高津臣吾「明るく楽しく、強いチームをつくるために僕が考えてきたこと」

高津監督の根底にある考え チームの力を一段階引き上げるには、ベテランと若手の融合が不可欠 

高津臣吾

新人の活躍を追い風にする

 5月9日の対巨人戦では、新外国人投手のサイスニードが先発した。プロ4年目の金久保優斗は4月14日の対DeNA戦でプロ初勝利を挙げると、その後も白星を重ね続けた。そして、4月24日の中日戦では、プロ3年目、坂本光士郎がプロ初勝利を記録した。

 チームに少しずつ光明が差し込み、新しい風が吹きつつあった。

 以前から話していたように、チームのムードを変えていくには「新しい人の台頭」は欠かせない。外国人選手の来日、出場が遅れるという不測の事態の中、チャンスを与えられた若い投手がきちんと結果を出してくれたのは、前年までのムードを変える意味でも、戦力的にもとても大きかった。

 さらに、4月8日の対広島戦では、プロ2年目、奥川恭伸が待望のプロ初勝利をマークした。前年の最終戦に1軍デビューを経験していたことはすでに述べた。その経験は、やはりとても大きかったと思う。

 奥川のプロ初勝利となった試合はいろいろなことが詰まった試合だった。

 初回にいきなり4失点を喫してしまったのに、味方がすぐに4点を奪って同点に追いつくというのも、なかなかないことだし、雨により1時間近い中断があったのに、粘り強く投げたこともそう。結果的に5失点だったのに勝利投手になったけれど、彼にとっては納得のいく内容ではなかったはずだ。それでも、「プロ初勝利」を手にしたことは、間違いなく今後に繋がるだろう。

 5月5日の阪神戦では、自己最長となる6回を投げて3安打2失点。少しずつ本来の持ち味を発揮しつつあった。このときはよく腕も振れていたし、ストレートも走っていたし、徐々にいい内容になっていた。僕の中では奥川に対する期待はどんどん膨らんでいった。

 しかし、奥川が僕らの期待以上のスピードでさらなる進化を遂げ、日本一の立役者の1人となるのはもう少しあとのことである。

 一方、4月16日には阪神を相手に、プロ20年目の石川雅規が今季初先発。敗れはしたものの、手応えを感じさせるピッチングだった。現役では数少ない、一緒にユニフォームを着てプレーをした選手だから、もちろん石川に対する思い入れは強い。お互いに、いろいろなことを知っている間柄だし、いろいろ野球に関して話もしてきた。

 監督という立場上、全ての選手とは平等に接しなければいけないけれど、石川には本当に頑張ってほしいと思っている。この日の甲子園の試合でも、緊張感のある中で、きちんと試合を作り、身体の状態もよくなっていたし、これから必ず結果を出してくれると信じていた。

 2年目の奥川、そして20年目の石川。若手とベテランの融合。チームの駒が着々とそろいつつあった。

ベテランと若手を融合させて化学反応を起こす

 「チーム」という組織におけるベテランの役割について言及したい。

 この年のキャンプ、オープン戦と、石川は非常に調子が悪く、コンディションもよくなかったし、投げる球もよくなかった。

 彼にとっては、プロ20年目で初となる「開幕2軍」という屈辱も経験したとても難しい中でのシーズンインとなったが、数カ月間、ファームで調整して戻ってきたときには、僕たちが知っている以前の石川に戻っていた。腕がよく振れているし、打者にとってはとても打ちづらい、元通りの石川になっていた。

 特定の選手をえこひいきするわけではないけれど、外国人選手とベテラン選手に関しては、特に気を遣ってしまう。もちろん、石川も例外ではない。あるいは、このときファームで調整中だった坂口智隆、雄平についてもそうだ。これまでの実績に敬意を払うのはもちろん、ファームでモチベーションを保つのはとても難しいことだからだ。

 体調面は自身で管理することが重要だけれど、モチベーションややる気はこちらがケアすることが大切だと思っている。石川の場合は「開幕2軍」という現実から目を逸らすことなく、まずはきちんとコンディションを万全にすることに努め、その上で黙々と地道な練習に励んでいた。僕自身も、ファームの指導者たちと緊密な連携を取っていたので、石川の状態はつぶさに把握していた。

 6月4日の対西武戦では、その石川が久しぶりに先発して、5回降雨コールド勝利を収めた。翌週の11日には対ソフトバンク戦でも石川が勝ち投手となった。西武戦では打線が爆発して、序盤で10得点。ソフトバンク戦ではリリーフ陣が懸命の投球を続けて無失点で1対0の勝利。いずれも、チーム内に「石川さんのために」という思いが透けて見えるような戦いぶりだった。

