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稲葉監督の信念に応えた悲願の金メダル
野村弘樹が「圧巻」と絶賛するMVPは?
プレッシャーをはねのけ、5戦全勝で頂点に立った日本。プロ選手の参加が認められた大会では初の金メダルで、ついに悲願が叶った
プレッシャーをはねのけ、5戦全勝で頂点に立った日本。プロ選手の参加が認められた大会では初の金メダルで、ついに悲願が叶った【Getty Images】

 野球日本代表「侍ジャパン」が決勝のアメリカ戦で2-0と完封勝利を飾り、野球が公開種目だった1984年のロサンゼルス五輪以来となる金メダルを獲得した。3回に村上宗隆のソロで先制すると、先発の森下暢仁が5回無失点の好投。終盤の8回に吉田正尚の中前適時打で加点し、守護神・栗林良吏が9回を無失点で締めくくった。野球解説者の野村弘樹氏が、決勝の解説とともに、最高の結果に終わった今大会を総括。そして、偉業を成し遂げた侍ジャパンへの感謝の思いを語った。

接戦に強かったのはチームの底力

稲葉監督は大会を通じてスタメンをほぼ変えなかった。指揮官の姿勢がブレなかったことで、選手たちは地に足をつけてプレーしていたと野村氏は分析する
稲葉監督は大会を通じてスタメンをほぼ変えなかった。指揮官の姿勢がブレなかったことで、選手たちは地に足をつけてプレーしていたと野村氏は分析する【Getty Images】

 おめでとうございます。


 前回、金メダルを獲得した1984年のロサンゼルス五輪はアマチュアの選手のみのチームで、プロの選手たちを集めた今回の金メダルは全く意味合いが違うと思います。自国開催の五輪で、チームは各球団のスター選手で構成されている。周囲から「金メダルを獲れるだろう。獲らなきゃいけない」という目で見られるなか、稲葉(篤紀)監督は相当な重圧があったでしょう。


 1次リーグのドミニカ共和国戦、メキシコ戦、準々決勝のアメリカ戦、準決勝の韓国戦、そして再びアメリカと対戦した最後の決勝……。一つとして簡単な試合はなかったし、劣勢に立たされて耐える試合もあった。一発勝負の難しさを感じながら戦ったと思います。


 今大会の戦いぶりを見ると、稲葉監督の強い信念を感じました。なかなか調子が上がらなかった鈴木(誠也)選手を最後まで4番で起用し、スタメンを入れ替えたのは、(準々決勝のアメリカ戦で)甲斐(拓也)選手に代えて梅野(隆太郎)選手を捕手に据えたのと、菊池(涼介)選手に代えて近藤(健介)選手を使った(準決勝の韓国戦)ぐらい。スタメンで出場する選手、途中交代で出場する選手と個々の役割が明確でした。


 投手のほうもベンチとブルペンが阿吽(あうん)の呼吸というか、試合を重ねて継投策がスムーズになりました。稲葉監督がブレない姿勢を示したことで、選手たちは地に足をつけて試合をしていた。接戦で勝負強さを発揮し、逆転勝ちも多かったのはチーム全体の底力だと思います。

オースティンをカーブで三振。あれが分岐点

3回1アウトで打席に立った村上が、それまでほぼ完璧に抑えられていたマルティネスから左中間にホームラン。この一発がなければ試合はどうなっていたかわからない
3回1アウトで打席に立った村上が、それまでほぼ完璧に抑えられていたマルティネスから左中間にホームラン。この一発がなければ試合はどうなっていたかわからない【Getty Images】

 決勝のアメリカ戦は、侍ジャパンの粘り強さを象徴する試合だったと思います。


 相手の先発(ニック)マルティネスは球威、変化球の質、制球のすべてが申し分なく、連打はなかなか望めない状況でした。重苦しい雰囲気が漂うなか、3回に飛び出した村上選手の先制ソロホームランが本当に大きかった。チェンジアップが少し浮きましたが、決して甘い球ではありません。下半身の粘りで逆方向に運んだ、高度な技術による一撃でした。8番に長距離砲の村上選手を据えられる打線の厚みを感じました。


