パラ初出場のアイスホッケー・熊谷昌治 ソチ不参加の悔しさを糧にエースへ成長

荒木美晴

徹底的に追い込み技術を磨いた

高橋(左)の得点をアシストした熊谷(右) 【写真は共同】

 だが、14年のソチ大会はパラリンピック出場を逃した。敗れた最終予選では、主軸ではなく第2セットに回った悔しさもあり、「自分の力不足」と氷の上で涙を流した。肩を震わせてうつむく熊谷に近寄り、「次は絶対に勝ってやろう」と声をかけたのは、やはり吉川だった。

 キャリアの短い熊谷は、それからの4年間にすべてを懸けた。自分の成長がチームの成長につながると信じ、徹底的に自分を追い込み、技術を磨き、昨年の平昌大会最終予選には日本の“エース”として臨んだ。「中北(浩仁)監督には、苦しい時にまとめるのがエースだ、と言われ、積極的にチームメートに声をかけるようにもなりました」。負傷による緊急帰国を余儀なくされたDF三沢英司(日本製紙)のために、という気持ちも重なって、日本はより結束し、強豪を撃破。熊谷自身もチーム最多の4ゴールを挙げ、2大会ぶりのパラリンピック出場権獲得に貢献した。

 今回、日本チームのなかで、もっとも長いキャリアを誇る吉川とともに、日本代表としてパラリンピックに出場することに、感慨もひとしおだ。「チームの平均年齢は41.9歳。メンバーは本当に最少人数で、幾度とチーム解散の危機を迎えるなかで、ヨッシー(吉川)や須藤(悟)さんたちベテラン勢が、チームの灯を絶やさずに守ってきてくれた。8年がかりになりましたが、やっと彼らと一緒にパラリンピック出場を実現できてうれしいです」

次戦は「世界の2強」の一角・米国

仲間とパラリンピックでプレーする喜びをかみしめ、11日には強豪・米国と対戦する 【写真は共同】

「本当にありがとう」

 韓国戦が始まる前、熊谷はロッカールームで吉川に言ったそうだ。短い言葉だったが、交わした握手ですべてが伝わった。

 吉川は言う。「ここまで連れてきてくれたってクマは言うけれど、自分がつかんで実現したこと。それはクマをほめてやりたいと思うし、自分としても一緒にパラに出場できたことが一番うれしい」と笑顔で話す。さらに「クマに(パラで)初アシストが付いたけれど、ああいう場面でもっと活躍できれば絶対的なエースになれると思う。そうしたら僕らもドンと構えてられるので、そういうプレーをもっと見せてほしいですね」と愛ある注文も忘れない。

 11日は、世界ランク2位の米国と対戦する。カナダとともに世界の2強と言われる強豪だが、「厳しい試合になると思うが、今日の序盤のように守りを徹底して臨みたい」と熊谷。仲間とパラリンピックでプレーする喜びをかみしめながら、全力でパックを追うつもりだ。

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著者プロフィール

1998年長野パラリンピックで観戦したアイススレッジホッケーの迫力に「ズキュン!」と心を打ち抜かれ、追っかけをスタート。以来、障害者スポーツ全般の魅力に取り付かれ、国内外の大会を取材している。日本における障スポ競技の普及を願いつつマイペースに活動中

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