陸上日本“ヨンパー”陣への提言 次なる進化のため新しい発想を

折山淑美

「記録を出す」ことより「あいつに勝つ」が大事

記録は目安にはなるが、それ以上に「相手に勝つ」ための戦術を考えることが大事だと話す 【写真:ロイター/アフロ】

 いまは家にいてもスマホなどを見れば世界の情報は入ってくる。情報量も多いので選手たちはどんな情報でも入ってくると錯覚する。

 だが一番大事なのは生の情報だ。

 百聞は一見にしかずで、金メダリストやファイナリストと合同トレーニングをよく行ったという。その中で「アッ、こんなものか」とか「これは勝てないな」と肌で感じることができた。それも一度や二度行っただけでは分からないので、何度も行く必要があった。

 さらに、今の日本の陸上界全体が陥っている“記録偏重”の傾向にも問題があるという。記録ももちろん目安になるものだが、世界で戦う中で分かったのは「どうすれば勝てるか」ということを考えることだ。

「みんな勘違いしているのは『この記録を出すとこうなる』と信じていることです。その点、僕の場合は記録は動機付けとしてはすごく低いもので、まずは『誰々に勝つにはどうすればいいか』という意識が先行し、その選手に勝つためには何秒が必要かということになっていました。練習を考えても『何秒を切ろう』と考えてやるのは、ものすごくきついのですが、それよりも『あいつに勝つ、ここでリードして、ここで並ばれる。そこから勝負」と思ってやった方が簡単だと思います。陸上競技はレーンはセパレートでも対人競技だから準決勝で力むなと言っても力むし、周りを見るなと言っても見えるし、緊張するなと言っても緊張するもの。だったら多少力んでも、多少失敗しても『よし、ここだったら行けるぞ』という所を作っておかなければいけないので。そうすればタイムもついてくるし、結果もついてくるということなんです」

古い成功体験を捨てて、新しい戦い方を

 ケガで苦しんでいる選手も多いが、そういう時こそ海外へ行ってみるという方法もあるのではないかと山崎は言う。

 彼自身、競技人生終盤にはいかにして練習量を少なくして効率を良くするかというのを海外で学んだ。ケガをした場合は粛々とリハビリを行うだけで、行動範囲も極端に狭まってしまう。そういう時こそ海外へ行けば、精神的にも広がりを持てるし、「こんな練習しかしていないのに結果を出せるのか」などと新たな発見もあるのではないか。

「僕の場合、『体力をつけてから技術』というのではなく、技術を変えて、そのあとから体力ということだったので、それで成功できたのかなと思います。その意味では400mハードルは技術種目なので、オリジナリティーも必要だと思います。ただ逆に今の選手がかわいそうなのは、僕らの成功体験があって絶対に前半から行かなくてはいけないというのに縛られ過ぎているかもしれないということです。昔がなぜダメだったかというと、僕らが教わったのは『日本人は小さいし、ハードルも400mもレベルが高くない。それを補うのは真面目さと練習量、持久力だから後半頑張れ』というものでした。でも僕らがいろいろやってみるうちに『そうじゃないな』と思って前半から行くパターンにしました。でもそれは何個かあるうちのひとつのパターンがハマッただけなので、もっと才能がある人がやれば後半で勝負するなどの別パターンもあると思います。今は20年前や10年前に比べると明らかに前半が速くなっていますが、それで勝てないとなると『違うかな?』という発想も必要です。僕らのスタイルで届いた限界が銅メダルだとすれば、金メダルを獲るためには、そんな成功体験は排除してもらい、『そんな古いことやってたんですか』と言って否定してほしいなと思いますね」

種目の枠にとらわれず技術を磨く

世界の記録も停滞しているからこそ、日本のメンバーが“進化”し、世界のトップと戦えることを願っている 【折山淑美】

 山崎たちの全盛期には国際グランプリ大阪大会でも100mを差し置き、400mハードルが最終種目になったこともあった。その影響もあってか最近では早いうちから400mハードルに取り組む選手たちも増えてきたが、伸び悩んでいる選手も多い。

 早いうちから専門的なことをやる中で、想像力が固まってしまいステレオタイプ化し、「体力とはこういうものだ」「ハードルとはこういうものだ」と考えてしまうのか、「これは面白い」と思う選手があまりいなくなった。

「為末も思い入れとしたらスプリンターですが、勝てる種目として400mハードルを選んだように、回り道をしてこの種目にたどり着いている人は多いですね。それを証明したのが今回の世界選手権で、優勝したカレステン・ワーホルム(ノルウェー)なのですが、彼は世界ユースの混成で優勝しているんです。ただ足は速いが投てきが弱いのでどうかなと思っていたら、次の世界ジュニアは10位で、10種になったら棒高跳びがダメで『消えていくのかな』と思っていました。そうしたら400mハードルに出てきて優勝してしまいました。その点ではこの種目はただ体力をつけるだけではなく、いろいろな動作を経験していないとできない種目だし、400mハードルのステップを踏んでいくのではなく、陸上競技のステップをちゃんと踏んでいけば勝てるようになれる種目だと思います。そういう意識も持って取り組んでほしいですね」

 世界記録は92年にケビン・ヤング(米国)が出した46秒78だが、47秒台前半は05年以降出ておらず、それ以降では13年の47秒69が最高。昨年のリオデジャネイロ五輪も優勝は47秒73で4位まで47秒台だったが、記録的には為末の日本記録47秒89を出せば銅メダル獲得だった。今年の世界選手権の優勝記録は48秒35と世界の進化は停滞している種目。
 だからこそ新しい発想をもってほしい。自分たちが可能性を切り開いた種目だからこそ、“進化”してほしいというのが、山崎氏の思いだ。

2/2ページ

著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント