【新日本プロレス】敗者日本追放という、超ハイリスクな試合を前にヒクレオに直撃!

チーム・協会

【新日本プロレスリング株式会社】

タマ・トンガ、タンガ・ロアを兄に持つ3兄弟の末っ子であり、身長2メートル越え、未知のポテンシャルを秘めた大物ルーキー、ヒクレオ。

2.11大阪大会では、BULLET CLUB 総帥のジェイ・ホワイトとの“ルーザーリーブ・ジャパンマッチ”が実現。敗者日本追放という、超ハイリスクな試合を前にヒクレオに直撃インタビュー。

『THE NEW BEGINNING in OSAKA』
2月11日(土) 15:30開場 17:00試合開始
大阪・大阪府立体育会館・第1競技場(エディオンアリーナ大阪)
※チケットは完売となりました。
※当日券・小中高生券の発売はございません。
★新日本プロレスワールドで、2.11大阪大会を生配信!!
★CSテレ朝Ch2で2.11大阪大会を生中継!

★以下、インタビュー前半を無料公開!

やっとの思いで築き上げることができた王国、大切なものを彼は目の前で破壊されてしまった。ジェイは俺に八つ当たりしているようにしか思えない。

【新日本プロレスリング株式会社】

――さて、ヒクレオ選手。まずは、昨年9月に行われた神戸大会のバックステージでのお話から伺いたいのですが。

ヒクレオ オーケーだ。

――昨年、タマ・トンガ選手と再会し、BULLET CLUBを脱退した後に、「長い旅だった」とおっしゃっていましたね。

ヒクレオ そうだったな、その通りだ。

――タマ選手も同じようなことを言ってましたね。BULLET CLUBにいた期間は長い旅路のようであったと。あなたは文字通り、去年の秋に長い旅から帰ってきたばかりというか。

ヒクレオ ああ。だが、そういうことすらファンのみんなは忘れていると思うんだ。俺は2020年に『NJPW STRONG』に参戦したんだが、そのときはまさに旅の途中だった。まだまだ修行中の身だったのさ。イギリスには1年もいなかった、ショータ・ウミノ(海野翔太)やグレート-O-カーンのように、長く滞在することはなかったんだ。アメリカに戻ってからも、まだまだ俺の修業は続いたのさ。

――今度は、アメリカン・スタイルのプロレスにシフトしていかなければならなかったわけですよね、しかもパンデミックの真っただ中で。

ヒクレオ そうなんだよ、アメリカのスタイルはヨーロッパのスタイルとはまた違うから、それぞれに合わせたスタイルでやっていかないといけないんだ。それらはまったく別物だったけど、俺にとっては貴重な経験になったよ。

――その時点ではBULLET CLUBに所属していましたが、あなたの成長に役立ちましたか?

ヒクレオ そうだな。当時は兄弟たちも所属していたし、ジェイ(・ホワイト)もいた。イギリス滞在時にはエル・ファンタズモもいた。だから、俺にはBULLET CLUBに所属しているという感覚は常にあったんだ。去年さまざまな事件が起こるまでは、一本筋の通った状況ではあったんだ。

――そして、あなたは日本に戻り、BULLET CLUBを脱退しました。いわゆる短い旅路を終えてから2月11日の大阪大会まで、まだ半年も経っていません。現時点で日本でのキャリアが途中で終わってしまう可能性に関して、どう感じていますか?

【新日本プロレスリング株式会社】

ヒクレオ あのジェイから「ルーザーリーブ・ジャパンマッチで戦おう」と言われたことには本当に驚いたよ。まさか彼があれほど俺のことを追ってくるなんて、思ってもいなかったんだ。もちろん神戸での因縁もあるし、いずれは俺のところにはやって来るだろうとは思っていたが、東京ドームでオカダに負けた直後のあの行動は、正気を失っているようにしか見えなかった。

――なるほど。

ヒクレオ やっとの思いで築き上げることができた王国、大切なものを彼は目の前で破壊されてしまった。だから、ジェイは俺に八つ当たりしているようにしか思えないんだ。まあ、ある意味それは光栄なことかもしれないけど。グランドスラム王者である栄光だけでなく、彼が築き上げてきたすべてを失ったんだ。そして俺は彼の頭の片隅にずっと存在し、彼はすべてを失ったことを俺のせいにしているんだろうな。

――まさに八つ当たり的な思考というか。

ヒクレオ ああ、ジェイは人の頭の中に入り込むのが得意なヤツだが、俺は今、そのアイツの頭の中にいる。最初にルーザーリーブ・ジャパンマッチで戦うことを聞いたときは本当に驚いたが、今はもう覚悟を決めているよ。

勝つか? 日本を出ていくか? のどちらかの選択肢しかないことには非常にナーバスになっているよ。

【新日本プロレスリング株式会社】

――「敗者がその団体からいなくなる試合をやらせたい」と考える興行主は正直いないでしょう。今回、新日本には、あなたという将来のトップ選手を失うか、もしくはジェイ・ホワイトという元グランドスラム王者というトップ選手を失うか、いずれかの結果が待ち受けているわけですが……。

ヒクレオ その通りだ。

――ジェイ選手があなたを日本から追い出したいという非常に強い気持ちを持っていることが、会社がこの試合を決行することにならざるを得なくなったことからもわかります。

【新日本プロレスリング株式会社】

ヒクレオ 『WRESTLE KINGDOM 17』の試合後の彼のコメントを見てみると、彼はあの敗戦を俺のせいにしていたんだ。でも、すべての事象は彼自身のせいに他ならない。ジェイが俺に何を期待していたのか? 俺が兄弟たちの元に戻らないことを本当に期待していたのか? 俺が家族に忠実であることが彼にとってそんなにショックだったのか、俺には知る由もないね。だが、非常に小さなこと、非常に当たり前であることが、明らかに彼をひどく傷つけ、それが彼をおかしくさせてしまったんだと感じているよ。

――まさに歯車が狂ってしまった状態というか。

ヒクレオ ジェイは東京ドームのメインイベントでIWGP世界ヘビー級選手権の試合を行ったが、俺はその日の第0試合に出場した。彼は俺をかなり高いステージにまで引き上げてくれたが、これはある意味、俺にとって非常に素晴らしい機会でもある。勝つか? 日本を出ていくか? のどちらかの選択肢しかないことには非常にナーバスになっているよ。ただ、プレッシャーは大きいけど、それは至高の結果を作り上げるはずなんだ。

俺がジェイ・ホワイトを日本から追放した男になれば、俺の価値は一気に上がるんだ。

【新日本プロレスリング株式会社】

――この試合が発表されたとき、海外の団体があなたたちを欲しがっているという噂が飛び交ってました。二人とも日本以外の国でフリーとなる可能性があり、今後戦う場所としてはアメリカの『NJPW STRONG』や他団体も含まれます。そこでも貴重な存在になれることは間違いありませんが、あなたにとってはなぜ日本にとどまることが重要なのでしょうか?

ヒクレオ 俺はまだまだキャリアが浅いからな。まだまだこのリングで学ぶべきことがたくさんあるんだよ。2022年の秋に帰国したばかりで、日本で得られる名声の数、さらに伸ばすことができる才能、そしてこれから達成できること……。まだまだ日本でやらなければならないことがたくさんあるんだ……。


★インタビュー中〜後半は、
幼年&少年時代の新日本プロレスラーとの交流の話、父キング・ハクに反対されたプロレスラーの道のみなど、プライベートな話題も満載!
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1972年3月6日に創業者のアントニオ猪木が旗揚げ。「キング・オブ・スポーツ」を旗頭にストロングスタイルを掲げ、1980年代-1990年代と一大ブームを巻き起こして、数多くの名選手を輩出した。2010年代以降は、棚橋弘至、中邑真輔、オカダ・カズチカらの台頭で再び隆盛を迎えて、現在は日本だけでなく海外からも多くのファンの支持を集めている。

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント