「名工が作ったスクラムマシン」NTTリーグワン2022 第9節試合前コラム
【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】
グラウンドの隅から響く音
また数十秒程度、時間が空いて
バシンッ!
日が沈んでライトに照らされたスピアーズのグラウンドに、そんな音が響き渡る。
ライトの照明がやっと入りそうなグラウンドの隅に、フロントローといわれるスクラムを最前列で組み合う、ひときわ首の太い選手たちが集っていた。
囲むのは、一人用のスクラムマシン。
選手たちは、この一人用のスクラムマシンに対し、「ヒット」といわれる組み合う瞬間のフォームを確認し合っている。
8人で組むスクラムは、合計体重900キロを超える両チームがぶつかり合う「迫力」という言葉がしっくりくるプレーのひとつだが、実は極めて繊細なスキルを要する。
特に8人の力が結集するフロントローの選手たちは、こうした細かい技術の研磨に余念がない。
野球選手が素振りをするように。
ボクサーがシャドーボクシングをするように。
一人でスクラムマシンにヒットして、自分自身の感覚を確認する作業は、8人同士で組み合う前に不可欠な練習だ。
そして、選手たちが何百何千と当たってきた一人用のスクラムマシン。
この一人用のスクラムマシンを導入した当時のスクラムコーチ、昨シーズン退団した佐川聡さんもこの一人用スクラムマシンについて
「フロントローはもちろん、スクラムの2列目、3列目の選手に活用することでスクラムの基礎の強化に繋がった。精度の高い技術で、しかも丈夫。あのマシンがなければ、日々の練習メニューに大きな変更が生じたほど重宝した。」
とコメントする。
この一人用のスクラムマシンは、(株)クボタの従業員が製作したものだ。
製作から8年。いまだに選手たちのヒットを受け続けるこのスクラムマシン。今回は、それを作ったあるひとりのオレンジアーミーをご紹介したい。
※「オレンジアーミー」とはクボタスピアーズ船橋・東京ベイに係る人すべての総称。ファン、家族、会社関係、パートナー企業、そしてチーム関係者すべてがスピアーズを勝利に導く「オレンジアーミー」。選手たちは、そのオレンジアーミーの代表という意識で試合に臨む。
一人用のスクラムマシン。塗装や改造を行い、現在でも使用されている 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】
主に、水道管などに使用されるダクタイル鉄管の製造を行っている京葉工場。その従業員の佐藤和敏さんが前述のスクラムマシンを制作した。
佐藤さんは、工場内では、現場管理職も経験された方だが、スピアーズ関係者を含めて、親しみを込めて「かずさん」と呼ばれている。(以下、「かずさん」と記載)
そのかずさんは、修理工としての技術の高さが認められ日本栄典のひとつである「黄綬褒章」や、「現代の名工」の通称を持つ「国の卓越した技能者」も受賞している社内を代表する技能者の一人だ。
名工の技術がスクラムの技術作る。技術は技術を生む、そして人(選手)を育てる。
職人が作り上げたスクラムマシンでスクラム職人が作られる。
最初はそんな記事を書きたくて、話を聞こうと思った。
だが、話を聞いていてそんな自分が浅はかだと思った。
痛感したのは「スクラムマシンを作るにあたって難しかった点はなんですか」の質問への答えだ。
「ないな。」
あまりにもあっさりと答えるので拍子抜けした。
え?ないの?
だってこれだけ使われている。しかも8年間も。
スクラムの準備段階である「バインド」を意識した取っ手部分の位置、正しい角度でヒットしないと前に進むことができないようになっている絶妙な前面部分の角度。
技術が練り込まれ、計算されつくしているように思えるマシンだったからだ。
筆者自身も現役時代にお世話になった。
だけど、かずさん曰く、難しかった点はないらしい。
「もともとあった既製品を参考にして作ったし、長さや高さがわかれば角度もわかる。あとは材料を選んで、切って、溶接して完成。」
どう聞いても簡単には思えないことを、さらっと簡単に言ったかずさん。
いかにも当たり前なことを言うような表情に、技術職としてこれまで歩んできた仕事の大きさを感じることができた。
修理工の技術を極め、工場のため、会社のため、ひいては社会のために尽くしてきたその職人技は、スクラムマシンを作るなんて造作もない。
ただスクラムマシンを作るだけでなく
「壊れてないか?」「直すところはないか?」
とコーチ陣に聞いて、カスタマイズしながら今でもスクラムマシンは活き続けている。
一人用のスクラムマシンは、練習だけでなくラグビー体験イベントでも活躍(写真は2017年撮影) 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】
選手の肉体を鋼のように強くするのは、いつの時代だって鉄の塊だ。
主にそうした器具のあるウェイトルームに、かずさんの貢献は隠されていた。
ベンチプレスやスクワット、ミリタリープレスなどの際に、さらなる刺激を加える重厚なチェーンは、どのタイミングでどの程度の負荷がかかるか、長さも計算されている
瞬発力を鍛えるボックスジャンプ用のボックスは、100キロ以上の選手が飛び乗っても、ものともしない頑健さ。
心肺能力向上のために外国人選手が好んで行うボクシング用のサンドバッグを、天井から吊るしたのもかずさんだ。
そのほか、ウェイト器具から、重り用のラック、有酸素用のマシンまで、壊れて自分たちでは直せない時に、すぐにかけつけてくれた。
オイルを差して、ボルトを締めて、芯出しがずれていたら治具を使用して直し、時には溶接して自作する。
施設や器具の日々の管理は、もちろんチームのS&Cコーチが徹底するが、かずさんは自ら点検することもある。
その理由は
「ラグビー部が、安全に練習してほしいから。」
だという。
