中田新体制の全日本女子、「世界」を認識 “スピードバレー”の肝はセッター

田中夕子

セッター冨永の戸惑いと収穫

新たな挑戦に戸惑い、迷っていた新生全日本 【坂本清】

 すべてのプレーに高い質と精度が求められる中、新たな挑戦に戸惑い、迷っていたのは古賀だけではない。前週のオランダ大会のタイ戦とドミニカ共和国戦、さらに仙台大会のタイ戦とセルビア戦で先発出場したセッターの冨永こよみも同様だった。

「相手のブロッカーがどこにいるのか、そのうえでどこに上げたらいいのか。ここに上げてもアタッカーが遅れているんじゃないかなとか、さっき短くなってしまったから伸ばさなきゃとか。私自身、これまでは世界と戦う経験がなかったので、ただただ見えないところに向かって進んでいる。そんな感覚でした」

 所属チームの上尾ではスパイカーの打点の高さを生かすべく、ネットから離れた高めのトスを上げるのがセッターとしての冨永の持ち味なのだが、チームの武器をスピードとする以上、これまでと同じスタイルばかりで臨むわけにはいかない。ナショナルトレーニングセンターで行われた合宿時から、両サイドへ高さよりもまず速さを生かしたトスを上げるべく、練習に励む日々を重ねた。

 だが一朝一夕でできるほどたやすいものではなく、タイミングや高さがずれることもあり、冨永自身も「アタッカーにカバーしてもらっている」と言うように、試合の中でもスパイカーが助走で調整し、苦しい状況で打たなければならない場面もあった。模索しながら始まった新たな挑戦はスタートしたばかりで、課題と収穫、どちらが多いかといえば圧倒的に前者なのだが、それは決してマイナスばかりではないと冨永は言う。

「大舞台での試合を経験することで、これぐらいのスパイクがレシーブできなければダメなんだとか、ブロックはここまで来るんだと具体的なイメージができた。それは自分にとって、ものすごく大きな経験になりました」

スピード重視ゆえの弊害もあらわに

中田監督の下、今後どのような進化を遂げていくのかに注目だ 【坂本清】

 中田監督が掲げるスピードバレーの肝になるのはセッター。冨永に加え、ブラジル戦に先発した佐藤美弥、リオ五輪に出場した宮下遥。中田監督は3人のセッターを今後も状況を見極めながら使い分けていくと公言している。経験を重ねる中、セッターとして、攻撃の軸として、それぞれがどんな進化を遂げていくのかも注目だ。

 1本目のパスの精度にこだわり、攻守の切り替えのスピードを重視し、サイドアウトで確実に点数を取る。それが、中田監督が掲げた攻撃の柱とすべきチームスタイルであるのだが、ワールドグランプリの仙台大会では多くの課題も残った。

 ミドルブロッカーの奥村麻依や島村春世の機動力を生かした攻撃や、新鍋や内瀬戸の個人技でラリーを制する場面もあった反面、スピードを意識するあまり十分に準備ができず、コンビうんぬんの前に高さが出ず、力が乗ったスパイクを打てないケースも目立った。

 相手のブロックが完成するよりも前に動いて攻めるには、パスもトスもスパイクも、すべてのプレーに高い精度が要求される。当然ながら、時折生じる些細なズレが大きなズレとなることも少なくない。特にストレート負けを喫したセルビア戦では、両サイドからの速い攻撃を予測した相手ブロッカーがスパイクコースで待ち構えていたことに加え、速さを意識するあまり低くなったトスのヒットポイントが限られ、簡単にブロックポイントを献上するなど、スピードを追求するゆえの弊害もあらわになった。

 試合で抽出された課題を消化しながら、限られた時間の中でどれほど進化を遂げることができるのか。伴う困難は、決して小さなものではない。だがそれも、マイナスではなくプラスになる、と言うのは代表初選出のリベロの小幡だ。

「すべてが初めてのことばかりなので、たとえミスをしたり、うまくいかないことがあっても、『あのサーブはこれぐらいの威力がある』と分かることが大事。今はそれでOKだと思いながら、前向きに、いろいろなことにチャレンジしていきたいです」

 ワールドグランプリはまだ続き、8月には「今季最大のターゲット」と位置づけるアジア選手権も開催される。今はまだスタートしたばかり。真価が問われるのはここからだ。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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