【陸上】日本中距離界の変革へ 横田真人の提言 “記録偏重主義”から次のステージへ

折山淑美

記録更新の“功績”と“功罪”

“記録偏重主義”ともいえる現状に対しては「記録を伸ばした功績はあるかもしれないが、陸上界に対して功罪にもなっている」と話す 【スポーツナビ】

 横田がロンドン五輪に出場した後、米国に練習拠点を置いたのも必然な流れだった。

 五輪は出るだけではなく勝負をする場だ。そのためにはどうするかと考えた時、リスクがあっても新しいトレーニングを学びたいと考えた。そのために五輪で勝負をするような選手とトレーニングをしたい、一緒にレースをしたいという気持ちになったのだ。

「米国は純粋に世界から選手が集まっているので、ひとつのレースのクオリティーがまったく違います。結局は結果を出せなかったのですが、その中で勝負をして1回1回学んで、次にどうつなげるかというのを考えていました。でも日本にいた時の僕は日本記録や参加標準記録を目標にするタイムを狙うレースしかしていなくて、僕のためにペースメーカーが2枚ついたレースもありました。ですが、それは陸上競技の本質ではないのは確かです」

「今は全体の記録も上がり、僕が日本選手権で初めて優勝した頃は、1分49秒台の選手が10人ぐらいしかいなかったですが、今は20〜30人くらいにはなっています。もちろん、自信をつけさせるためとか、挑戦権を得るためには記録を狙うレースをすることも必要かもしれません。ですが、現実的には現時点でもっと上を見ているのは川元ぐらい。しかもレースでは最初の400mのペースが遅いと、「つまらないレースになった」と言われることもあります。確かに世界を狙って挑戦する立場にいる選手がいるレースならそうかもしれないですが、中距離のレースの面白さはそれぞれが戦略をぶつけ合って1番になろうとすること。それを見ることを楽しんでもらうところに価値観を持っていかなければ、陸上競技全体が低迷するし、選手も目標を見失うと思います」

「それこそ人が集まる場所で、賞金100万円のレースをすれば選手のテンションは上がりますし、見ている人にもそのテンションが伝わって、レース自体を楽しむことができると思います。僕らが陸連の方たちと考えてきたのは、いかにして世界への挑戦権を得るかということでしたが、今、それが定着してしまっているのを見ると、記録を伸ばした功績はあるかもしれないのですが、陸上界に対しては功罪にもなっていると思います」

 それは“記録偏重主義”ともいえる状況になっている長距離にも言えることだろう。陸上競技は1位になることを争う競技であり、記録はそれに付随するものである。記録会で記録を狙うのも選手にとってはモチベーションになるが、それはあくまでも大会で勝負するための手段であることを忘れ、記録を出すことが最大の目標になってしまっている気もするのだ。

 横田も世界と戦う資格を得るために記録を狙ったが、そのステージをひとつ上がったからこそそう語る。

日本選手権の3日間開催にも疑問

川元が1500mに出場すれば「意外といける」という話になるかもしれない。そう考えると、3日間開催の日本選手権は再考の余地がある 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 また日本選手権の開催期間にも疑問を投げかける。

「日本選手権が3日間開催になって複数種目に出場できないことも大きな問題です。中距離でも800mと1500mを兼ねることは可能だから、もし川元が1500mもやれるような環境になれば『意外といける』ということになって、新しい可能性が見えてくるかもしれません。そういう面で中距離自体を活性化することを考えれば、800mより進化が止まってしまっている1500mの選手を800mは少し特殊ですが、1500mの場合は長距離にもつながるはず。それをやれば1500mのレベルも長距離のレベルも上がってくるので、真剣にやってみたら面白いと思います」

今後はクラブチームを立ち上げ新しい道を

 こう言う横田は、駅伝の利用のしかたも提案する。箱根駅伝はもうスタイルも固まってしまっていて変えるのは難しいだろうが、全日本実業団駅伝ならまだ改革の余地があるのではないかと。
「実業団には日本選手権にも出られない選手が多くいます。だったら彼らにも勝負ができる場を作ってあげる必要もあると思っています。そのためにも駅伝でグランプリシリーズを作ってみれば良いと思いますし、その中で夏場だったら1マイル6区間とか、クロスカントリーの短い区間のレースも作れば、中距離選手が必要だったりもしますし、本格的に中距離も強化をするようになると思います。今のように1年に1回ニューイヤー駅伝を走ったら良いというのではなく、選手たちも毎月試合があるならば目標もできるし、そこで自信をつけて飛躍するチャンスも増えると思います」

「そうやって出てきた選手たちがトラックにフォーカスをしてもいいし、ロードレースに専念してもいい。ニューイヤー駅伝も予選ではなく、そういうレースをポイント制にして最終的にはニューイヤーにつながるようにすればいいと思います。記録会でペースメーカーを付けて13分台を出させるより、14分半の持ちタイムでもいいから、ニューイヤーで区間賞を取る方が競技者としての本質に近いです。毎月注目が集まるレースがあって、そこで選手たちが勝ち負けを争えるような仕組みをドンドン作っていけば、陸上界にとっては強化にもつながると思います」

「米国では自分より速い選手でも五輪に出られていない選手も多くいたし、本当のトップ以外は苦しい競技環境の中で走り続けているのも見ました。それに比べれば日本の環境は恵まれています。海外なら自分のレベルでお金をもらって競技ができる環境ではないということを認識していないのはいけないと思いますが、それ以上に認識させないという構造自体にも問題があると思います」と話す。

 要は選手の競技への意識を高めることが重要なのだ。
「僕らは800mでこういう記録を出すためにはどういうペースで行かなければいけないか、そのためにどういう練習をすればいいかというのをやってきました。でもそれには功罪があったから、ダメだったところも含めて次へつなげなければいけないと思います。でも今は個人に資金を投下する仕組みになってしまって、育成は若干無視されている状況になっていると思います。でもここで途切れさせたら、それ以降につながりません。2020年東京五輪が終わったらどうなるかというのがスポーツ界全体に見えていないですが、これまでやってきたことを途切れさせてしまえば、中距離も川元だけという形になってしまうと思います」

 こう危惧する横田は今後、クラブチームを立ち上げて自分の経験を元にして800mから1万mまでの選手を育てたいと考えている。
「今のやり方では強くなれない選手もいると思うし、コーチングも時代によって変わっていかなければいけないと思う。『こういうやり方もある』というのを提示して、選手の選択肢を増やせるような指導をしたいです」

 誰もやっていない道を切り拓くことに魅力を感じて800mを選んだという横田。その視点を、今度は指導の道に向けている。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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