【浦和レッズ】伊藤敦樹「京都には本当に負けたくない」

浦和レッドダイヤモンズ
チーム・協会

【©URAWA REDS】

明治安田生命J1リーグ 第20節 京都サンガF.C.戦【MATCH PARTNER アールディーシー】を明日に控え、伊藤敦樹が試合に向けた意気込みを語った。

【伊藤敦樹】
(この2試合はピッチの外から試合を見ながらどんなことを感じたか?)
「この2試合は1勝1分ですが、難しい状況だと思いながら見ていましたし、そういった中で自分が入ったら何ができるのか、自分が入ってどう変えることができるかと考えながら見ていました」

(具体的にどんなことができると感じたのか?)
「自分の武器である前に出ていく推進力を出していければ、もう少し攻撃の形やバリエーションが増えたと思います。欠場したのは2試合だけですが、次に出る試合はチームとしても大事だと思いますが、自分の中でも大事です。自分が京都戦に出るかどうかはまだ分かりませんが、次に出る試合は自分の中で今年の分岐点になると思っています」

(なぜ次の試合は分岐点になるほど大事だと考えているのか?)
「昨季はメンバーに入ることが当たり前でした。今季は怪我を含めてですが、自分の立ち位置が変わっていると思います。ボランチにいい選手が多いですし、レッズの中で最も競争が激しいポジションだと思っています。誰が出るか、誰も分かっていません。だからこそ次に出たときには他のボランチとは違う自分の良さを出していなかければいけないと思っています。自分が主軸になるためには、次に出た試合でこの2試合よりもいい試合をして、結果を出す。それができるかどうかは、シーズン後半戦を戦う上で大事になってくると思います」

(そういうことを考えるのは、自分にプレッシャーをかけることにならないのか?)
「プレッシャーを感じていないわけではありませんが、必要以上に感じるタイプではありません。次に出る試合で結果が出なければポジションを取られると思います。昨季もそういう時期がありました。ちょうど今の時期くらい、平野(佑一)選手が加入して、僕はメンバーには入っても先発出場が一気に減りました。でも、少ない時間で結果を出すことができたので、ポジションを取り返すことができ、後半戦もしっかりと試合に絡むことができました」

(「京都戦に出るかどうかは分からない」とは言っていたが、そういう分岐点のようなタイミングで京都と対戦するのは何か因縁めいたものがあるのではないか?)
「京都には本当に負けたくないです。(流通経済大学で指導を受けた)曹 貴裁監督もいますが、それ以上に(流通経済大学でチームメートだった)アピアタウィア(久)選手に負けたくありません。開幕戦ではアピアタウィア選手がかなり喜んでいる姿を見て、心の底から悔しかったです。開幕戦の前にアピアタウィア選手と連絡を取り、『ユニフォームを交換しよう』と話していましたが、僕が悔しすぎて、ファン・サポーターにあいさつしてすぐに控室に戻ってしまいました。アピアタウィア選手も雰囲気を察したのか、話し掛けてきませんでした。アピアタウィア選手には負けたくないですし、曹監督には成長した姿を見せたいです」

(アウェイでの試合が続いたが、3試合ぶりにホームゲームを戦うことについてはどう感じているか?)
「ホームでは負けてはいけませんし、自分が言うことではないかもしれませんが、ファン・サポーターの方々もストレスがたまるような試合が続いていると思います。そういった状況でも応援に来てくれるファン・サポーターの方々のためにも、まずは結果で示したいです。個人として納得できるプレーをしながら、チームの結果が伴えばうれしいです」

(7月に行われる6試合を『HEAT UP 7 〜7月は浦和で熱くなれ〜』と題し、シーズン終盤に向けた大切な『夏季決戦』を全員で勝ち抜くべく取り組んでいるが、7月をどんな1ヵ月にしたいか?)
「後半戦が始まって、ここからの3試合、京都、FC東京、清水エスパルスとの戦いは順位や勝ち点が近いチームとの対戦になりますし、ここの連戦はこれから上位を目指していく上で本当に大事な試合になると思います。今季は特に暑いですが、ホームゲームが続きますし、夏の暑さには負けず、自分たちが熱い試合をしていきたいです。結果にこだわる7月にしたいです」

【浦和レッズオフィシャルメディア(URD:OM)】

次戦はホームゲーム!!
7/6(水)、京都サンガF.C.戦(19:30・埼玉スタジアム)
チケットのご購入はこちら
https://bit.ly/3um99bo

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著者プロフィール

浦和レッドダイヤモンズ

1950年に中日本重工サッカー部として創部。1964年に三菱重工業サッカー部、1990年に三菱自動車工業サッカー部と名称を変え、1991年にJリーグ正会員に。浦和レッドダイヤモンズの名前で、1993年に開幕したJリーグに参戦した。チーム名はダイヤモンドが持つ最高の輝き、固い結束力をイメージし、クラブカラーのレッドと組み合わせたもの。2001年5月にホームタウンが「さいたま市」となったが、それまでの「浦和市」の名称をそのまま使用している。エンブレムには県花のサクラソウ、県サッカー発祥の象徴である鳳翔閣、菱形があしらわれている。

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