井口資仁『井口ビジョン』

井口資仁が伝える側に移って観察する日米の野球 野球人としてしての「引き出し」を増やす日々

井口資仁
 高校では甲子園出場、大学では三冠王と本塁打新記録。

 プロ野球では日本一、メジャーリーグでは世界一を経験し、ロッテ監督時代は佐々木朗希らを育てた。

 輝かしい経歴の裏には、確固たる信念、明確なビジョンがあった。ユニフォームを脱いで初の著書で赤裸々に綴る。

 井口資仁著『井口ビジョン』から、一部抜粋して公開します。

フラットな立場から観る日米の野球

井口氏はMLBでもパドレスなど3球団でプレーした経験を持つ 【写真:ロイター/アフロ】

 26年着続けたユニホームを脱いで、あっという間に1年以上が経ちました。

 現在の肩書きは「野球評論家」。有難いことに、テレビをはじめ、新聞、ウェブサイトなど様々な媒体で活動させてもらいながら、充実した時間を送っています。物足りなさを感じたことはありません。

 これまで「取材される側・伝えられる側」にいましたが立場が逆転し、今度は「取材する側・伝える側」となったのです。当然、最初はなんだか落ち着かない、据わりの悪い感覚がありました。今でも完全に慣れたわけではありませんが、1人でも多くの人に野球の面白さや魅力を感じてもらいたいと思い、試行錯誤の毎日です。

 振り返ってみれば、少年野球をしていた小学生の頃からロッテの監督を退任するまでの約40年、僕は必ずどこかのチームに所属していました。2004年オフにダイエーから自由契約となった時、2008年にパドレスから戦力外通告を受けた時など、一時的に所属先がなかったことはありますが、現在のように長くチームに所属しないことは初めて。まったくフラットな立場から観る野球は非常に興味深いものです。

 1997年のプロデビュー以降はダイエーで8年、2009年に日本球界へ戻ってからはロッテで9年、さらにロッテでは監督として5年。日本のプロ野球は2球団に関わっていただけですし、この14年間はロッテしか知りません。なので、2023年2月に取材者として訪れたキャンプは12球団それぞれ、とても新鮮でした。

 まずは選手名鑑と睨めっこしながら、各球団にどんな選手がいるのかを必死に予習。対戦を繰り返したパ・リーグの選手は大体覚えていますが、セ・リーグとなると話は別です。「こんな選手がいるのか」「この選手は面白そうだ」など、読み進めながら驚くこともしばしばでした。

 実際にキャンプ地を訪れると、当然ながら球団によって施設が違いますし、練習メニューや球場に漂う雰囲気も違う。僕が対戦相手として見ていた時と印象が変わらないチームもありましたし、新監督を迎えたことでチームの雰囲気がガラッと変わったチームもありました。

 最も強く印象に残っているのが阪神でした。岡田彰布監督を15年ぶりに指揮官として迎え、球場にはピリッと締まった非常にいい空気が漂っていたのです。大山悠輔を一塁、佐藤輝明を三塁に固定して、いい緊張感のあるノックをしていました。結果として、2023年は断トツで18年ぶりにセ・リーグ優勝を果たすと、オリックスとの関西対決となった日本シリーズを4勝3敗で制して38年ぶり2度目の日本一。春季キャンプで感じた雰囲気の良さはここにつながったんだ、と納得しました。

 3月にはメジャーリーグのキャンプ地にも取材で訪れる機会に恵まれました。パドレスに所属した2008年以来ですから、メジャーのキャンプ地に行ったのは実に15年ぶりのことです。まずはアリゾナ州ピオリアにあるマリナーズの施設へ行き、会長付特別補佐兼インストラクターを務めるイチローさんにお会いしました。マリナーズとパドレスのキャンプ施設は同じ敷地内で隣り合わせです。15年前にメジャー最後のキャンプ生活を送った場所から、メジャー取材をスタートさせることになったのも不思議な縁を感じずにはいられませんでした。

 アリゾナにあるキャンプ地を一通りまわった後は、同じくキャンプ地が集まるフロリダ州に移動。オープン戦を客席から観る機会もありましたが、ダグアウトから見る野球とはまったく別もので、本当に新鮮な経験となりました。

 いち野球ファンとして観に行こうと、第5回WBC準決勝・決勝のチケットを購入していたのですが、取材できる幸運にも恵まれました。あれほど大きなイベントに居合わせたのは1996年のアトランタオリンピック、2005年のワールドシリーズ以来のこと。どちらも選手として参加していたため大会そのものを楽しむ余裕はなかったので、球場が一体となって沸くような盛り上がりを肌で感じられたこと、まるでドラマかと思わせる侍ジャパンの劇的勝利の瞬間をこの目に焼き付けられたことは、何ものにも代え難い貴重な経験となりました。

野球評論家として増やす新たな引き出し

 シーズンが始まってからは、メジャーリーグやプロ野球の試合を解説したり、スポーツ情報番組にレギュラー出演したり、最近はすっかりスーツ姿が定番となっています。ユニホームを脱いだ当初こそ、手持ち無沙汰な感じがしましたが、今は少し俯瞰した立ち位置からいろいろなスタイルの野球を観ることが本当に楽しい。取材をしながら「もっとこういう風にできたら良かったんじゃないか」「あの球団はこんないい取り組みをしているのか」など考えさせられることも多く、野球人として今までとは違った引き出しを増やす機会になっています。

 また、12球団すべての本拠地球場で試合をしたことはありますが、球場のスタンドやコンコース、放送席や記者席などの舞台裏は、僕にとっては未踏の場所。グラウンドでのプレーが見やすい球場もあれば、こんな高い位置から解説していたのかと驚く球場も。百聞は一見にしかず、ではありませんが、自分が経験して初めて気付くことの多さに驚かされます。

 僕は野球評論家にもまた、野球ファンを増やすという使命があると考えています。監督や選手として試合に直接関わる立場ではなくなっても、野球を盛り上げる方法は無限にあると思うのです。例えば評論家であれば、試合中のどの場面にポイントを置けば、観る人により深く野球の楽しさを感じてもらえるか。野球をあまりよく知らない人でも、分かりやすいように伝えるにはどうしたらいいか。僕たちが当たり前のように使っている「テイクバック」「トップを作る」「ボールを呼び込む」といった表現も、野球をよく知らない人には一体何の話だか分からないでしょう。観る人・聞く人に易しい説明をすることを頭に置きながら、僕なりの工夫をこらすように努めています。

 解説をする時は、どうしても「なぜその事象が起きたのか」という結果論を語ることが多くなります。そこで、プレーが始まる前に「この場面はこういう作戦になるのではないでしょうか」「次の球がボールになるとヒットエンドランやバスターエンドランの確率が高まります」「この打者は初球から振ってくるタイプなのでバッテリーは警戒した方がいいですね」などと、起きる可能性があるプレーについて話をすることも増やしました。そうすると、観ている人は「本当にそうなるのかな」と興味を持って次のプレーを観るようになる。言った通りになれば「なるほど」と思ってもらえるでしょうし、違う展開になれば「なんでこうなったんだ?」と理由を知りたくなるでしょう。興味を持ってもらうこと。それが「好き」が深まる第一歩だと思うのです。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

 高校では甲子園出場、大学では三冠王と本塁打新記録。

 プロ野球では日本一、メジャーリーグでは世界一を経験し、ロッテ監督時代は佐々木朗希らを育てた。

 輝かしい経歴の裏には、確固たる信念、明確なビジョンがあった。ユニフォームを脱いで初の著書で赤裸々に綴る。
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