富永啓生が再認識した“一つ一つの積み重ね”の重要性 フィジカル強化を経て「起爆剤」となった開幕戦
個人として“乗った”新シーズンの開幕戦
僕は失意のソフモア・シーズン(2021-22シーズン)が終わった後、その言葉に従った。五人制の日本代表で活動した期間の前後、人生で初めて筋トレで体をいじめ抜いたのだ。昨年の夏にもトレーニングはしたが、今回こなした量はそれとは比べ物にならなかった。
どこまで直接的に筋トレと因果関係があるかはわからないが、僕は代表で結果を残し、ネブラスカに帰ってからも好調を維持したままジュニア・シーズンの開幕に備えた。
迎えた開幕戦、フレッドがスターターに選んだのは、198cmの大型PGサム・グリーセル、シューターのC.J.ウィルチャー、今季のメンバーで最も個人能力の高いエマニュエル・バンドーメル、ビッグマンとしてはアンダーサイズながら高い運動能力でカバーするジュワン・ギャリー、そしてサイズがあり体も強いブレイス・ケイタという五人だった。
スターターに選ばれなかったのは残念だったが、とは言え気落ちはしていなかった。今シーズンは個人としてもチームとしても躍進できるという期待感があったからだ。
個人技に走りがちだった昨シーズンのメンバーと違い、今シーズンのメンバーはパスが回る。シューターのセットがコールされればきちんと遂行してくれる。ようやくチームで戦うことができるのは嬉しいし、特に僕のようなシューターにとってこの変化は大歓迎だ。
さて、この日は開幕戦にもかかわらず、1万5500人収容のアリーナに1万3000人弱しか観客が集まらなかった。男子バスケットボール・チームはここ数年低迷していたこともあり、人気があるとは言えないのが現状だ。アリーナを埋めたいという思いも、勝利へのモチベーションに繋がっている。
そんな僕たちにとって朗報だったのは、アリーナでの飲酒が解禁されたことだ。昨シーズンは客入りもまあまあな上に観客が全員素面(しらふ)だったので、他校のアリーナと比べるとかなり静かだった。プレーしていても物足りなく感じることが多かったというのが、偽らざる気持ちだ。
お酒の解禁は、予想通りポジティブな効果をもたらした。選手入場から盛り上がり方が違う。僕も早くこの環境でプレーしたいとうずうずしていると、前半残り14分辺りでフレッドに名前を呼ばれた。
最初のアテンプトは外れたが、デニム・ドーソンがオフェンシブ・リバウンドで繋いでくれて、セカンド・チャンスでスリー・ポイントを沈めることができた。観客は割れんばかりの大歓声だ。
タッチを掴めたのでそこからはアグレッシブに狙っていった。しかし、2本連続で外したところで一度ベンチに下げられた。昨シーズンの終盤ならここで出番が終わってしまうところだが、ありがたいことに今シーズンは中心選手の一人としてローテーションに組み込まれている。フレッドは前半残り五分で再び僕をコートに戻してくれた。
以前も書いた通り、僕は常に同じ気持ちでプレーしているつもりなのだが、幼い頃は試合ごとにやる気が違うように見えるとよく父に指摘されたし、実際にビッグマッチになると燃えるのが自分でもわかる。
「燃える」のと同様に、もう一つ自分ではコントロールできない心の現象がある。「乗る」というやつだ。
一つのいいプレーがきっかけとなり、次々にいいプレーが生まれていく。読者の皆さんの中でもバスケをする方なら経験があるのではないだろうか。
この試合、二度目の出番で僕は乗った。きっかけはブロックショットを決めたことだった。
ディフェンスもフィジカルと共にフレッドから指摘されている僕の課題だ。桜丘高校時代は得点を取る代わりにディフェンスを免除されていた。そのため、ディフェンスに真剣に取り組むようになったのはアメリカに来てからなのだが、練習を重ねるにつれてその面白さがわかってきた。
ビッグ10カンファレンスにはNBA予備軍のエリート選手が大勢所属している。彼らはポテンシャルの塊で、サイズと能力の勝負ではとても僕には太刀打ちできない。だからポジショニングやローテーションを常に正しく選択しなければならないし、加えてエナジーを出してプレーをすることでなんとかサイズと能力の差を埋めようと頑張っている。
当然のことながら、自分より大きくて能力の高い相手をブロックするのは難しい。正しい選択とエナジーの両方が欠かせない。つまり、あのブロックショットには僕が課題として取り組んできたことが集約されていたし、だからこそあれが乗るきっかけになったのだと思う。
ブロックした直後のオフェンスでこの日2本目のスリーを決めたのを皮切りに、僕はそこから三分半の間に10得点を挙げた。
ネブラスカは前半に作ったリードを守って79対66で開幕戦に勝利。個人としても19得点と満足のいく活躍ができた。
試合後の記者会見で、フレッドは言った。
「啓生はベンチからの起爆剤になってくれた。最初はちょっと制御不能になっていたから一度ベンチに下げたけれど、その後の活躍はすさまじかった。彼の活躍が前半我々がリードした理由の大きな部分を占めている」
フレッドは優しい人だ。僕が指導を受けたコーチの中で最も優しい人だと断言できる。しかし、今まで厳しいコーチの下でしかプレーしてこなかった僕は、慣れるのに時間がかかった。昨シーズンは予定より早く交代を告げられた時、出番が減っていった時に戸惑った。フレッドがあまりにも怒らないので、何がダメだったのか、何を改善すれば試合にもっと出られるのかがわかり辛かったのだ。
しかし、今年の開幕戦で早めにベンチに下げられた理由に僕は気づいていた。制御不能はやや厳しめな言葉だが、表現はどうあれコーチの考えが理解できるようになったのは大きな進歩だ。
もちろん、フレッドにとっても一年前と今では僕に対する印象が大分変わったことだろう。
実は33得点を挙げた夏のオーストラリア戦の後、試合を観てくれたフレッドから「いいプレーだった」とテキストメッセージをもらった。国際試合で結果を出したことがミニッツの増加に繋がったのか。それよりも指示に従ってトレーニングに励んだことを評価してくれたのか。
おそらくはその両方だろう、と僕は思う。
コーチからの信頼を得るには一つ一つの積み重ねが大事だ。昨シーズンのように、気ばかり急いてもいい結果は生まれない。その代わり、毎日真摯に取り組んでいれば、ゆっくりながら着実に評価は上がっていく。
一足飛びにはいかないそのプロセスは、なんだかフィジカルのトレーニングに通ずるところがあるようだ。
書籍紹介
【写真提供:ダブドリ】
その後はアメリカ留学を決断し、コミュニティ・カレッジのレンジャー・カレッジを経て、NCAAディビジョンIのネブラスカ大学に転入しました。
本書はそんな富永選手がネブラスカでの挑戦を軸に、日本代表に懸ける情熱や家族の大切さなどを綴った初の自叙伝となります。
最終的にはエースとしてネブラスカ大学をカレッジバスケ最高峰の舞台NCAAトーナメントに導いた富永選手ですが、そこまでの道のりは平たんではありませんでした。
失意に終わった加入初年度から翌年の躍進の裏で何が起きていたのか。エースとなった最終学年に、どのようにして全米1位のパデュー大学を倒したのか。こうしたアメリカにおける成長物語と、幼少期やウインターカップ、ワールドカップなどのエピソードが交差することで、天才シューター富永啓生の思考を立体的に理解することができます。
日本人4人目のNBA選手となることが期待される富永選手を、より深く知ることのできる本書。バスケファン必読の1冊です。
出版社:株式会社ダブドリ