仙台育英・須江航監督×多賀少年野球クラブ・辻正人監督 日本一の監督対談<後編>「子どもたちに野球を選んでもらうために」

大利実

20年前から感じている野球界の危機

野球人口は減り続けている。子どもたちに野球をやってもらうためには何が必要なのか 【写真は共同】

――辻さんは、須江さんに聞きたいことはありますか。

辻監督
 今一番の危機感が、野球をやる子どもが減っている以前に、公園で遊ぶが子が減っていることです。どうしたら、スポーツをまったくやっていない子どもが公園に出て遊ぶようになるか。そして、公園に出た子どもが、どうしたらスポーツをやるようになるか。そのなかで、野球を選択してもらうにはどんなアプローチがいいのか。そんなことばかりが頭にあって、その隙間に自分のチームのことを考えています。

須江監督 まずひとつは、環境の提供ですよね。ぼくが大谷翔平選手だったら、全国にグラブを届けたいのですが。今後、さまざまな地域の小学校・中学校で統廃合が進み、空きグラウンドが増えていく可能性があります。そういう環境をうまく整えて、行政などの理解も得ながら、活用できるようにしていきたいですよね。野球はボールが飛ぶ分、危険性を伴う競技なので、どうしてもある程度のスペースが必要になります。

辻監督 ぼくは20年ぐらい前から、「野球やばいぞ……」と感じていました。ここ数年でようやく、プロ野球や高校野球の関係者が危機感を持つようになってくれました。今の子どもたちが大人になって結婚したあと、自分の子どもに野球をやらせてあげる環境があるのかどうか。そんなところまで考えています。うちの子らによく言うのは、「今、親に感謝の気持ちを持てなくてもいい。おれも、小学校、中学校のときはそんなことを考えて野球はやっていなかった。でも、大人になって家族を持ったときに、親にやってもらったことを我が子にもやってあげてほしい。親になったときに、我が子に返してあげてな」と伝えています。

――とてもいい話ですね。

辻監督
 卒団するときに必ず伝えている話です。そのためにも、野球ができる環境を作っておかないといけないと思っています。

須江監督 あとは、とてもシンプルなことを言えば、「野球をやることによって、どんないいことがあるのか」をもっと周知する必要があると思います。特にお父さんやお母さんたちに、「少年野球をやることで、人生にどんないい影響を与えてくれるか」をプレゼンする。野球は負担が大きすぎるんですよね。練習も試合も、時間がかかりすぎる。その時間を少なくして、いかに成果を出すか。これは野球を普及させていくなかで、一丁目一番地ぐらい大事なことだと思います。

辻監督 「権限」と言ったらあれですけど、子どもを連れていくのも、何のスポーツをさせるかも、家庭の中でお母さんが握っていることが多い。お母さんに認められるスポーツにならないと、野球の人口はさらに減っていくと思います。

二人が考える「野球の魅力」とは?

――いいテーマが出たので、須江さん、辻さんが考える「野球の魅力」で締めさせてください。

須江監督
 自分で言っておきながら、難しいですね。少し考える時間をください。

――辻さんはどうですか?

辻監督 野球にかぎらず、スポーツ全般の話になりますが、スポーツって失敗しますよね。これが最高にいい。失敗したあとに次にどうするかを考えて、また挑戦していく。スポーツをしなかったら、失敗を経験する機会が少ないと思うんですよね。失敗をすることで、「心の基礎体力」というか、失敗に対する体力が身についていく。負けても強い。負けても立ち上がることができる。それが、楽しいことだと思えてくる。その考えが小学生のときに身につけば、仕事に対してもどんどんトライできる人間になるんじゃないかと思っています。

――では、須江さんに締めを。

須江監督 野球は、非常に特殊な競技です。なぜなら、ボールを持っていない守備側に主導権があるからです。ほかの球技にはない特殊性があります。守備側に、「相手をどうやって攻略していくか」という選択肢が与えられている。つまりは、守備がアクション型で、攻撃はそれを予測したうえで動くリアクション型。ひとつの競技の中で2つ以上の思考やゲーム性があるのが複雑かつ面白いんですよね。

――だから、ある意味では難しい。

須江監督 あとは投げること、捕ること、打つこと、走ることが必要で、使う筋肉の数がほかのスポーツよりも圧倒的に多い。そのため、運動能力が伸ばされていく。たとえ中学や高校でほかのスポーツをするとしても、子どもの頃に野球をやることで選択の幅を広げることができます。スポーツの導入として水泳や体操を選ぶ家庭が多いと思いますが、少年野球をすることで、運動能力が高まり、何かを選択して実行するという思考力も身についていく。と、思っているので、ぜひ野球をやってほしいですね。

――最後にいい締めをありがとうございました!

(企画・編集/YOJI-GEN)

辻正人(つじ・まさと)

1968年1月25日生まれ、滋賀県多賀町出身。近江高から近畿大に進み、20歳の時に多賀少年野球クラブを設立。指導歴は2024年現在で36年を数え、これまでに監督として軟式少年野球の全国大会で3度の優勝歴を持つ。教え子には則本昂大(楽天)らがいる。

須江航(すえ・わたる)

1983年4月9日生まれ、埼玉県比企郡鳩山町出身。八戸大卒業後、母校・仙台育英高の系列校である秀光中に教師として赴任し、野球部監督に。2014年には全国中学校軟式野球大会でチームを優勝に導いた。2018年に仙台育英高の監督に就任。2022年夏の全国選手権で東北勢初となる甲子園優勝を果たした。

2/2ページ

著者プロフィール

1977年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、スポーツライター事務所を経て独立。中学軟式野球、高校野球を中心に取材・執筆。著書に『高校野球界の監督がここまで明かす! 走塁技術の極意』『中学野球部の教科書』(カンゼン)、構成本に『仙台育英 日本一からの招待』(須江航著/カンゼン)などがある。現在ベースボール専門メディアFull-Count(https://full-count.jp/)で、神奈川の高校野球にまつわるコラムを随時執筆中。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント