アプリ【期間限定無料公開】「100試合目の第一歩、チームプレーに徹する美学」宮本航汰インタビュー後編
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〜100試合目の第一歩、チームプレーに徹する美学」」宮本航汰インタビュー後編〜
5年ぶりにエスパルスへ復帰した今シーズン、中断期間中のケガもあり、なかなか出場機会を得られずにいた宮本航汰は、8月12日に行われたYBCルヴァンカップ・グループステージ第3節・鹿島アントラーズ戦を「最後のチャンス」と覚悟を持って臨んだ。両チームともすでに敗退が決まっていたなかでの“消化試合”であっても、彼にとってはアピールを懸けた決戦の舞台だった。
試合は2-3で敗れたものの、宮本は42分にエスパルスでの公式戦初ゴールをマーク。川本梨誉が右サイド深くから折り返したボールを、サイドから中央に走り込んで右足で合わせてネットを揺らした。
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「たかが僕のエスパルスでの初ゴールなんですけど、これだけたくさんの人が祝ってくれたのは素直にうれしかった。貢史くんに関しては、試合中も僕がゴールを決めた時、真っ先に祝福しに来てくれて、そのTシャツにも2人で喜び合ってる写真がプリントされてるんです。やっぱり仲間とゴールで喜び合うって最高だなって改めて感じたし、だからこそもっともっと勝つ試合を増やして、みんなで喜びを分かち合いたい。そのためにより一層頑張らなければいけないという気持ちが強くなりました」
ところが、得点という最も目に見える形でのアピールも、すぐに報われたわけではなかった。宮本は鹿島戦後からの約2週間を「自分にとって一番苦しい時間だった」と振り返る。「正直言うと、鹿島戦での手応えからして、すぐリーグ戦に絡めるようになるかなと思ったんです。ルヴァン杯でアピールすることがリーグ戦につながると信じて取り組んできたし、リーグ戦でなかなか勝てない状況が続いていたから、チーム力を底上げしたい、序列をひっくり返したいという思いもあった。だけど、そこから2週間ぐらいはベンチメンバーに入ることもできなかった。『結果を出したのにどうして?』っていう歯がゆさがあったし、気持ちのコントロールがすごく難しかったです」
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「あとはカズくん(吉本一謙)がご飯に連れてってくれた時、『試合に出てない時こそ人間性が出るぞ』という話をしてくれたのは、すごく心に残っています。それまでの僕は感情が態度に出てしまっていた時もあったと思うけど、『チームのことを一番に考えて行動していれば、見てくれている人はどこかに必ずいる』と言ってくれて、自分もやるべきことをやり続けないといけないなと改めて思いました」
そのように周りの選手と積極的にコミュニケーションを取るようになったのは、移籍を経て宮本が成長した部分の一つでもある。「特にJ2は選手の入れ替わりが激しくて、4年間でいろいろな選手と一緒にやったので、サッカーのこともプライベートのことも、以前より周りの選手と話すようになりました。自分としては『フランクに接することができるようになったな』と感じているんですけど、これを貢史くんが聞いたら、『オマエ人見知りのくせに! まだまだだぞ』って言われそうです(笑)」
石毛秀樹はそんな宮本の成長を微笑ましく感じている。
「航汰は『石毛くん、ご飯食べに行かせてください!』と言ってよく家に来るんですけど、例えば俺の奥さんの誕生日ケーキを買ってきてくれたりとか、すごく気遣いができるようになって、大人になったなぁと思います。やっぱり移籍を経験して、新しい環境にポンって飛び込むってなったら自分から周りに溶け込んでいかないといけないし、チームに馴染むには後輩よりもまずは先輩と仲良くしたほうが早いから、そういう《大人の世界を生き抜く術》みたいなものも、移籍中に経験して帰ってきたのかもしれないですね」(石毛)
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「やっと来たな」
