現地発! プレミア日本人の週刊リポート(毎週水曜更新)

橋岡大樹の気合いと冨安健洋の平常心 残留争いと優勝争いの熱のなかで2人が見せた異なる姿

森昌利

橋岡は気概を持ち英国社会に食いついている

アーセナル戦の3日後、橋岡(右から2番目)はホームのボーンマス戦に慣れ親しんだ右ウイングバックとして先発出場。後半17分に退いたが、チームはその後2点を奪って逆転し、11試合ぶりとなる勝利をつかんだ 【Photo by Nico Vereecken / Photo News via Getty Images】

「バンバン、バンバン言い合う、喧嘩をするくらいでいい」という発言も英国暮らしが30年近い筆者には好ましい。この国で黙っていてはどんどん存在感が薄れる。不言実行はナンセンスだ。こちらの人間は、思っていることを言葉にしなければお互いに理解することはできないという考え方をする。

 もちろん間違っていることを言えば反論されるし、反感も持たれる。しかしそこから学ぶことも多い。英国社会ではまず意見を言うことが大切なのだ。

 ピッチ上で全てを表現できているから何も語る必要がない、というレベルに達したリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドくらいになれば黙っていてもいいかもしれないが、この国ではとにかく気持ちを伝え合う、意見を言い合うということで人間関係を作る。黙っていると意見がないと同時に不満もないと見なされ、何も考えていないか、ただ現状に満足している人間だと思われる。

 しかし橋岡はそんな英国社会に食いついている。“日本人だから黙っていると思うなよ”という気概を持って。

 そんな気合い満点の橋岡だから、試合後ルートンのロブ・エドワーズ監督は、「彼のベストポジションではないところをやらせており、ハシ(橋岡)には負担をかけている」と話すと「I LOVE HIM」と続けて、オウンゴールで相手に得点を与えた日本代表DFを完全に擁護した。

 さらに「彼は本当に素晴らしい人物。自分の持てる全てをチームに捧げている。今日のパフォーマンスにも満足している。よくやったと喜んでいる」と語って、橋岡を手放しで褒めた。

 ルートンはアーセナル戦から中2日、4月6日にホームゲームを戦った。この試合で1点を先行されながら、終了間際のゴールで2-1の逆転勝利を飾った。筆者は同日に行われたブライトン対アーセナル戦の取材に出かけて、この劇的な試合には立ち会えなかったが、最終スコアを見た瞬間、橋岡の喜びが伝わってきたかのように感じた。

 メンバー表を見ると、24歳日本人DFは先発したが、後半17分に交代しており逆転した瞬間はピッチ上にいなかった。けれども前回、3月13日に行われたアウェー戦で3点のリードを守りきれず、衝撃的な3-4逆転負けを喫したボーンマスを相手にリベンジを果たしたチームの勝利を、橋岡はベンチにいながらまるで自分が決勝弾を決めたヒーローのように、誰よりも喜んだに違いない。

 無論、筆者もルートンの勝利を心からたたえながら、橋岡が「全然いける力はあると思う」と今季の残留を信じる言葉を思い出していた。

 現在の順位表を見ると、最下位のシェフィールド・ユナイテッドと19位のバーンリーの降格は確定的で、ありがたくない最後の3クラブ目のチャンピオンシップ(英2部リーグ)行きは、勝ち点25で並ぶ17位ノッティンガム・フォレストと18位ルートンのどちらかとなる公算が高い。

 というわけでここは、約9200キロ離れた英国と日本の距離は承知の上で、日本のサッカーファンのポジティブな念を橋岡が必死に全力を尽くすルートンに送っていただき、少しでもトップリーグ残留の助けになってほしいと願う。

冨安の表情には迷いがなく威厳さえ感じた

冨安(右)にとって復帰3戦目となったブライトン戦。前の2試合に続いて終盤に投入され、左サイドのポジションで自身の役割を果たし、1引き分けを挟んでのリーグ10連勝に貢献した 【Photo by David Horton - CameraSport via Getty Images】

 一方、ブライトン対アーセナル戦の後には冨安健洋と久々に言葉を交わすこともできた。

  英語で冷静な人間を『as cool as a cucumber』(きゅうりのようにクール)と表現するが、その言葉の通り、プレミアも3季目となり、チームとともに成長を続ける冨安は、橋岡とは一転して非常に落ち着いた印象だった。

 三つ巴の優勝争いのただ中にあり、そしてドイツ王者のバイエルン・ミュンヘンとの欧州チャンピオンズリーグ準々決勝を目前にして「チームの雰囲気はどうだ?」と聞いた筆者に対し、「昨シーズン優勝争いを経験しているので、無駄な気負いはなくやれている部分はある。昨年の経験は大きいと思います」とコメントした。

 なるほど、と思った。残留争いの場合はネガティブを振り払う気合いや緊張感も必要だろうが、優勝争いには気負いは禁物なのだろう。我々には力がある。そんな自信に裏付けられた平常心で戦うのだ。

 そして久々に間近に見た冨安には威厳さえ感じた。まだ25歳だというのに、その表情に迷いがない。やっぱり世界のトップレベルで戦うアスリートというのは、精神面も恐ろしいほど早く成熟するのだろうか。

 ただし、「アジア杯後、復帰までに少々時間がかかったようだが」と質問が飛ぶと、「1~2週間で復帰する予定だったのですが、ちょっと長引いてストレスは溜まりました。長く感じた1カ月でしたね」と苦笑混じりに語って、20代半ばの若者らしい表情も見せてくれた。

 冨安は本当にいいところで帰ってきた。本人も「残りの2カ月、怪我なくフィットした状態でやり切れればいいなと思います。プレミアリーグと欧州チャンピオンズリーグがあるので、しっかりとタイトルを取って、それに貢献できればいい」ときっぱり。“残りの2カ月”ということは6月1日に予定されているチャンピオンズリーグの決勝もしっかり意識した発言だ。けれどもこういうことを言っても違和感がない風格が漂う選手になった。

 これは余談だが、この試合に日本代表の齊藤俊秀コーチが視察に訪れており、腰の故障で今季中の復帰が微妙と伝えられている三笘薫も含めて、冨安と3人で試合後に30分ほど話し込んでいた。

 我々記者団がいるミックスゾーンから5メートルも離れていない、アウェーチームの控え室に通じる通路で熱くサッカー論議をしているのが聞こえた。

 取材には応じなかったが、三笘は笑顔で我々の前を通りすぎ、その歩様はごく自然で故障の影響を感じさせなかった。

 できるだけ早く復帰してほしいという気持ちは強いが、まずはしっかりと完治させることが大切。そしてまたプレミアの舞台で1対1を打開する強さを発揮して、胸がすくようなパフォーマンスを見せてほしいものである。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2023-24で23シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル28年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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