「有森裕子が侵入」と話題に…… コースに仁王立で応援する理由を本人が語る

Runtrip MAGAZINE

(文 西島 恵/ 写真 倉島 周平 )

「2007年に引退してからは、日常では特にランニングはしていません。もともと走ることは私にとって仕事でしたから、引退するときにもうフルマラソンはやらないと決めたんです。それに、痛みチェックをするのはもう嫌なんですよ(笑)」

こう朗らかに語るのは、バルセロナオリンピック、アトランタオリンピックと2大会連続でメダルを獲得した有森裕子さん。

「朝起きて、まずすることは体のチェック。どこが痛いかを確認してから、練習する日々」と現役時代をふりかえります。現役を引退して、今年で11年。もともと走ることが好きだからランナーになったというより、得意だったことを仕事として選んだから。そんな有森さんに現役時代のこと、そして、「有森裕子がコースに侵入」と話題になるほど、ランナーに密着した応援をするそのスタイルについて聞きました。

今この瞬間に全力を出し切る。その積み重ねで世界のトップへ

©2018 Shuhei Kurashima

「そうですね……実はそんなに世界のトップに立ちたいと思ったことはなかったんですよ。勝ちたいとは思っていたけど、具体的に『金メダルをとりたい』とか思わなかった。ただ、それは時代もあったのかな? 昔は『金メダルをとりたい』と欲を出すのはいけないという風潮があったように感じるし、頑張っていれば自ずと結果がついてくるというスタンスでした。ですから練習では絶対に手を抜きませんでしたね」

目の前のことを一生懸命、とにかく全力でやる。その積み重ねによって、結果的に世界への扉が開かれるように。

「それが私のスタイルだったんです。アスリートは普通の人と違って、何メートル泳げばいいとか、何点取ればいいとか、明確なゴールや目標がある。だからそこまでの頑張り方を考えて、それに対して全力を出し切っていけばいい。レースがあるからこうしようとか、練習があるからこれを食べようとか、現役の頃は常にそういう思考で動いていましたね」

©2018 Shuhei Kurashima

走ることと、生きること。現役時代の有森さんにとって、まさにイコールだったのです。

応援は頑張っている人へのリスペクト

©2018 Shuhei Kurashima

現在、日本は空前のランニングブーム。一般の人も走ることを日常で楽しむようになりました。

「走ることは、それだけで多くのものと関われるとてもいい手段。自分の足で走るだけで体やメンタルの状態を知ることができるし、季節の変化を感じられます。誰かと一緒に走れば、人とのつながりを作っていけますよね。走るという行為だけでいろいろなことにコミットし、気づきを得ることができるんです。

ただ、私自身はランナーを育てたり、走る技術を伝えたりすることにはそんなに興味がなくて……。それよりも頑張ろうとする人をサポートしたい。そのために自分がランナーとして培ってきた知識や経験を生かしたいなと思っています」

ゲストランナーとして参加するマラソン大会では、コースの中央に仁王立し、両手を広げてランナーとハイタッチ。「ここはまだ飛ばすとこじゃないよ!」などと大声でアドバイスする有森さんの熱い応援は、ランナーの間でも話題になるほど。 「そうなんですよ、有森裕子がコースに侵入してきた、とかね(笑)。やっぱりね、頑張っている人はとことん頑張らせてあげたい。応援はその瞬間にしかできないことだから、『あとでいいや』じゃないんです。今、応援しないとその人は頑張れないんだから、そのためのエネルギーを出し切るのが私の鉄則。誰もいないところを走るのと、応援がある中で走るのは全然違いますから」

20180304 篠山ABCマラソン大会2018

171112 おかやまマラソン2017

海外の大会だと、観客はすべてのランナーに声援を送るのがごく当たり前。しかし、「日本では、知人や有名人しか応援しないという人が多いことが残念です」と有森さんは言います。

「応援は、頑張っている人に対するリスペクト。応援のリテラシーを高めることが、日本にランニングを文化として根付かせるために必要だと思います。応援によって応援する方もされる方も、お互いにエネルギーが生み出せるのがスポーツの素晴らしさ。それは相手が誰であっても同じなんですよ」

ランニングを通して人生を健康的に、豊かに楽しんで

©2018 Shuhei Kurashima

現在は応援という形で、走ることと向き合っている有森さん。ランニングを楽しむみなさんにアドバイスを伺うと、「人生を豊かにするツールとして楽しんでほしい」という答えが返ってきました。

「マラソンの場合、他の競技と違ってプロとアマチュアが同じ大会に出場して一緒に走ります。そのため、プロと自分をついつい同じだと捉えてしまいがち。親近感を持つのはいいことですが、自分とまったく同じだと思ってしまうのは危険です。

プロはそれ相応の練習や準備をして大会に挑んでいますし、そもそも結果を第一に求めている人たちですから、そこには無理や過剰な負荷も伴っています。走ることを趣味として楽しむ一般の人たちは、痛みや怪我を押してまで走る必要はまったくありません。人生を健康的に、豊かに楽しむツールとして走っているということを大切にしてほしいなと思います」

©2018 Shuhei Kurashima

有森裕子(ありもり・ゆうこ)1966年、岡山県生まれ。1992年バルセロナオリンピックで銀メダル、1996年アトランタオリンピックで銅メダルを獲得。2007年2月、東京マラソンでプロマラソンランナーを引退する。現在はNPO法人 ハート・オブ・ゴールドや公益財団法人スペシャルオリンピックス日本、アスリートをマネジメントする“RIGHTS.”など、様々なプロジェクトや社会活動に携わっている。
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