「あんなハードで危険なスポーツをしている。怪我が付き物だ。だからこそ、練習で怪我をしてほしくない。器具がちゃんと動き、安全にトレーニングして試合に臨んでほしい。」
ウェイトトレーニングを行うラピース選手。強くて大きいフォワード選手を作るにはジムでのハードワークも不可欠 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】
最初はラグビー部が嫌いだった
もうずっと前のこと、当時現場で職長を務めていたかずさんは、ラグビー部員の実習生を受け入れた。
しかし、その実習生の態度に疑問を感じた。
「俺はラグビーで入社している、という態度が悪い意味で出ていて横柄に感じた。実習の出来も良くなく、ラグビー部が嫌いになった。」
実習期間はほんの1〜2か月。ラグビー部が嫌いになったなら、その間だけでも我慢したり、距離を置くこともできただろう。
だが、かずさんはそうしなかった。あえてラグビー部に厳しく接した。
「お前たちがラグビーできているのは、ここ(工場)で製品を作っているからだ、ということを知ってほしかった。」
と語る。だが、決して厳しさだけではない、そのあとにこう続けた。
「その当時はあまりラグビーは見ていなかったが、ラグビーは怪我が絶えないスポーツということは知っていた。もし怪我してラグビーをやめなくてはいけなくなった場合、この実習の経験は絶対に活きる。現場、そして仕事というものを教えたかった。」
小さい時から野球や器械体操などのスポーツに打ち込み、就職してからは仕事に邁進してきた。
だからこそ、スポーツの魅力と厳しさ、そして仕事への責任感がよくわかる。
例え、嫌いなラグビー部でも、自分の現場に実習にきたら、仕事の仕方を覚えて帰ってほしい。
「だが、それも偏見だった。」
かずさんは、当時ラグビー部を嫌っていたことをそう話す。
偏見に気が付いたのは、初めて試合観戦に行った時だった。
ラグビー部の実習生の面倒を見るようになってから、初めてスピアーズの応援に行った。
実際、スタジアムで試合を見ると心揺さぶられるものがあった。
「ルールがわからなくても面白かった。防具もせず肉体と肉体がぶつかり合う。一人では成立せず、チームワークも必要になる。激しさと難しさが混在する。ラグビーに魅了された。そして、すごいんだなこいつら(実習生)と思った。」
それと同時に
「俺はラグビー部の一部しか見ていなかった。ラグビー部はすでに頑張っている。現場を知らなかったのは俺も同じだな。」
と思った。
それからのかずさんはラグビーにのめり込んだ。
実習生には相変わらず厳しかったが、より実習以外の部分まで想像して見るようになった。
いつの間にか実習中の仕事ぶりを見ていて、その選手のポジションを当てられるようにまでなった。
実習中の課題を見て、もっとこうしたら選手としてもブレイクするだろうに、と思えるようにまでなった。
人の成長にラグビー選手に特化したものなんてないだろう。
人との付き合い方、自己研磨の仕方、競争に勝つ術、そうしたものは普遍的な場合が多い。
ラグビーとはちょっと離れたところで、ラグビーのことも、それ以外のことも相談できるかずさんの存在は、選手たちにとってメンターのような存在になっていた。
思い出の秩父宮ラグビー場
その日は、応援するスピアーズの試合だった。
同じ京葉工場に勤務しよく話す、田村選手と古賀選手(2019年度退団)が出場するこの試合を、いつものラグビー仲間とバックススタンドで観戦していた。
27対19でスピアーズが勝利し、当時は行っていたグリーティングで選手たちがバックスタンドに挨拶に来た。
田村選手と古賀選手もこちらに来る。そして、その手には花束があった。
その花束は、その月に定年を迎えるかずさんに二人から渡された。
花束はチームが準備した。
いつもお世話になっているかずさんの定年のお祝いに、勝利と花束を贈りたい。
きっとかずさんはバックスタンドにいてくれるから。
最高のタイミングで感謝の気持ちを伝えたい。
選手には、きっとそんな思いがあったはずだ。
2017年9月9日 秩父宮ラグビー場で行われたクボタスピアーズvs豊田自動織機シャトルズの試合後の写真 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】
再雇用となり、工場に勤め続けるかずさんは、今年の9月に再雇用満了となる。
クボタスピアーズは名前が変わり、クボタスピアーズ船橋・東京ベイとして、NTTリーグワンを戦っている。
スピアーズは現在首位で、2位の東京サントリーサンゴリアスと明日対戦。
今回のメンバーには、かずさんが実習中に受け持った選手たちが何人も出場する予定だ。
かずさんに、明日の試合の期待や、今後のスピアーズについての期待について聞いてみると、
「ラグビーは工場と似ている。いろいろな人が様々な立場で、協力しあって、なにかを作り上げる。それが感じる試合ぶりを見せてくれたらそれでいい。試合にでる選手たちは、チャンスだと思って、自分の良いところを伸ばして頑張ってほしい。」
と返答が返ってきた。
かずさんと話していて、モノづくりとは人づくりだと改めて思う。
モノづくりを極めてきた人だからこそ、愛情深い長い目で成長を見守り、その可能性を信じる。
手を貸すべき時には手を貸し、叱る時は厳しく叱り、陰ながら自分ができることで貢献する。
そうして、たくさんの人たちによって成長した選手たちは、明日の秩父宮でどんなモノを見せてくれるのか。
名工が作るマシンで作られたワザか。
愛情深い思いでメンテナンスされたジムによって作られた鋼のフィジカルか。
ひとつひとつのプレーに思いが宿り、多くの人によって作られたワザの数々。
試合会場で見られるスピアーズのモノづくりに期待したい。
文:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ広報 岩爪航
写真:チームフォトグラファー 福島宏治
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