姫野和樹がコンプレックスを告白した夜「ずっと普通の家庭がうらやましくて」
常に明るく、ファンの声援にも温かく応える姫野和樹。日本代表のキャプテンとして自身2度目のW杯に臨む 【写真:アフロ】
その姫野が、8月3日に発売された著書『姫野ノート 「弱さ」と闘う53の言葉』で幼少期の経済的な苦労について記している。
その一部を抜粋しよう。
「僕も貧乏だった。日々の生活に困窮するくらいに、貧しかった」
「給食費もまともに払えなかった。僕は毎月必ず先生から給食費を催促された」
「『ここが姫野んチか』と友達に知られるのすら恥ずかしくて嫌だった」
「遠征費用が払えなかったのだ。遠征費用はたしか4万円ほどだったはずだが、我が家にとっては4万円は大金だった」
今ではチームメイトを明るく引っ張り、さわやかな笑顔でファンと語り合う姫野が抱えていた思いとは――。(取材日:8月7日)
※リンク先は外部サイトの場合があります
家族のことを聞かれ「泣いちゃったんですよ」
もともと、そのことについてはすごくコンプレックスに感じていて、ずっと、誰にも見せたことがなかったです。知られないようにしていて。
でも、社会人になってから仲が良い先輩の川西智治(流経大柏-流経大-トヨタ自動車)さんと一緒に飲んでいた時に、「家族の話をしないけど、家族とは何かあるのか?」って聞かれて泣いちゃったんですよ。
ずっと普通の家庭がうらやましくて、ずっとすごいコンプレックスで、初めてその時に川西さんに本当のことを話せたんです。すごく信頼している方だったので。
川西さんは「なんとなくそうなのかと思っていた」と言った後に「そういう環境の人って世の中にたくさんいるけど、日本代表になった姫野がそういうバックボーンを持っていると伝えることで勇気をもらえる人がたくさんいるんじゃないか?」と話してくれて……。
そう言われた時に、同じ境遇の子どもたちが今もいると思いますし、「これは自分の責任なのかもしれない」と感じました。
その後、TBSのテレビ番組「情熱大陸」さんに取材していただいた際にこの話を初めてしたんです。言葉が悪いですけど「クソ」みたいな環境からでも、自分次第で何者にでもなれるんだよ、ということを知ってもらいたいという思いがあります。
――日本では学校には通えていたり、一見すると困窮が見えにくく、子どもたちが十分なサポートを受けられないこともあると聞きます。
海外のラグビー選手でも、僕より環境が悪い中で育った選手もいますし、話を聞くこともあります。
海外と日本では経済の違いもありますが、日本は貧困という問題が表立って見られにくい、という事実はあると思います。また、単純に貧困ということが子どもたちには恥ずかしさもあるだろうし、そういうことから助けを求めるよりも、違う道に逸れてしまうこともあるかもしれない。そうした子たちに勇気を感じてもらえたらうれしいです。
――経済的に苦しい状況にいる子どもたちにどのようなことを伝えたいですか?
まずは夢を持つことが大事だと思います。
僕が幼少期のころはイメージとしては暗闇の中にいるというか……。本当に何も見えなかったですし、将来なんてどうでもいい、という環境にいたので。
僕はそこでラグビーと出会ったことで暗闇の中に一筋の光が見えたんです。その光が見えたから僕はその方向に歩き出せた。それが僕にとってはすごく良かったです。
夢や目標ができれば、その光は強い光になってきます。僕の場合はトヨタに入りたい、ラグビーで成り上がりたい、というエネルギーに変わりました。
今、苦しんだり悩んだりしている子どもたちも希望を捨てずに自分の夢を持ってもらいたいです。それはもちろんスポーツでなくても良いですし、自分の得意なもの、好きなもので良いと思うので。
そこでたとえ夢が叶わなかったとしても、自分が歩んできたプロセスは財産になりますし、大人になってから自分を助けてくれると思うので、夢を持って努力をしていくプロセスを大事にして、実践してもらえたらと思います。
僕の経験が誰かの役に立てるなら、これから子どもたちのための活動もしていきたいと考えています。