いつも陽気だったホセ・フェルナンデス 全米を駆け巡ったまさかの悲報

丹羽政善

キューバから4度亡命3度失敗

現地時間9月25日未明、ボートの事故により死亡したフェルナンデス。100マイル近いストレートとスライダーを武器に、今季はエースとして活躍、16勝を挙げていた 【Getty Images Sport】

 虚勢を張って、「男なら泣くな」と言ったのは、誰だったか。

 前夜(現地時間24日)はダルビッシュ有(レンジャーズ)の取材で、サンフランシスコ泊。朝7時半頃起きて、コーヒーを飲みながらパソコンを開いたとき、真っ先に飛び込んで来たのがホセ・フェルナンデスの死を伝える速報だった。

 コーヒーを持っていた左手が、小刻みに震えた。

 午後に入ってマイアミで会見が行われている。その様子をオークランド・コロシアムの記者席のテレビで見ていたが、ドン・マッティングリー監督は目に涙を浮かべながら、ときおり言葉を詰まらせた。周りにいる選手らも、何度も頬をつたう涙を手で拭った。

 それでも、泣いちゃだめですか?

 ネットの見出しにあった“Dies”という言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。

 死んだということ? あのフェルナンデスが?
 キューバから4度亡命を試み、3度失敗。1回は刑務所に入れられた。4回目は、銃弾をかいくぐり逃げた。途中、誰かがボートから海に落ちた。フェルナンデスがすかさず飛び込むと、なんとそれは彼の母親だった。荒波の中、ボートまで30ヤード(約27メートル)ほどの距離を母親を抱えながら、必死に泳いだ。彼が15歳のときのことである。

 そのフェルナンデスが……。

 デビューしてから、100マイル近い真っすぐと、大きくタテに割れるカーブ、スライダーで、打者をねじ伏せた。昨年、トミー・ジョン手術から復帰すると、その試合で、ホームランを放った。

 あのフェルナンデスが……。

ボートによる事故…原因は今も捜査中

フェルナンデスが事故死し、マイアミで記者会見する(右から)マッティングリー監督、サムソン球団社長ら 【写真は共同】

 7月2日、アトランタで6回途中9失点と珍しく打ち込まれた。試合後、怒り心頭かと思いきや、笑みさえ浮かべながら言った。

「野球って、難しいなぁ」

 そのフェルナンデスが逝ってしまったのである。

 しかも、突然に、事故という、思いがけない形で――。

 現場は、マイアミのサウスビーチ南端から、わずかな距離。防波堤の役目を果たしていたと思われる岩にフェルナンデスの乗っていた9メートルほどのボートがフルスピードで衝突したようだ。

 午前3時20分頃、米海上警備隊が、通常の警備を行っていたところ、岩の上に乗り上げ、裏返しになったボートを発見。3人の死亡を確認し、そのうちの1人がフェルナンデスだった。暗闇の中、岩に気づかなかった可能性が指摘されている。フェルナンデスの死因は溺死ではなく、ひどい外傷を負ったことによるものと見られているが、事故原因含め、今も捜査が続いている。

 マーリンズ側に身元確認の連絡が入ったのは早朝。フェルナンデスの住所を尋ねる電話だったという。マイケル・ヒル編成本部長が球団のデビッド・サイモン社長に電話を入れたのが午前6時58分。すぐさまジェフリー・ロリアオーナーに伝えられ、マッティングリー監督に連絡が入ったのが午前7時45分頃だったそうだ。

 やがてそのニュースは、全米を駆け巡っている。

フェルナンデスが事故死し、記者会見場で沈痛な表情のイチロー 【写真は共同】

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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