「ボールを上からたたけ!」はもう古い!? 新しいスイング理論に迫る
バイオメカニクスからみるフライボールの効果
研究結果によると、打球速度が高いほど飛距離は大きくなりやすく、打球の回転速度よりも打球速度を高めた方が有効であることが明らかとなっている(※)。
最も飛距離が大きいポイント 【Baseball Geeks】
『主観』と『客観』のズレ
では指導の現場において、なぜこのような誤解を招く指導がされてきたのか。これは「『主観』と『客観』のズレ」で説明ができる。
たとえば、インタビューに対して「バットを最短距離で出す」と答えるプロの選手は少なくない。しかし、それらの選手のスイングを見ると、決して最短距離ではスイングしていないことが分かるだろう。
たしかに振り遅れないようにするには、最短距離でボールをインパクトしたいという意識は理解できる。しかし、打球速度を高めるためにはスイング速度を高める必要があり、「本当に」最短距離でバットを出しても、ボールは飛んでいかないのだ。
つまり、多くの選手の「最短距離でバットを出す」は主観的な感覚であり、客観的な“軌道そのもの”を指す言葉ではないということだ。
選手は「最大速度でインパクトを迎える意識」を「最短距離でインパクトする」と変換して表現しており、「最短距離でバットを出す」を軌道そのものと解釈してしまった結果が、ダウンスイングの指導へとつながったのかもしれない。
指導者は「主観」と「客観」がズレることを頭に入れて指導することが必要で、それは選手自身も同様だ。スイングや打球のデータは、打者の主観的な軌道と客観的な軌道にどれくらいのズレがあるのかをチェックするための大きな助けとなるだろう。
それらの測定は必ずしも高価な精密機器を必要とせず、スマートフォンとセンサーを用いて打者のスイングを測定・数値化するデバイスも登場している。即時的なフィードバックが行えるだけでなく自身のデータを積み重ねていけるため、好不調の要因を探ったり上達の過程を確認したりできる。
こうした活用を積み重ねることで、これまで漠然としていた「あの選手のようになりたい」が、数値として目標に設定できることになる。野球の「見える化」が加速することに伴って、より効率的な努力が出来るようになるのではないか。
「フライボールの方が数字は良くなる」
レッドソックスの主砲・マルティネス 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】
“You still talk to coaches ‘Oh, you want a line drive right up the middle. Right off the back of the [L-screen in batting practice].’ OK, well that’s a fucking single. To me, the numbers don’t lie. The balls in the air play more.”
「バッティング練習の場で、コーチは『ライナーでセンター返しをしろ』と話す。しかしそれではシングルヒットにしかならない。数字は嘘をつかない。フライボールの方が数字は良くなる」
マルティネスは旧来の打撃指導に疑問を持ったことで一流打者のスイングを分析。彼らの多くがアッパースイングであると気づいた。それらのスイングをヒントにフライボールを放つ取り組みを行い、大きく成績を向上させた。
マルティネスは自ら疑問を持ち、アッパースイングに取り組んだ結果、花開いた。いま目の前にあるその常識は本当に正しいものであるのか。選手自身だけでなく、指導者、観戦者も意識を変える時が来ているのかもしれない。
(文:森本崚太/Baseball Geeks)