ロシアW杯で示した日本サッカーの未来像 20年間の着実な進歩に自信をもつべき

飯尾篤史

西野監督が重視した「コミュニケーション」

コミュニケーションを重視した西野監督(左)のマネジメントは、日本に新たな成功体験をもたらした 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 一方、うならされたのは、わずか3週間の準備期間でチームをまとめるために西野監督が採った手法だ。準備期間の短さを考えれば、監督がトップダウン方式で「これをやるぞ」と指示を出し、メンバーとシステムを早い段階で固定して連係を深めるのが定石だと考えられた。

 しかし、指揮官が採ったのは、真逆の手法だった。テストマッチは3試合しかなかったが、メンバーとシステムを固定しなかっただけでなく、状況や時間帯に応じた戦い方や戦術の細部について、選手たちに話し合いで決めさせたのだ。

 話し合いといっても単なる話し合いではない。ディスカッションし、ときに意見をぶつけ合う、徹底したコミュニケーションである。

 ミーティングの際には監督から意見を求められ、リラックスルームでは次の対戦相手の映像を見ながら、ああしよう、こうしようと話し合う。食事の席で、コップや皿を選手に見立てて攻守の約束ごとを確認したり、イメージを共有する。選手間だけでなく、選手とコーチングスタッフの間でも意見交換し、ピッチでトレーニングする以外の時間を有効に使うことで、時間の少なさを補ったのだ。

 合宿が始まったばかりの頃、原口は「総力戦じゃないですけれど、全員が知恵を絞り合ったり、全員が意見をぶつけることによって、良いものが作れるかな、というのは感じている」と明かした。大会も終盤に入る頃、吉田麻也は「ほかの選手がどう考えているのかが分かって、チームのやり方を示すのに明確になった」と話した。

 戦術トレーニングを何十回も積むよりも、徹底的にコミュニケーションを深めるほうが、ときに大きな効果を生む――そのことを成功体験として得られたのは、日本サッカー界にとって大きな財産だ。

W杯で勝つために必要な2つの条件

W杯で重要なのは、コンディションとチームとしてまとまれるかどうか 【Getty Images】

 10年の南アフリカ大会や今大会のベスト16進出によって明らかになったのは、W杯のような短期決戦で何よりも問われるのは、万全のコンディションで臨めるかどうか、チームとしてまとまれるかどうか、だ。

 この2つの条件をそろえられれば、グループステージ突破、そしてベスト8進出を現実的な目標として捉えることができる。

 一方、抑えておきたいのは、4年間のチーム作りの成果と、W杯における成績は別物であるという点だ。右肩上がりの成長を描いていくのが理想だが、その延長線上にW杯の結果があるわけではない。そのことは、本大会の8カ月前のテストマッチでオランダと引き分け、ベルギーを下し、その後も4戦無敗で本番を迎えながら1分け2敗の惨敗に終わった14年ブラジル大会で経験している。

 だからといって毎回、本番直前に「ひっくり返せ」と言うわけではない。過去の歴史と今回の躍進から学ぶべきは、4年間の強化と、短期決戦を勝ち抜くための仕上げ、その両輪をしっかり回すことが重要だということだ。

 そのためには、テストマッチの捉え方を今一度、考える必要がある。テストマッチで常にベストメンバーを送り出して勝利を目指した結果、スカウティングによって本番の対戦相手に丸裸にされては意味がない。テストマッチはあくまでも本番のための試行錯誤の場。さまざまなテストを行い、多くのサンプルを得ればいい。

 おそらく今後、代表チームの強化は、これまで以上に難しくなっていくだろう。日本代表選手の大半は海外組だから、代表選手を招集できるのはインターナショナルマッチウイークに限られる。その期間のほとんどがアジア予選で占められるうえに、欧州では18年9月から「UEFA(欧州サッカー連盟)ネーションズリーグ」という新しいコンペティションがスタートするため、欧州のチームと親善試合を行う機会が減ってしまう。それどころか、欧州のチームが親善試合に価値を見いださなくなってしまうかもしれない。

ノウハウの継承も重要な要素に

今大会で披露したサッカーをよりブラッシュアップしていけるよう、ノウハウの継承も重要だ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 日本代表はこれまで以上に“パッと集まって何ができるか”が問われる場となり、日本代表監督はよりいっそうセレクターとしての能力を必要とされるだろう。いかに選手の現状を把握し、選手の個性を引き出すためにうまく組み合わせ、選手とコミュニケーションを密に取ることができるか――。その役割を果たすのにふさわしいのは、やはり日本人監督だろう。

 では、外国人監督から学ぶことはもう何もないのかといえば、そんなことはない。

 活動期間が限られ、戦術をしっかりと落とし込む時間の少ない代表チームより、日々の成長が見込めるクラブチームで、その機会を増やせばいい。世界トップレベルのサッカーに触れるためにも、選手はどんどん欧州に飛び出していくべきだが、それと同時にJリーグのレベルを上げるためにも、Jリーグのクラブが外国人監督を積極的に招へいすべきだ。かつてジェフ千葉がイビチャ・オシムを、名古屋グランパスがアーセン・ベンゲルを、サンフレッチェ広島がスチュアート・バクスターやミハイロ・ペトロヴィッチを招へいしたように。

 選手、指導者双方の能力を今以上に上げていくためにも、選手育成と指導者養成に関しては今一度、制度そのものを見直す必要があるだろう。

 また、日本代表に関しては、監督が代わっても、技術委員長が代わっても、会長が代わっても、今大会で披露したサッカーをベースにブラッシュアップしていけるように、ノウハウを継承していく必要がある。

ベスト8の常連となることは不可能な夢ではない

ロシア大会を通じて、日本サッカーの未来を同じ絵として共有できるようになったのではないか 【Getty Images】

 初出場から20年。W杯の結果と内容を見れば、一歩進んで半歩下がり、また一歩進む、というように、少しずつだが進歩しているという事実に自信を持つべきだろう。

 02年の日韓大会のラウンド16でトルコに敗れたとき、これほどベスト8に近づけるチャンスはもう、そう簡単には訪れないだろう、と思ったものだ。

 しかし、それから8年後、南アフリカ大会のパラグアイ戦はPK戦までもつれ込み、8年後の今大会でベスト8がさらに近づいた。

 だから、2050年までにW杯で優勝できる、というわけではない。しかし、少なくとも4年後はベスト8を現実的な目標に掲げられる可能性は低くないし、近い将来、ベスト8の常連となることは決して不可能な夢ではないだろう。

 日本サッカーのベースを築き、強豪国に対するコンプレックスを払拭し、チームがひとつになってベスト8に手をかけた――。

 ロシア大会は日本代表にとって、日本代表を取り巻くすべての人たちにとって、日本サッカーの未来を同じ絵として共有できる、そんな大会になったのではないだろうか。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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