だよね」「私は、こうやって解決しているよ」といった情報共有やアドバイスをしています。また、ワークショップなどを通じて、自分たちの経験を、これから結婚・出産を考えているアスリートに向けて発信しています。まだ、団体としては立ち上がったばかりなので、今後も発信を強化していきたいと考えていますね。
荒木氏提供 【HEROs】
泉:現在の日本社会は、「こうでなければならない」が強すぎるように思います。荒木さんのお話で言えば、「スポーツ選手たるもの100%スポーツに打ち込むべき」という思い込みを多くの人がもっているわけですが、競技を続けながら会社を経営してもよいですし、その経験が競技に良い影響を与えることもあるでしょう。
なので、お互いに「それ面白いよね」「自分は違うけど、そういう方法もあるのか」と認めあう社会の方がよいですよね。それこそ子育てにおいても「女性・男性たるものこうあるべき」ではなくて、それぞれが対応すればよいのですし、その方がハッピーだと思います。
荒木:あらゆる人に様々な選択肢があってほしいと思います。市長がおっしゃったように、見えない「こうあるべき」にとらわれて選択肢が失われてしまうのは、非常にもったいないですよね。
社会にポジティブなメッセージを届ける「アスリートの力」
私も自身が子育てをしている時は、週1回は徹夜で子どもの授乳を担当し、その分妻にゆっくり寝てもらっていました。週1回だけでも本当に大変だったので、それが毎日続く母親の負担は非常に大きなものだと思います。
こうした経験を踏まえて、明石市では0歳児の家庭にオムツの宅配をする際に、単に届けるだけではなく母親の相談相手になれるような体制をつくりました。そうやって相談できる相手がいないと、母親が孤立してひとりぼっちになってしまうからです。
男性は、自分で出産することはできませんが、それ以外はほとんどのことができるはずです。なので、男女ともに育児への参加を楽しんでほしいと思います。もちろん子育ては綺麗ごとだけではありませんから、しんどい部分もあるでしょう。だからこそ、そういう時は、地域や行政などが街ぐるみでサポートすべきなのです。
おむつ定期便<明石市提供> 【HEROs】
ただ一方で、そうやって葛藤しながら競技に取り組む自分の姿を発信することで、同じような状況におかれている多くの人たちに、エネルギーを受け取ってもらえているという実感もありました。なので、アスリートに限らず、働く女性全てにとって“一歩を踏み出すエネルギー”になれるような活動を今後もしていきたいと思っています。
泉:そういう意味ではスポーツの力は非常に大きいですよね。
多くの観客は、単純な競技としてのレベルの高さよりも、一つ一つのプレーを通じて見える選手の人生に感動するのだと思います。だからこそ、出産・育児を経て競技に復帰した荒木さんの生き方そのものが、多くの人に勇気を与えるのではないでしょうか。
スポーツに関心を持っている人たちは多いですし、年齢層も幅広いので、その影響力は非常に大きい。共感も得やすいですし、スポーツという枠を超えたメッセージ性、社会全体を変えていく強い力があると思います。
荒木:私は、大学院でコーチングを学んでいるので、その知識も今後の発信に生かしていきたいですね。
<荒木氏提供> 【HEROs】
荒木:そういっていただけると、とても嬉しいです。
競技以外の活動をしていて結果を出せないと「競技に集中してないからだ」と言われてしまうこともあると思います。もちろん、アスリートである以上、結果にこだわる必要はありますが、競技以外の活動から得られるものは確かにありますし、それが競技に好影響を与えることもあります。なので、現役アスリートもバランスを見ながら、様々な選択肢を検討してほしいです。
泉:トップアスリートは、一つの道を究めた人ですから、その力を政治に生かすこともぜひ検討してみてほしいですね。どうですか荒木さん、将来どこかの自治体で立候補してみては(笑)?
荒木:政治を行うには幅広い知見が必須だと思います。今、勉強中ではありますが、その準備が整ったうえで、もしそのような機会をいただければ考えてみたいと思います(笑)。
本日はありがとうございました。
<荒木氏提供> 【HEROs】
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