【UFC】強敵撃破で2年以内にタイトル奪取へ 田中路教が描くこの先の計画と野望

(c) Zuffa, LLC

まだ見ぬ強豪“サイボーグ”がUFC降臨

 クリス・“サイボーグ”・ジャスティノ(31歳、ブラジル)。グラップラーが大半の女子MMAにあって、女版マイク・タイソンとも呼ばれる希代のストライカーは、つい昨年までUFCとはまるで無縁のまま、世界で最も有名なファイターの1人に上り詰めたとあって、UFCファンにとってはわずかに残された“まだ見ぬ強豪”、“最後の秘境”のような存在のファイターだ。

 戦績16勝1敗、うち14勝はノックアウトもしくはテクニカルノックアウトだというから申し分ない。唯一の黒星はプロデビュー戦に喫したもので、05年以降は無敗だ。08年以降は判定勝ちすらない。特に最近4試合は、いずれも1ラウンドでのノックアウト勝ちだ。性別、階級を問わず最も破壊力のあるファイターと恐れられながら、もちろんUFCではチャンピオンでもなければ、ランカーですらない。

 女子MMAのパイオニア、クリス・サイボーグ。

 米国の女子MMAがビジネスとして、あるいはカルチャーとして初めて花開いたのは、09年8月に行われたクリス・サイボーグ対ジーナ・カラーノ(米国)戦であるとされる。歴史上初めて、米国の地上波放送でメインイベントとして中継されたこの女子MMA戦は、美しすぎる格闘家として人気沸騰中だったカラーノを、サイボーグがそのニックネーム通り、まるでターミネーターのように撲殺してしまうという、米国のファンにとっては衝撃の結末だった。勝ったサイボーグはストライクフォース女子フェザー級ベルトを獲得している。

 11年にUFCがストライクフォースを買収、同じ頃、サイボーグは薬物検査でステロイド陽性反応が検出されたことから、1年間の出場停止処分を受け、ベルトを剥奪されてしまう。その間にストライクフォースの女子部門で飛び出してきた新星がロンダ・ラウジー(米国)だ。ラウジーはミーシャ・テイト(米国)との激闘を制し、ストライクフォースの女子バンタム級ベルトを獲得。この試合に感激したUFC会長のデイナ・ホワイトがUFC女子部門設立を決意。12年12月にラウジーが初のUFC女子バンタム級チャンピオンにスライド認定されたのである。その後の女子MMAが、さらに一段大きな存在となり、度々UFCのメインイベントを飾るようになっているのはご存じの通りだ。

 出場停止期間があけたサイボーグはUFCに入団し、ラウジー最大のライバルとして活躍していくものかと思われたが、どうしたことか女子格闘技団体「インヴィクタFC」と複数試合契約をしてしまう。13年7月、サイボーグは初代インヴィクタ女子フェザー級タイトルを獲得し、現在に至るまで防衛を続けている。

階級差が阻むロンダとの夢の大一番

 サイボーグのUFC入りがすんなりと実現しなかったのは、サイボーグがフェザー級(145パウンド/約65.7キロ)の選手だからだ。UFCに女子フェザー級は存在しない。ラウジーやテイト、ホリー・ホルム(米国)などで賑(にぎ)わっているのはバンタム級(135パウンド/約61.2キロ)なのだ。UFCの立場は、ラウジーと戦いたければ、サイボーグは135パウンドまで減量すべきだ、というものであった。

 UFCファンやMMAメディアは、こうなったらサイボーグが135パウンドまで減量するよりほかにない、そうでなければサイボーグにとってもビッグマッチやマネーファイトにありつけないだろうと見ていた。しかし、サイボーグは今日に至るまで1度も、135パウンドへの減量に合意したことも、実際に減量したこともない。長年に渡って、UFCもファンもおそらく本人同士も、女子MMA最大のビッグマッチ、ラウジー対サイボーグの実現を強く望んできた。サイボーグはどうしてこんなに意固地なのか、これもハードな交渉術の一環なのだろうか、などと臆測を呼んだままいたずらに月日は流れた。なかなか思惑通りに動かないサイボーグにしびれを切らしたかのように、UFCがサイボーグを激しい言葉で挑発するような場面もあり、両者の関係は冷え切ったかにみえたこともあった。

 そんなサイボーグが今年5月、地元クリチバで開催された「UFC 198」で、いささか唐突とも思えるUFCデビューを飾った。試合はフェザー級でもバンタム級でもなく、その中間に当たる140パウンド(63.5キロ)の契約体重戦だった。そして今回の「UFCファイトナイト・ブラジリア」でも、サイボーグはUFCデビュー戦となるムエタイのベテラン、リナ・ランスバーグ(スウェーデン)を、140パウンドの契約体重戦で迎え撃つ。ノンランカー同士の契約体重戦がメインイベントとして行われるというのは異例なことである。

出口の見えない契約体重戦でサイボーグがやろうとしていること

 体重についてサイボーグは語っている。「私はこの2年ほど、専門の栄養士もつけて、ずっとダイエットに取り組んできた。でも、135パウンドどころか、140パウンドまで減量することも大変な苦痛が伴う。私はもう18歳ではない。30歳を過ぎてこの減量はつらい。140パウンドまで下げるために、私は毎日10キロも走らなければならない」

 実際に「UFC 198」で140パウンドの計量に合格した時のサイボーグは、これまで見たこともないほど、げっそりとやせ細った姿でファンを驚かせた。また、試合前のトレーニング風景の動画では、あまりの減量の苦しさに、泣きながらトレーニングをするサイボーグのショッキングな姿も見られた。

「私にはインヴィクタでフェザー級のベルトを守る仕事があるし、自分とカラーノが作った145パウンド級をしっかり確立して、大きく育てていくことは自分の夢でもある。本当はUFCが女子フェザー級を新設してくれれば一番良いと思っている」

 迫力のあるビジュアルと、憎らしいほどの強さを誇るモンスター、サイボーグが、勝ってもベルトもランキングもついてこない契約体重戦で表現しようとしていることは、女子MMAのパイオニアとして、しっかりとスポーツの基盤を固めたいという熱い思いなのかもしれない。実際にサイボーグは、カリフォルニア州で女子格闘技のアマチュア組織を立ち上げ、女子MMAを広める努力をしている。サイボーグの今後の動向が気になるところだが、日本のファンにとって、これまでなかなか観戦する機会がなかった選手である。まずはその、閲覧注意と言いたくなるほど規格外のパワーとスピードを堪能しよう。(文 高橋テツヤ)

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