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W杯を通して、スペインが得た2つの教訓
フランスとの明暗を分けたゴールへの意識

優勝候補の本命と言われたスペインだったが……

優勝候補と言われていたスペインだが、決勝トーナメント1回戦で姿を消した
優勝候補と言われていたスペインだが、決勝トーナメント1回戦で姿を消した【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 現地時間7月14日、ワールドカップ(W杯)ロシア大会が幕を閉じた。スペインやブラジルが本命視されていた今大会だが、最終的に制したのはフランスだった。


 この予測不可能な展開こそ、フットボールという素晴らしい競技が持つ魅力に他ならない。ゆえに多くの人々はスペインやブラジルにも優勝する力があったことを理解しながら、フランスの優勝をたたえている。


 スペインの歯車は、大会直前の監督解任劇をきっかけに狂いはじめた。2年前にフレン・ロペテギが就任して以降、スペインはW杯欧州予選を含めた全試合で無敗を貫き、優勝候補の筆頭として本大会を迎えた。だが、スペインサッカー連盟(RFEF)のルイス・ルビアレス新会長は、突如としてレアル・マドリーとの契約を発表したロペテギを初戦の48時間前に解任する決断を下した。


 今大会の指揮を任されたフェルナンド・イエロは最善を尽くしたものの、戦前の期待度とは程遠い結果しか残すことができなかった。そして大会後、新監督に選ばれたのはレアル・マドリー出身者が続いた前任者までとは一線を画す、バルセロナと関係が深いルイス・エンリケだった。

堅守速攻で手堅く勝利を積み重ねたフランス

2回目の優勝を果たしたフランス。7試合で14ゴールを奪った
2回目の優勝を果たしたフランス。7試合で14ゴールを奪った【写真:ロイター/アフロ】

 スペインにとって今大会は、初優勝を果たした2010年の南アフリカ大会での成功を繰り返すビッグチャンスだった。大会後には長年主力として活躍してきたアンドレス・イニエスタ、ジェラール・ピケらがチームを去り、新監督とともに大きな転機を迎えることになる。


 現在のスペインは、ルイス・エンリケが監督に就任した際のバルセロナと置かれた状況がよく似ている。ジョゼップ・グアルディオラとティト・ビラノバが築き上げたプレースタイルは、ヘラルド・マルティーノの指揮下で戦術的に行き詰まりつつあった。そこでルイス・エンリケは従来のスタイルに戦術的な多様性を加味することで、チームをさらなる成功へと導いたのだった。


 当時のバルセロナと同様に、スペインも戦術的変化を必要としている。


 今大会を制したフランスは堅守速攻に徹し、ライバルがボールを支配する脅威を最小限に抑えながら、相手のミスを生かしたカウンターやセットプレーのチャンスを生かして手堅く勝利を積み重ねた。クロアチアを4−2で下した決勝も、ボール支配率はわずか39%だったが、最終的には7試合で14ゴールを挙げている。


 対照的に、ポゼッションスタイルの筆頭であるスペインは4試合7ゴールにとどまった。そのうち2試合は明らかな格下が相手だったが、最悪のイメージを残したのはロシアとの決勝トーナメント1回戦だ。この試合でスペインは、1日中でもパスを回し続けられそうなほどボールを独占しながら、相手ゴールに近づくことすらできなかった。

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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