新任専務が考える「4万人」へのストーリー J2・J3漫遊記 アルビレックス新潟<後編>

宇都宮徹壱

社員とサポーターの意識を変えた「是永効果」

今年9月に新潟の専務取締役となった是永大輔。アルビSでの実績が評価されて41歳での抜てきとなった 【宇都宮徹壱】

 先に触れたとおり、現社長の中野幸夫は9月4日に今季限りの退任を発表している。後任は現時点で発表されていないが、専務取締役の是永が来季のクラブ経営の舵取りを担うことは確実視されている。経営者としての手腕以外にも、是永にはいくつかの強みがある。まず、新潟という土地にしがらみがないこと(出身は千葉県)。そしてシンガポールという程よい距離感から、クラブを観察し続けることで問題点を把握していたことである。

「外側から見てずっと感じていたのが、クラブ内外の風通しの悪さ。クラブ内は縦割りで硬直化しているし、クラブ外ではサポーターとのコミュニケーションができていない。そういったボトルネックの改善から、まずは着手しました。たとえばツイッターの公式アカウントがちゃんとあるのに、これまではサポーターからの問いかけに何もレスしてこなかったわけです。でもクラブって、みんなで作っていくものじゃないですか。スタッフと選手とサポーターという役割は違っているけれど、われわれはファミリーなわけです。だからサポーターが知りたい情報は、極力共有していくことも心がけていきたいと思います」

 クラブの公式アカウントとは別に、是永は独自のアカウントを持ち、1万1000人超のフォロワーに向けて発信し続けている。今でこそ、クラブのフロントがSNSで発信することは珍しくなくなったが、08年から続けている是永は先駆者であると言えよう。

「ツイッターでの発信は、シンガポール時代からやっていました。自分の思いを伝えることもそうだし、社員も『この人はこういう考えなんだ』と伝わるから便利ですよ。朝礼をやる必要もないし(笑)。サポーターに対しても『みんなで(クラブを)作っていく』ために発信しています。そしてちゃんとレスポンスすることで、彼らが何を考えているのか、われわれに何が求められているかが理解できます。負担ですか? ぜんぜん。僕はサポーターとの交流を『仕事』だとは1ミリも思っていないですから(笑)」

 是永のツイートを見ていて感心するのは、ネガティブな情報についてもきちんと説明責任を果たし、のみならずひとつひとつのコメントに丁寧に返信をしていることだ。公式アカウントで、担当者が対応しているのではない。専務取締役自らが、きちんとファンやサポーターに向き合っているのだ。サポーターの間からも、「是永さんが頑張っているんだから、自分たちも!」という声がよく聞こえるようになった。ここに来ての入場者数の微増も、その何割かは「是永効果」によるものと見ていいだろう。

「明るい守護神」野澤洋輔が帰ってきた理由

アルビSから来季11年ぶりに新潟に復帰する野澤(写真左)。ハロウィンの扮装でファンを大いに喜ばせていた 【宇都宮徹壱】

「町田戦は後半だけ見ましたが、スタジアムの雰囲気は確かに変わりましたね。僕がここでプレーしていた時は、地鳴りのような応援でサポーターの熱い気持ちがピッチにいる選手にビンビン伝わってきました。(入場者数の減少については)離れてしまった人もいるだろうけれど、アルビへの熱がまだある人たちをもっと引きつけたい。僕がここに戻ってきた理由は、そこにあると思っています。昔、僕らを応援してくれていた人はもちろん、僕のことを知らない若い子たちをどうやって巻き込むか。そこは今後の課題ですね」

 そう語るのは、新潟の伝説的な「明るい守護神」野澤洋輔である。2000年から08年までプレーし、その後は湘南ベルマーレ、松本山雅FCでゴールを守り続けた。14年のオフには、椎間板ヘルニアのため一度は現役引退を決意したものの、その年の合同トライアウトで是永と出会ったことでアルビSで現役を続行。この4シーズンの間に「細かい技術や判断、コーチングにしても、いろいろな面で成長できた」と語る。

「まず、シンガポールでの4年間の評価があったからこそ、今回のオファーがあったと思っています。大事なことはチームの勝利に貢献すること。(是永)社長からは『チームのお父さん役に』と言われましたが、僕自身は選手とフロント、スタッフ、そしてボランティアやサポーターの皆さんが一緒になって戦えるためのパイプ役になれればと思います。もちろん、シーパスをつなぎとめるのも自分の役割。言ってみれば客寄せパンダですが、誰もがパンダになれるわけではない。僕はパンダにも、ゴールを守る獅子にもなれますよ(笑)」

 ツイッターで若い世代にリーチするだけでなく、「ニイガタ現象」の時代を象徴する野澤を復帰させることで、かつてのファンにもアピールする。そして、チームが勝てない時でも応援し続けてくれた、1万5000人弱のサポーターの熱量をさらに高めながら、かつてのように4万人のファンで埋め尽くされる夢の舞台を復活させたい。それが、是永が考えるストーリーである。最後は本人の言葉で締めくくることにしよう。
 
「9月までの新潟は、言ってみれば戦後の焼け野原みたいな状況だったと思います。でも、焼け野原からのリスタートなんて、最高のストーリーじゃないですか(笑)。『来年、絶対にJ1に昇格する』という確約はできませんが、ワクワクするサッカーをお見せすることは約束します。そのために、どれだけ軸をぶらすことなく信念を貫くことができるか。その先にJ1があるし、『4万人』が見えてくるんだと思っています」

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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