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WALK TO THE DREAM 果てしなき夢へ〜いわきFCの大いなる野望

いわきFC

第1回 最大の目標は「Jリーグ」じゃない。いわきFCが掲げるビジョン。

 2016年に産声を上げ、今年は東北社会人1部リーグで優勝を果たした「いわきFC」。これまで、サッカークラブとしては異例ともいえるストレングストレーニングへの注力ぶりや、日本初となる商業施設併設型クラブハウス「いわきFCパーク」の建設などが、大きな注目を集めてきた。

 だがそれらは、いわきFCというチームのほんの一部分でしかない。そして、本質はまったく別のところにある。

 いわきFCはなぜ誕生し、何を目指すのか。その背景にあるものは何なのか。この連載では、そこにフォーカスしていく。

Jリーグ参入は最大の目標ではない。

 2016年に船出したいわきFCの運営母体は「株式会社いわきスポーツクラブ」。スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店である株式会社ドームが2015年に設立した会社だ。そのため、いわきFCの選手達はアンダーアーマーのユニホームやスパイクを着用し、ドームが展開するスポーツニュートリションブランド「DNS」のサプリメントを摂り、「ドームアスリートハウス」でトレーニングを積む。

 選手達は一部のプロ契約選手を除く約8割が、ドームの関連会社ドームユナイテッドの社員である。彼らは午前中にドームいわきベースの敷地内に設けられた練習場「いわきFCフィールド」と商業施設併設のクラブハウス「いわきFCパーク」でトレーニング。全員で昼食を摂ってから14時から18時まで4時間ほど物流倉庫「ドームいわきベース」で勤務し、夕食を摂り解散。そんな毎日を送る。

 チームは2016年に福島県2部リーグで優勝。以来、毎年カテゴリーを上げ、2019年には東北社会人1部リーグで優勝。この11月に行われる「全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2019」での上位進出、そしてJFL昇格を目指している。

もちろん、その先に見すえるのはJ3、J2そしてJ1への昇格であり、期待を寄せるファンも多い。 だが、Jリーグ参入はいわきFCの最大目標ではまったくない。それは、株式会社いわきスポーツクラブが掲げるビジョン(=変わらない理念)から、明白に見て取れる。

「スポーツを通じて社会価値を創造する」

彼らはなぜ、このようなビジョンを掲げるのか。それは、チームの誕生背景を知ればよくわかる。

誕生前夜。

話は2011年にさかのぼる。3月11日の東日本大震災発生から8日後、株式会社ドーム代表取締役CEO・安田秀一と専務の今手義明は、支援物資を車に積み込んで被災地を目指した。

「行ける所まで行ってみよう」

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 ガソリンの補給が見込めない中、東京に戻れるギリギリの距離を計算し、たどり着いた場所。それがいわき市の小名浜だった。安田と今手は物資を届け、惨禍を自らの目で見た。そして、継続的な復興支援の必要性を痛感した。

「放っておいたら、福島から産業も仕事も人も消えてしまう」

 そんな思いから、彼らは動いた。東北の真の復興と、サステイナブルな成長。その後押しのためにできること。それは「雇用の創出」だった。ドームはいわき市に、アンダーアーマーの国内流通を一手に担う物流センター「ドームいわきベース」を建設。数百人の新たな雇用を生み出した。

 ただしドームは、この場所を単なる物流センターの枠に収めるつもりはなかった。

 震災で甚大なダメージを受けた被災者の人達の心に寄り添い、地域に活力を与える。そして、雇用した社員達がスポーツマインドを持って意欲的に働ける環境を作りたい。彼らは、かねてからそう考えていた。そして時を同じくして、楢葉町にあったJヴィレッジが震災の影響で使用できず、サッカー人口の多い浜通り地域のスポーツ環境は悪化。子ども達が屋外で運動できないことで、肥満や運動能力の低下が問題となりつつあった。

こういった状況を踏まえ、ドームが出した結論。それは、ドームいわきベースの広大な敷地内にスポーツファシリティを整備すること。そして、そこにサッカークラブを立ち上げることだった。

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探し求めていた答え。

 いわきFCとはもともと、2012年に誕生した県リーグ所属のクラブだった。そこに転機が訪れたのは2015年12月。チームがいわきスポーツクラブに運営権を譲渡する形で、現体制がスタートした。

 チームの再編成に際して招聘された人物が、現いわきスポーツクラブ代表取締役であり総監督の大倉智である。大倉は日立製作所を経て柏レイソルや米国メジャーリーグサッカーでプレーし、引退後はヨハン・クライフ国際大学に留学。帰国後はセレッソ大阪、湘南の強化部門を担当し、2014年に湘南ベルマーレの取締役社長、翌2015年に代表取締役社長となっていた。

 そんな大倉がJリーグクラブの社長の座を辞し、新たな一歩を踏み出したのは、いわきFCというクラブに大きな可能性を見出したからに他ならない。

 きっかけは、大学時代に親交のあったドーム代表取締役CEO・安田秀一との25年ぶりの再会だった。安田はかねてから「スポーツの産業化」を唱え、欧米に大きく立ち遅れ幾多の問題が残る日本のスポーツ界に向け、数々の提言を行っていた。

「経営ビジョンを持ち込むことで、スポーツは巨大なプロフィットセンターになる。スポーツビジネスの本質は、人が潜在的に持つ欲望や地域・学校へのロイヤリティをマネタイズすること。そこで得た収益は、子ども達や指導者の環境改善に向けて再投資される。日本でもそんなサイクルを作り、欧米のようなスポーツの産業化を進めたい」

 そんな安田の考えに、大倉は感銘を受けた。自身もJリーグクラブの運営体質に多くの疑問を持ち、サッカーそしてスポーツの持つ意味やスポーツチームの本来あるべき姿について、長い間考え続けていた。

「探し求めていた答えは、いわきFCにある」

 そう確信したからこそ、大倉はいわきスポーツクラブの代表へと身を転じたのである。

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WALK TO THE DREAM

 いわきFCは勝利至上主義のチームではない。Jリーグ参入もまた「スポーツを通じて社会価値を創造する」という壮大なビジョンへの、一つのプロセスに過ぎない。

 震災で大きな被害を受けたいわき市、そして浜通り。ビジョンの実現に向け、まずはこの地域の人達の思いに寄り添い、スポーツを核とした街づくりを目指す。「90分間、止まらない、倒れない」魂の息吹くフットボールという価値を提供し、地域の人達を勇気づけ、復興と成長の牽引役となる。

いわきFCの活動を通じて日本の未来を担う優れた人材を育て、あらゆるスポーツチームのお手本、子ども達の希望となる。そして、この地域創生モデルが東北全域、さらには全国各地に広がり、日本中が元気になる。

いわきFCが描くのはそんなストーリーだ。クラブのスローガンは「WALK TO THE DREAM」。彼らは今、果てしない夢への長い道のりの途中にいる。

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文・前田成彦
編集者。いわきFC関連の執筆の他、広報誌『Dome Journal』、DNSのオウンドメディア『Desire To Evolution』の編集長を務める。

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