イチロー、近くて遠かった古巣へ復帰「大きく育った犬を優しく迎えてくれた」

丹羽政善

外野陣の負傷が重なり…

マリナーズの入団会見で背番号「51」のユニホームを掲げるイチロー(右)とディポトGM 【写真は共同】

 今年のキャンプイン――。

 マイアミから、ディー・ゴードンをトレードで獲得したマリナーズの外野は、センターにゴードン、ライトに昨季台頭したミッチ・ハニガー、レフトにやはり昨季から定着したベン・ギャメルという布陣で固まっており、ギレルモ・エレディアが4番手という位置づけだった。エレディアは、オフに肩の手術をした影響で出遅れていたものの、レギュラー3人が健在である限り、大した問題ではなかった。

 ところが、キャンプイン直前に、バットの握りを変えようと試みていたハニガーが、右手を負傷。当初は、せいぜい数日の離脱と見られたものの、今もオープン戦には出ていない。そして先週金曜(2日)にはギャメルが、室内ケージで打っているときに右の脇腹を痛めた。これも当初は軽症と見られたが、6日になって、4〜6週間は戦列を離れることが明らかとなっている。

 結局、このギャメルの故障こそがイチロー獲得の引き金になり、代理人のジョン・ボッグス氏も、「具体的な交渉が始まったのは、土曜日」と認めているが、いったい、4人の外野手のうち3人が、開幕に不安を抱える状況に陥る確率など、どれぐらいあるだろうか? 決して高くはないはずが、事実、そうなったのである。

決断は「考える理由すらなかった」

 そんな事情を知らないイチローはそれまで、「スプリング・トレーニングの間は待つしかない。シーズンが始まってから、どうするのかというのは次の段階で、そこでもなかったら、じゃあ、どうするかってことは、具体的にいくつか考えていた」そうで、待っている間、「いろいろなことを考えました」と話すものの、自身は「『泰然』とした状態であったと思います」と語っている。

「それがなぜかは分からないですけど、自分が経験してきて良かったこと、そうでなかったこと、たくさん経験した上でそうなったのか、なぜそうなったのか分からないですけど、ただ、泰然という状態は自分がプレーヤーとしても人間としても常にそうでありたいという状態、目指すべき状態ではあったので、そういう自分に出会えたのはとてもうれしかったです」

 そこにはそれなりの根拠があるようだが、そうして、泰然と構えるなかで、吉報が届く。開幕まで約3週間というタイミングだった。

 もっともマリナーズと契約するということは、さまざまな含みがある。5年半前のこともある。迷いはなかったかと聞けば、「躊躇(ちゅうちょ)はまったくなかった」とイチロー。「このお話をいただいたときに、考える理由すらなかった」と続ける。

 マリナーズ復帰は、そうして決まった。

 なおイチローは、「今、マリナーズが必要としていること、そこに力になれるのであればなんでもやりたい。そういう気持ちですね。僕が今まで培ってきたすべてをこのチームにささげたい、そういう覚悟です」と話したが、こうも続けている。

「ケージの中で一番大きく育ってしまった犬を、優しく迎えてくれたような。それに対してすべてを捧げたい。まあ、忠誠心が生まれるというのは、当然のことだと思いますね」

 昨年12月、「イチロー杯争奪学童軟式野球大会」の閉会式に出席すると、自身の置かれた状況を、「ペットショップで売れ残った大きな犬みたいな感じ」と自虐的に形容したイチローだったが、買い手はやはり、マリナーズだった。

2/2ページ

著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント