BI砲再会 平成最後のオールスターに思う 全日・宮原によぎる新日・棚橋の面影

高木裕美

宮原は一昔前の棚橋そのもの

 今回の馬場追善興行のメインイベントでは、新日本の前IWGPヘビー級王者・棚橋弘至がヨシタツと組み、全日本の三冠ヘビー級王者・宮原健斗&大日本のBJW認定ストロングヘビー級王者・関本大介組と対戦する。

棚橋が道場から猪木の全身パネルを外したことは有名だ 【写真:SHUHEI YOKOTA】

 新日本生え抜きの棚橋だが、世間のイメージは「反・猪木」だろう。長年、新日本道場に飾られていた猪木の全身パネルを外すという英断を下した男である。棚橋がデビューしたのは99年10月。当時はまだ猪木の現場介入が続いており、02年2.1札幌での「猪木問答」で、棚橋は「オレは、新日本のリングで、プロレスをやります!」と宣言。その言葉の通り、己の信じるプロレス道をまい進し、06年7月にIWGP王座を初戴冠。「新日本V字回復の立役者」となった。マイクアピールとスキャンダルという共通項以外は猪木を感じさせない棚橋に対し、同世代の中邑真輔、柴田勝頼のファイトスタイルには猪木色が残されているのも面白い。

全日を盛り上げる若きエース、宮原健斗 【写真:SHUHEI YOKOTA】

 対して、宮原は07年に健介オフィスに入門し、14年に全日本に正式入団。師匠・佐々木健介が全日本を主戦場としていたジャパンプロレス出身であることから、馬場イズムをごくわずかに継いでいる可能性はあるものの、本人が幼少期に憧れたのは、猪木のライバルであったハルク・ホーガンだという。16年2月に26歳11カ月で平成生まれ初の史上最年少三冠王者になった際、宮原は「昔の輝きを取り戻すのではなく、オレらの世代で新しい輝きを作っていきます」と訴え、観客に「最高ですか?」と呼びかける新たな王者像を確立した。

 大量離脱や経営難で苦しむ団体で、若きエースが立ち上がり、徹底したファンサービスで支持を集め、輝きを増していくという姿は、まさに、一昔前の棚橋そのもの。モノマネ芸人「棚ボタ弘至」も最近「宮原検討中」にキャラ変しており、ファンの間でも、12歳若い宮原にかつての棚橋の面影を重ねる声も聞こえている。

 ちなみに、棚橋は17年12月に自身のツイッターで宮原との2ショットを公開。宮原自身も「プラスしかない出会いでした」と、その時に貴重な話ができたと明かしていた。今回の対戦も、宮原、関本のラブコールが実って実現したもの。「平成最後のオールスター戦」は、馬場、猪木の思い出が甦る「思い出の場」であると同時に、新たな出会いが生まれる「始まりの場」ともなりそうだ。

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著者プロフィール

静岡県沼津市出身。埼玉大学教養学部卒業後、新聞社に勤務し、プロレス&格闘技を担当。退社後、フリーライターとなる。スポーツナビではメジャーからインディー、デスマッチからお笑いまで幅広くプロレス団体を取材し、 年間で約100大会を観戦している 。最も深く影響を受けたのは、 1990年代の全日本プロレスの四天王プロレス。

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