セーヌ河岸を「フェス会場」に変えたパリ五輪開会式 ラジカルな企画、演出から見えたフランスらしさ

大島和人

パリで感じた「多様性」のリアル

パリ市民は厳重な警備を前にしても「自然体」だ 【写真は共同】

 日本時間の午前2時半から眠い目をこすってテレビで開会式を視聴した皆さんは、演出に対してどのような感想を持っただろうか? 人種や性的指向といった「多様性」にもかなりラジカルに向き合った内容だったし、意味が伝わりにくい部分、違和感が残る部分もあったに違いない。

 アートとして強いこだわりを感じるセレモニーだったが、不特定多数を意識しない、かなり先鋭的な内容だった。例えばマリー・アントワネットと思しき女性の「首」が登場したシーンは日本なら考えられない演出だし、皆さんが「気持ち悪い」と感じる見せ場もあっただろう。選曲もセリーヌ・ディオンが歌い上げた『愛の讃歌』のように老若男女を選ばない定番曲はあったが、かなり若者に振り切った印象だった。

 ただ船上パレードの開催もそうだが、あれだけ「振り切れる」「踏み込める」ところがフランスらしさなのだろう。

 パリ市内を少し移動すれば分かるが、この国は我々よそ者がまったく浮かない。ヨーロッパ系の人はもちろんだが、中東系、アフリカ系、アジア系の住民が決して少なくない比率で暮らしていて、筆者は「ジロジロ見られる」経験をまだしていない。街のコインランドリーに行けば「ボンジュール」「ムッシュー」と声をかけられ、避けずに遇してくれる。もちろん民族的な多様性による負の側面が皆無ではないだろうが、とはいえカラフルな肌の色が自然に共存している。

 五輪開幕を前にしたパリ市内は物々しい雰囲気が漂っていて、要所要所には警察官も配置されている。自分が興味深く思ったのは、その先に警察官がいても、市民が平気で赤信号を無視する行動だ。日本ならおそらく警察官が笛を吹いて注意する注意される場面だが、パリの警察官はまったく反応をしない。安全確保は自己責任であって、他者がとやかく口を出すべきでないというポリシーなのだろう。

 是非は別にして他者へのリスペクト、いい意味での無関心が社会に根付いている。

異なるバックグラウンドの人々が会する意味

フランス社会の「思い切り」が出た開会式だった 【写真は共同】

 今の時代にオリンピックがどのような意義、価値を持つのか? これはなかなか答えの出ないテーマだ。コロナ禍の開催となった東京大会は特に国内から強い反発が出ていたし、大会後の汚職事件も含めて日本国民は「利権」といったワードと五輪を結びつけるようになっている。

 大会の安全な運営、全世界からの選手、メディア、観客の受け入れといった作業は膨大な「ヒトとカネ」を要する。それが大きな経済活動であることは否めないし、国際オリンピック委員会(IOC)がある種の強権を振るう場面もあるだろう。

 しかし五輪は強力な吸引力を持つお祭りで、稀有な国際交流の場だ。開会式の観客を見ても間違いなく全世界から同じ場所に集っていた。異なるバックグラウンドを持つ人々が「同じ盛り上がりを共有する」ことにはきっと意味がある。

 国籍の違うアスリート同士で言葉は伝わらないかもしれないが、真剣勝負を通じてお互いの価値を知ることができる。そもそも今は日本人選手も卓球、陸上、サッカーなど海外でプレーや練習を積んでいる例が増えていて、オリンピックに出るようなアスリートは「国際人」が多い。その効果が仮にささやかではあっても、国際交流は世界平和に寄与するはずだ。

 陳腐な表現だが、スポーツが社会の決して少なくない人間に「勇気と感動を与える」活動であることも事実だろう。

 パリはそんなイベントの開催地として悪くない。他者の行動を受け入れる。肯定はできなくても「善意の無視」をするーー。そんなフランス社会だからこそリスクへのチャレンジ、ラジカルな演出も許された。

 今回の開会式が「口に合わなかった」視聴者がいたかもしれない。しかしあれが等身大のフランスであり、彼らはそれを堂々と誇りとともに表現した。セーヌ河岸の人混みと、ホテルの部屋で開会式を堪能した一人の“エトランゼ”(異邦人)が持った率直な感想だ。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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