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イタリアがユーロで示した可能性と限界
戦力不足を戦術で埋め合わせたコンテ監督

PK戦敗退は「正しい」結末だった

ドイツにほんの少しだけ及ばなかったこともまた、受け入れるべき現実だった
ドイツにほんの少しだけ及ばなかったこともまた、受け入れるべき現実だった【写真:ロイター/アフロ】

 試合が120分にわたって膠着し、両チームとも決定機らしい決定機がほとんどないという展開になったのは、ドイツがイタリアに合わせた結果、同じような陣形、同じようなコンセプトで両チームが戦い、ピッチ上でお互いが打ち消しあうミラーゲームになってしまったから。それでもイタリアは31分、43分に、ジャッケリーニがフリーで裏に抜け出す決定的な場面を作ったのだが、1度目はマルコ・パローロがジャッケリーニにパスを出さずサイドチェンジしたため、2度目はボヌッチのパスがやや長すぎてジャッケリーニのトラップが流れたために、ゴールにはつながらなかった。戦術的な卓越が作り出したチャンスを技術的な貧弱さで棒に振った格好である。


 イタリアはこの試合、ダニエレ・デ・ロッシがスペイン戦での負傷を引きずって欠場、その代役であるティアゴ・モッタが累積警告で出場停止と、中盤の底から前線に質の高い縦パスを送り込んで局面を前に進める役割を担うアンカーが総崩れ。本来はインサイドハーフのパローロをこのポジションに下げ、MF陣で一番序列が低いステファノ・ストゥラーロをインサイドハーフで起用するという苦しいやり繰りを強いられた。これまでと比べて作り出すチャンスが少なかったのは、ドイツの守備が厚かったことに加え、中盤から前線のパスの質が低下したことも理由の1つだった。


 一方のドイツは、ボールを支配してイタリアを押し込んだものの、最後の30メートルでイタリアの最終ラインを崩し切ることはほとんどできなかった。後半20分の先制ゴールは、ビルドアップから相手を崩したのではなく、イーブンボールがちょっとした偶然(アレッサンドロ・フロレンツィが滑った)でドイツ側に収まるなど、偶然が味方してフィニッシュに至ったもの。イタリアの同点PKも幸運が味方したものだったが、120分間トータルで見れば引き分けが最も妥当な結果だったことは間違いない。


 PK戦は運任せのロシアンルーレットのようなもの、とよく言われるし(イタリアでは「宝くじのようなもの」という言い方を使う)、イタリアの選手たちもメディアも今回のPK戦での敗退をそのように捉えている。しかしもちろん、PK戦はペナルティーキックを正確に蹴るという技術、そしてそれ以上に限界を超えた疲労と巨大なプレッシャーの中でどれだけ明晰さと平常心を保てるかという、パーソナリティやメンタルマネジメントの問題である。


 その点から見れば紙一重とはいえ、ドイツがイタリアを上回っていたことは確かだろう。イタリアで枠を外したザザ、ペッレはどちらもこの種の大舞台の経験が皆無。必要以上に細かく刻んだ助走をしたザザも、蹴る前に「パネンカ」(チップキック)を予告してマヌエル・ノイアーを挑発したペッレも、この極限的な状況の中でドイツを倒す英雄になるには、力が不足していた。酷な言い方になるが、もしペッレに、平然と予告通りに「パネンカ」を蹴る技術と度胸があれば、勝っていたのはイタリアだったかもしれない。


 とはいえ、イタリアがこれ以上、何を望むこともできないところまで持てる力を絞り切って戦ったことに疑いはない。その結果としてドイツにほんの少しだけ及ばなかったこともまた、受け入れるべき現実だ。その意味でこのPK戦敗退は「正しい」結末だったと言うべきなのだろう。

片野道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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