混合団体、最強布陣でフランスに敗れたワケ 東京五輪のニッポン柔道を杉本美香が総括
東京五輪・柔道競技の最終日に行われた混合団体で、日本は初代王者を逃すも銀メダルを獲得した 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】
決勝では、初戦で東京五輪・女子70キロ級金メダリストの新井千鶴(三井住友海上)が、63キロ級王者のクラリス・アグベニューに黒星を喫すると、続く二番手の向翔一郎(ALSOK)もアクセル・クレルジュに延長戦で敗れて2連敗。三番手の素根輝(パーク24)がロマンヌ・ディコに勝利するも流れは変わらず、続く男子90キロ超級でウルフ・アロン(了徳寺大学職)がテディ・リネールとの熱戦を延長戦の末に落とすと、女子57キロ級の芳田司(コマツ)もサラ レオニー・シジクに技ありを奪われて敗れた。六番手に控える大野将平(旭化成)の試合を待たずして、フランスが初代王者に輝いた。
世界選手権で4連覇と無類の強さを誇っていた混合団体で、日本はなぜフランスに敗れたのか。ロンドン五輪の柔道女子78キロ超級の銀メダリストで、現在はコマツの女子柔道部監督を務める杉本美香さんに話を聞いた。また、五輪史上最多の金メダル9個(男子5、女子4)を含む全12個のメダルを獲得した東京五輪の柔道を、杉本さんに総括してもらった。
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「流れ」を手繰り寄せたフランスの気迫
6番勝負の団体戦。日本は初戦で新井がフランスのアグベニューに敗れ、流れを奪われた 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】
個人戦で金メダルをほとんど日本に持っていかれたこと、今回の五輪に限らず日本にずっと負けていたこと、また次の五輪がパリで行われることなど、いろいろな背景があったと思います。リネール選手、アグベニュー選手、シジク選手らをそろえたベストメンバーで、「絶対に全員で金メダルを持ち帰る」という気迫が、日本を上回った印象でした。
団体戦は「流れ」が非常に大事です。今回は、先鋒のアグベニュー選手がフランスに勢いをもたらしたのが大きかったですね。女子70キロ級王者の新井選手と、女子63キロ級王者のアグベニュー選手が当たる初戦には私も注目していましたが、階級が上の新井選手が負けたことで日本に動揺が走りました。そこが流れを決定づけるポイントになったのではないでしょうか。
新井選手もアグベニュー選手も左組みなので、お互いに引き手をきっちり持ちたがっていました。アグベニュー選手はまず右手で新井選手の襟を持って、そこから段階的に自分が持ちたい袖口を取りにいくという組み手を徹底していましたね。対して新井選手は釣り手、左手を落とそうとしましたが、アグベニュー選手はうまくフェイントをかけて、小内刈りに持ち込みました。
団体戦で見えた日本柔道の課題とは
日本の四番手、ウルフはフランスのエース、リネールとの激闘を演じた 【写真:ロイター/アフロ】
そのリネール選手とウルフ選手の対戦は、本当に手に汗握る試合でした。ウルフ選手が仕掛ける接近戦を、リネール選手は非常に嫌がっていました。その戦法はおそらく作戦通りで、ウルフ選手の柔道スタイルを貫けば「もしかして……」という目論見があってのオーダーだったのではと思います。実際、体格差がある中でも「投げることができるのでは」と思わせてくれたのですが、そこはさすがのリネール選手。ウルフ選手が小外にいこうとしたところを内股で切り返されました。相手が勝負に出たところにうまく合わせて対応する戦い方は、ベテランの妙でしたね。
芳田選手とシジク選手の戦いも、お互いがいいところを出して、攻め合う本当にいい試合でした。「絶対に勝つんだ」という気持ちが両者から伝わってきたし、この決勝戦で芳田選手は自分らしい試合ができていたと思います。そんな勝負の分かれ道は、本当にワンチャンス。芳田選手が技をかけたところをシジク選手にクルッと返されて、ポイントを取られました。まさに「あそこしかない」というタイミングをモノにされた結果です。
向選手、ウルフ選手、芳田選手の試合に共通していたのが、フランスの選手は全体的に「相手がかけてきた技に対して合わせる」のが上手だったということ。なんとも悔しい形の敗戦でしたが、そこにフランスの巧みさを感じました。
私もいち指導者として、その点は考えさせられましたね。日本の指導としては攻めて勝つ、投げて勝つための練習ばかりを考えがちですが、「技をかけられたときの対処をどうするか」についても、より研究する必要がありそうです。今大会、日本は多くの金メダルを獲得できました。大変素晴らしいことですが、決して海外勢が弱いわけではありません。フランス勢を筆頭にむしろ強くなっていますし、もっともっと研究、努力をしてくるはず。最後の種目で、日本が考えるべき課題が浮き彫りになったという印象です。