9月9日、エディオンスタジアム広島で行われたサンフレッチェ広島戦の先発メンバーの中に「宮本航汰」の名前があった。待ちに待ったJ1デビュー戦であり、Jリーグ通算100試合の節目の一戦。宮本は5年間の積み重ねに思いを馳せながら、J1のピッチを踏みしめた。ただ、広島戦に関しては「(100試合達成が)メチャメチャうれしかったわけではなくて、普通に試合をして、負けたことがただ悔しい。そっちのほうが強かった」と振り返った。
より特別な感情が湧き上がったのは、翌節にホームで行われたJ1第16節・鹿島戦だった。IAIスタジアム日本平でのJ1出場こそ、アカデミー時代から長らく見据えてきた目標だったからだ。
「入場の時にあの音楽が流れて、鈴木克馬さん(スタジアムDJ)の『選手入場!』の声でピッチに入っていく。あぁ、小さい頃から見ていた景色と変わらないなって。やっぱりこれがエスパルスだなって。入場してスタジアム全体を見渡した時は、気が引き締まったというか、昂ぶるものがありました。ホームでは今年3試合に先発(カップ戦含む)しただけですけど、やっぱり僕にとって一番気持ちが入るのはアイスタだし、たぶんそれはこの先もずっと変わらないんだろうなと思います」
宮本の実家は清水区三保にあり、アイスタでホームゲームが開催される日には歓声が聞こえてくるのが小さい頃からの日常だった。「実家のベランダに出ると、応援や歓声がよく聞こえてくるんです。それってすごいことで、エスパルスが勝ってる時や盛り上がっている時こそ聞こえてくるものだと思う。自分がアカデミーにいた頃のエスパルスは、岡崎(慎司)さんや兵働(昭弘)さん、(藤本)淳吾さんとかがいて、ゴールがたくさん入って、ワーッと盛り上がっていました。観に来てくれた人がスタジアムを出た後もサッカーの話をしていて、『次の試合が待てないよ』ってぐらい喜んで帰ってくれる。そういう《強いエスパルス》をずっと見てきたから、戦術的なものは別として、もう一度、《強いエスパルス》をつくり上げないといけないし、当時の雰囲気に戻す。…というより、それ以上のものにしたいと思っています」
日頃、なかなか口に出すことはないエスパルスへの想いが溢れ出た。
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今シーズンは本職のボランチではなく、サイドバックやウイングバックでの起用がメインとなっている。「どのポジションにいてもボランチのことを考えながらやっている」とポジションの奪回をしたたかに狙いつつも、今はプロの世界で生き残ること、そしてチームへの貢献を最優先に考え、ガムシャラに日々取り組んでいる。
「『ボランチで成長した自分を見てほしい』という気持ちでエスパルスに帰ってきたし、それは今も消えてないですけど、それよりも今は与えられたポジションに必死でしがみつかないとダメだなと思ってやっています。やらないと生き残れないし、1年目の時のように『何もしないまま終わる』のはもう嫌だから。ボランチにしても、サイドにしても自分の強みはやっぱり誰よりも走ることだったり、味方をサポートするために切り替えを早くすること。攻守のスイッチャーとして起点になりたいと思っています」
「自分はそんなに派手なプレーをするタイプじゃないし、例えば慶太くんみたいにドリブルが上手いとか、はっきりと『ここを見てほしい』って言える部分は正直ないです(苦笑)。だけど、当たり前のことを当たり前にやって、周りに気が利くようなプレーをして、仲間が『良いね』って言ってくれたら、それで良いのかなって。ちゃんと見てくれている人に褒められた時が一番うれしいし、エスパルスのサポーターの皆さんなら、きっと良いプレーをした時には気づいてくれると思うから」
中村が「技術の塊」と表現したように、チームメイトからも一目置かれるテクニックを備えた宮本は、《強いエスパルス》がどんな光景かはっきりと思い描いている。来たるチャンスに備えて準備を怠らず、どんな形でもチームの力になること。それがプロとしての成長の軌跡であり、宮本航汰なりのエスパルスへの愛情表現である。
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