これから新しい変化球は生まれるか? 早大・矢内教授と高橋尚成氏に聞く

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新しい変化球はこれから生まれるのか? 研究者と元投手の視点から考える(写真はイメージ) 【写真:アフロ】

 すでにすべての種類が出現したとも言われる変化球。果たしてこの先の未来に“新たな変化球”が生まれる可能性はあるのか。まずは早稲田大学スポーツ科学学術院・矢内利政教授に研究者の視点から、理論的に可能性が残されているのかを探ってもらった。

変化球は6種類に分類できる

 新変化球を考察するにあたって、投手が投げる際に、ボールに与えることのできる変化は何かを考えていきましょう。

 それは(1)スピード(球速)、(2)回転の向き、(3)回転量の3つです。

 この3つの要素に空気の抵抗や揚力が影響し、ボールの軌道(変化)が決まります。この3要素を変えることで、まだ投げられていないボールがあるのか。客観的に見れば「投げられていないボール(変化球)はない」と言えるでしょう。しかし、視点を変えると、また違った考え方をすることができます。変化球とはどういうものなのか、ということを考察しながら、新しい変化球の可能性を探っていきたいと思います。

 現在、多くの種類の変化球が存在しますが、約40人の投手(プロ・社会人・大学生)の変化球におけるスピード・回転数・回転の向きを統計的に分析した結果、以下のように大きく6種類に分類することができました。

ストレート群:ストレート、シュート、ツーシーム
シンカー群:シンカー、ツーシーム
チェンジアップ群:チェンジアップ、フォーク
カーブ群:カーブ
スライダー群:スライダー
カットボール群:カットボール


 ここで、「ストレートとツーシームとシュート」(ストレート群)、「シンカーとツーシーム」(シンカー群)、「チェンジアップとフォーク」(チェンジアップ群)については、ボールの動きだけに着目すると明確に区別することができませんでした(ツーシームはストレート群、シンカー群で重複)。

 投手Aがストレートとして投げているボールと、投手Bがツーシームまたはシュートとして投げているボールが、「スピード、回転数、回転の向き」という意味では区別ができなかったのです。もちろん1人の投手Aがストレートとして投げているボールと、ツーシームとして投げているボールには違いがあります。しかし、多数の投手が投じる各球種をまとめて統計的に見ると、明確に区別できるほど大きな違いのない球種が存在するということです。このように変化球というものは、客観的に見るとクリアに分けられるものではないのです。

ストレートは大きく変化している!?

オーバーハンドの右投手が投げるボールの変化の大きさと方向。腕の角度が上がるとこれらの位置が反時計回りに、下がると時計回りに移動する 【写真:BBM】

オーバーハンドの左投手が投げるボールの変化の大きさと方向。腕の角度が上がるとこれらの位置が時計回りに、下がると反時計回りに移動する 【写真:BBM】

 6つに大きく分類した変化球を、オーソドックスなオーバーハンドの右投手、左投手が投げたとき、ボールの変化の大きさと方向を図表化したのが上記の図です。空気の抵抗や揚力を考慮せず、ボールが自由落下した際に到達した場所が真ん中だとしたとき、それぞれの球種の回転軸と回転の方向によってどの場所に到達するかを示した図です。 

 この図を見るとストレートがカーブと並んで大きな変化をしていることが分かります。右投手のオーソドックスなオーバーハンドでは、リリース時に右へ30度程度の角度がつくため、ボールの回転軸も右へ傾きます。そして強烈なバックスピンがかかるため、右上の方向へと軌道は変化するのです。 

 リリース時の腕の角度があまりなく、真上から投げ下ろすような右投手の場合は、この図が全体的に反時計回りにずれていくことになります。ストレートはより真上の方向になり、カーブも真下の方向に近づきます。江川卓さん(巨人)の現役時代、ストレートがホップするように、カーブが真下に落ちるように見えたのは、そういうわけです。 

 逆に腕の角度がさらにつく投手、サイドスローやアンダースローの右投手の場合は、この右図が全体的に時計回りにずれていきます。図ではあまり下方向の変化がしないように見えるシンカーも、サイドスローやアンダースローの投手が投げればより右下方向への変化となります。また、シンカーのような球速の遅いボールは、実際には自由落下の割合がさらに大きくなります。

新たな変化球誕生へ盲点

 ここまでのお話を前提に、「新たな変化球の可能性」について結論へ向かいましょう。最初に、「客観的に見れば投げられていないボール(変化球)はない」とお話ししました。しかし、それでも盲点が生じます。右投手の左上の方向、左投手の右上の方向です(図の赤いエリア)。右投手の場合、リリース時の腕の角度が少ない、上から投げ下ろす投手であれ(図が反時計回りに傾く)、サイドスローやアンダースローであれ(図が時計回りに傾く)、左上方向はカバーし切れません。つまり右投手が、左投手のストレートのような左上方向への(左投手が右上方向への)回転軸と回転を生み出すことができれば、「新たな変化球」と呼ぶことができるかもしれません。 

 もちろん投手は常に一定のフォームで投げることが前提ですから、右投手が左上方向への回転と回転軸を作るのは簡単ではないでしょう。しかし、プロの投手たちはこれまでも「簡単ではないこと」をいとも簡単にやってのけてきています。ですから、「新変化球の生まれる可能性はある」という結論にしたいと思います。

<取材・構成=杉浦多夢(BBM)>

矢内利政氏プロフィール

早稲田大学スポーツ科学学術院・矢内利政教授 【写真:BBM】

 早稲田大学スポーツ科学学術院教授。専門はスポーツ選手の競技力向上と傷害予防を目的としたスポーツ・バイオメカニクス。スポーツ現場における技術指導を科学の視点でサポートする活動も並行して行っている。

(次ページは日米で活躍した高橋尚成氏の見解)

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