イチロー狂騒曲〜シアトル凱旋編〜 自身もファンも印象に残る本塁打
球場全体に広がったイチローコール
イチローの一発に客席全体が興奮のるつぼと化した 【写真は共同】
すると、客席のファンが、1人、また1人と立ち上がり、さざ波のように広がっていく。やがて、誰彼ともなく、「イ・チ・ロー!」、「イ・チ・ロー!」と声を張り上げ、最初は統一感のなかったそれがやがて一つとなると、球場全体を覆い尽くすほどになった。
一瞬、昔に戻ったかのような錯覚に陥ったが、イチローはあくまで敵の選手である。試合の大勢が決まっていたから、ということもあるのだろうが、どうだろう、ひょっとしたらマリナーズが逆転されるかもしれないという場面でイチローが打席に入っても、シアトルのファンは、51番の背中に声援を送ったのではないか。
イチローはといえばその時、思うところがあった。
「全部、期待以上のもので表現してくれるから、本当に打てて良かった。これだけ盛り上げてくれて、寂しい感じで帰りたくないから、そりゃもう、ゲーム展開、勝ち負けに関係なく、今回はそれ(期待に応える)をしたかったという思いが強かった」
ファンの熱い思い、そして、セレモニーやボブルヘッド人形を配るなどして、イチローのホームカミングを演出してくれたマリナーズの配慮。その気持ちに応えたかった。
とはいえ、「狙った」とは口にしなかった。しかし、「そのイメージはあるじゃないですか」と暗に匂わせ、続けた。
「そうなったら、いいなあ」
「詰まった」打球はライトスタンドへ
ライトのスイートルームの廊下にあるボブルヘッドコレクションコーナー 【丹羽政善】
イチローもまんざらではない。
「印象に残るわね、これは」
一塁を回ったところでスピードを緩めた。すると、ヤンキース時代にチームメートだった二塁のロビンソン・カノーが、アイコンタクトをしてきた。三塁の手前では、2011年、12年とチームメートだったシーガーが、やはり、目を合わせてきた。シーガーは試合後に言っている。
「相手選手のホームランなのに、ちょっと鳥肌が立った」
おそらくそう感じたのは、彼1人ではない。イチローがダグアウトに消えても、歓声が鳴り止まなかった。イチローコールも続く。ファンは、カーテンコールを求めている。しかし、イチローが姿を見せることはなかった。現役最後の打席でホームランを打っても、それをしなかったテッド・ウィリアムスのように。
ジョン・アップダイクはかつて、その様子をこう記した。
「神は、手紙に返事を書かないものさ」
ところで、この日配られたイチローのボブルヘッド人形は、ライトのスイートルームの廊下にあるボブルヘッドコレクションコーナーに加わることになるという。
2001年から12年まで11体(2004年のみプロモーションがなかった)。今回の特別バージョンを加えて計12体。同様にマーリンズ・パークでも展示される見込みとなっている。
左から01年、02年、03年に配布されたもの 【丹羽政善】
左から05年、06年、07年に配布されたもの 【丹羽政善】
左から08年、09年、10年に配布されたもの 【丹羽政善】
左から11年、12年に配布されたもの 【丹羽政善】