 投手陣では先発の森下(暢仁)投手が完璧な投球を見せてくれました。最後の試合で総力戦となるなかで、一番難しいのが先発投手を代えるタイミングです。無理に引っ張ると痛打を浴びる可能性もありますが、5回3安打無失点の快投を見せて、6回から救援にスイッチすることができました。


 森下投手の投球で効果的だったのがカーブです。カウント球、決め球といろいろな局面で投げていたので、アメリカ打線にとっては「邪魔な球種」になり、“的”を絞れなかった。3回2死一塁で、最も怖い(横浜DeNAベイスターズに所属するタイラー)オースティンをフルカウントからカーブで空振り三振にとったのが、勝負の分岐点だったと思います。ストライクからボールになる最高の球で、勇気と技術が凝縮された1球でした。


 そして、金メダル獲得に不可欠だったのが救援陣の踏ん張りです。アメリカ戦でも抑えましたが、伊藤(大海)投手、岩崎(優)投手の活躍は大会を通じて光りました。アメリカ、韓国と比べても日本は投手陣の質が高い。

野球人として「ありがとう」と言いたい

野村氏が選ぶ今大会のMVPは栗林。クローザーを任された広島のルーキーは、のしかかる重圧にも負けず、全5試合に登板して素晴らしい投球を見せた
野村氏が選ぶ今大会のMVPは栗林。クローザーを任された広島のルーキーは、のしかかる重圧にも負けず、全5試合に登板して素晴らしい投球を見せた【Getty Images】

 投手の視点から選ばせていただくと、今大会のMVPは守護神として全5試合に登板し、2勝3セーブをマークした栗林(良吏)投手です。野球は9回の3アウトを取るのが最も難しい。しかも侍ジャパンの抑えはその重圧が計り知れません。国を背負って投げなければいけないポジションで、覚悟を決めて最高のパフォーマンスを発揮してくれた。圧巻の一言です。


 今回の金メダルはプロ野球界という枠を超え、次世代を担う子供たちにも大きな影響を与えたと思います。野球が好きな小・中学校の子どもたちは午後7時からの試合をテレビで見て、侍ジャパンの戦いぶりに勇気をもらったのではないでしょうか。野球をやっていない子供たちも興味を持ち、野球をやりたいと思ってくれたかもしれない。これが五輪の力だと思います。


 選手たちも大きな自信になったと思います。各球団に帰って、自分たちの経験を他の選手に伝えることで日本のプロ野球の活性化、底上げにつながり、WBCに向けても今回の経験が大きなプラスアルファになる。同じプロ野球でプレーした野球人として、ありがとうと言いたい。本当によく頑張ってくれた。感謝の思いしかありません。


(企画構成/YOJI-GEN)

野村弘樹(のむら・ひろき)

1969年6月30日生まれ、広島県広島市出身の52歳。PL学園高の3年春夏に甲子園に出場し、背番号1の主戦投手として春夏連覇に大きく貢献。打撃センスも高く、高校通算53本塁打を放った。87年ドラフト3位で大洋(現DeNA)に入団。プロ3年目の90年に先発ローテーションに定着して11勝、翌91年は15勝を挙げて左のエースに。93年には17勝をマークして最多勝を獲得。98年にはチームトップの13勝でチームを38年ぶりのリーグ優勝、日本一に導いた。通算301試合登板、101勝88敗、防御率4.01。02年限りで現役引退し、横浜でコーチを務めた。現在は野球評論家として活動している。

平尾類

1980年4月10日、神奈川県横浜市生まれ。スポーツ新聞に勤務していた当時はDeNA、巨人、ヤクルト、西武の担当記者を歴任。現在はライター、アスリートのマネジメント業などの活動をしている。

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