 もちろん、野手陣は常に「点を取りたい」と思っているので、「石川さんのために点を取るぞ」と意気込んでいるようなことはないとは思う。

 ただ、矛盾した言い方になるけれど、石川が懸命に投げることで、自然と「何とかしよう」という気持ちが芽生えているのは確かだ。大ベテランが投げている姿を見て、野手陣も、リリーフ陣も「よし、頑張ろう」という気持ちになっているのは間違いないと、僕は思う。

 それはやはり、石川の普段からの立ち居振る舞いであったり、練習姿勢であったり、これまでやってきたことであったり、そういうことをみんながリスペクトしているから生まれることなのだ。そして、それが確実にチームにもいい影響をもたらしているのだ。

 プロ20年目、41歳の石川の姿は、プロ2年目、20歳の奥川にも間違いなくいい影響を及ぼしている。

 石川と奥川は、年齢も、実績も、投手としてのタイプも、利き腕も違う。けれども、奥川にとって当然参考になる部分はとても多いはずだ。

 2人が普段、どういう会話をしているのかは僕にはわからないけれど、試合前の過ごし方であったり、考え方であったり、多くの刺激を受けているのは間違いないだろう。コーチから指導を受けるのとはまた違った意味で、現役選手同士から学ぶことも多い。奥川にとっては素晴らしい先輩であり、生きた教材が近くにいるというのはラッキーなことだと思う。

 組織において、ベテランならではの役割というものがある。

 僕自身が現役時代、ベテランの域に差し掛かっていた頃、もちろん若い人にアドバイスすることもあった。しかし、僕が意識していたのは「若い人には絶対に負けない」という思いを持ち続けることだった。同じロッカー、同じベンチにいる選手には絶対に負けないという思いである。この世界は年齢も実績も関係ない。

 実力主義の世界だからこそ、ベテランになっても「負けたくない」の意識は大切だし、それが組織のためにもなるのだと考えていた。

 そして、その考えは監督となった今、間違いではなかったと確信している。ベテラン選手が高い壁になることで、若手選手の実力も向上していき、それがひいては組織の活性化にも繋がるのだ。

 その点、石川は本当に負けん気の強い男だから、高い壁になっていると思う。彼は決して口には出さないけど、「身体の大きな選手には負けない」という思いでここまで頑張ってきたし、今は「若い選手には負けない」という思いで頑張っているのは確かだろう。その思いがあるからここまで頑張ってこれたのではないか。

 石川のピッチングを見ていると、粘り強さはあるし、「ああしよう」「こうしよう」「何とかしよう」という意図が感じられる。それは守っている野手にも伝わっているはずだし、それが結果的にテンポのよさ、守りやすさに繋がっている気がする。

 また、奥川のような伸び盛りの若手にとっては生きた教科書ともなっている。

 ペナントレースが進んで行けば、どこかでベテランの力が必要になる時期が必ずやってくる。彼らの力を存分に発揮してもらうために、指揮官は常に彼らの動向にアンテナを張っていなければいけないのである。

「明るく楽しく、強いチームをつくるために僕が考えてきたこと」

【写真提供:株式会社アルファポリス】

2021年、東京ヤクルトスワローズ髙津臣吾監督は前年最下位だったチームをセ・リーグ優勝、さらに20年ぶりの日本一へと導いた。若手選手が次々と台頭し、主力・ベテランが思う存分力を発揮するそのチーム力は、スワローズの新黄金時代の到来すら予感させる。全ての選手が明るく楽しく野球を楽しみ、かつ勝負にも負けない。髙津監督はこの理想のチームをどのようにつくり上げたのか――

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著者プロフィール

1968年広島県生まれ。広島工業高校卒業後、亜細亜大学に進学。90年ドラフト3位でスワローズに入団。93年ストッパーに転向し、20セーブを挙げチームの日本一に貢献。その後、4度の最優秀救援投手に輝く。2004年シカゴ・ホワイトソックスへ移籍、クローザーを務める。開幕から24試合連続無失点を続け、「ミスターゼロ」のニックネームでファンを熱狂させた。日本プロ野球、メジャーリーグ、韓国プロ野球、台湾プロ野球を経験した初の日本人選手。14年スワローズ一軍投手コーチに就任。15年セ・リーグ優勝。17年に2軍監督に就任、2020年より東京ヤクルトスワローズ監督。

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