パリもダカールもないのにパリダカ!? 第40回ダカールラリーの見どころ紹介

杉山友輝

ビーフがおいしく、死ぬまでに見たい絶景も

南米の過酷な自然の中を走るダカールラリー 【写真:ロイター/アフロ】

 仕事柄いろいろなところでダカールラリーの事を話していると、40代から上の方からは、「篠塚(建次郎)選手は走っているの?」「パジェロは強いの?」と。そして特に40代以上でも、最近のダカールの事をご存じの方からは、「パリもダカールも行かないでしょ、何でパリダカなの?」とコメントが返ってきたりします。

 しかし、10代から20代の方からは、「ダカールラリーって何?」「何かのグループ名?」という、とてもストレートなリアクションをいただきます。

 残念ながら、以前ほどの認知度がないダカールラリー。そんな時、私はこんな説明をします。

 40代以上の方には「南米の魅力的なマーケットに向けて、今では南米で開催してるんです。特にアルゼンチンは牛肉とワインがおいしいんですよ」。

 若者世代には「約2週間、キャンプしながら9000キロくらい走るレース(ラリーとはいわない)で、エクストリーム系スポーツの要素が強くて、スポンサーの多くはエナジードリンク系がついているんです。あと、死ぬまでに一度は見たい絶景と言われている『ウユニ塩湖』も通るので、とてもきれいなんですよ」と、伝えるようにしています。

 そうすると、「へえー、そうなんですね」と、身を乗り出してくる率がグッとアップします。

死ぬまでに一度は行きたいと言われる絶景が広がるウユニ塩湖もコースの一部 【写真:杉山友輝】

 特にモータースポーツにまったく興味のない女性が、「絶景」をきっかけに興味を持ってくれることもあります。

 肉でもワインでも絶景でも、ダカールラリーへの入口は何でもOK! 私はぜひ一人でも多くの方に、このラリーの魅力を知ってもらえたらありがたいです。

 ということで、皆さん初めまして、『J SPORTS』のダカールラリー担当者プロデューサーの杉山友輝(通称:スギP)と申します。

 今回チャンスをいただきまして、ダカールラリー2018にあたり、コラムを担当させていただくことになりました。

始まりはある青年の呼びかけから

 1979年、フランスの青年ティエリー・サビーヌが、「パリからアフリカのダカールまで競争しないか?」と言って始めたのがこの「パリ〜ダカールラリー(以下パリダカ)」。今から約40年前、多くの人はこの奇想天外なアドベンチャーラリーの誕生に驚いたそうです。

 そして彼はこんな言葉を残しています。

「冒険の扉を開くのは君だ、望むなら連れて行こう」

 旅をしながらラリー競技をするという、スケール感の大きな「パリダカ」は多くの冒険家やモータースポーツ関係者から支持され、倍々ゲームのように人気は世界的に拡大していきました。

 スタート地がポルトガルになったり、ゴール地も基本ダカールを中心としてエジプトや南アフリカになったりと、常に新しい冒険を求めて、変遷を重ねていきました。

 81年の第3回大会からは日本人も出場し、バブル景気が背中を押す形で多くの日本メーカー&選手が参戦。日本国内大手音響メーカーが大会のメインスポンサーになったり、三菱パジェロで出場した篠塚が優勝したりと、日本でのパリダカ知名度は一気にアップしました。

 しかしバブル崩壊により、出場する日本車メーカーも減少。日本におけるパリダカはだんだんと「知る人ぞ知る」的なモータースポーツへと形を変えていきました。そして、2008年1月、ダカールラリーはアフリカへ別れを告げます。大会を中止に追い込む事態が発生したのです。

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著者プロフィール

J SPORTS プロデューサー。明治大卒業後、雑誌社勤務を経て、テレビマンユニオン「世界ウルルン滞在記」のディレクターを務め、2005年からJ SPORTSへ。新規番組立ち上げや国際大会などの映像制作を担当し、現在の担当競技は卓球・ゴルフ・モータースポーツなど。

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